お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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院内広報誌の原稿2 2017年12月24日(日)

  以下は僕が務める吉田病院の院内広報誌に書いた原稿です。発達症の1つである自閉スペクトラム症の支援がテーマです。
 
自閉スペクトラム症について
  「自閉スペクトラム症」も代表的な発達症の1つですが、名前がわかりにくいですね。「自閉症」という言葉は70年以上前から使われており医療者にはなじみがあるものなのですが、以後現在に至るまで「自閉症の症状を部分的に持つ、より軽症の状態がある」という方向で研究が進んできました。そのなかで「高機能自閉症」や「アスペルガー症候群」といった概念が作られたわけですが、いったん細かく分けるのをやめて一つにまとめようということで「自閉スペクトラム症」という名前になりました。
  「スペクトラム」というのは「薄いものから濃いものまで連なって並べた連続体」といった意味合いの言葉で、例えば虹は光のスペクトラムです。赤⇒黄色⇒緑⇒青⇒紫と波長が長くなるごとに光の色は移り変わっていきますが、ぷっつり切れるわけではなくて、ジワーッと移り変わっていきます。そんなようにいくつもの状態を含む連続体が「自閉スペクトラム症」になります。ややこしいですね(泣)。ですが一つにまとめられたことで医療の現場での混乱は減ったように思います。
  それでは自閉スペクトラム症の子どもの症状にはどんなものがあるのでしょうか。とりあえず箇条書きにしてみます。.▲ぅ灰鵐織トや身振り手振りといった「言葉をやり取りしないコミュニケーション」の苦手さ。⊂賁未両況把握や相手の心情の推測の苦手さ。集団に入ったり活動することの苦手さ。一人遊びを好むことが多い。げ燭に過度に没頭する。例えば車が大好きでそのことばかり話し続けるなど。ゥ好吋献紂璽襪紡个垢襪海世錣蠅あり、急な変更に弱い。ζ団蠅隆恭个過度に敏感なこと。例えば赤ちゃんの泣き声への苦手さ、においに過敏、服のタッグがチクチクして着れない、極端な偏食、光がまぶしくて外に出れないなど。
  こちらもわかりにくいですね。大まかな意味を一般の言葉で言えば、「空気が読みにくい」「マイペース」「こだわりが強い」「融通が利きにくい」といったことになります。ただ短所は長所でもあるので、逆に「周囲に流されずに自分の信念を貫ける」「興味を深く掘り下げるのが得意」といった面もあるのです。
  学校生活ではどうしても集団行動を求められます。そのなかで周囲との協調の苦手さが目立ってしまったり、孤立してしまうこともよくあります。また勉強の極端な得意不得意が出てくることもあります。不登校、引きこもり、ゲーム依存といったこともあわせて起きることがしばしばです。またうつや不安といった精神症状を合併しやすいことも知られており、だからこそ精神科的な支援が必要になるのです。
  ところで子どもたちが大人になったときには、自閉スペクトラム症の特性はどうなるのでしょうか。一概には言えませんが、基本的には社会適応能力が高まっていって得意不得意の凸凹がカバーされていきます。ですが大人になってからも課題が生じることもあります。発達症の支援は子どものときから始まり、必要によっては大人になってからも続いていくものなのです。

 

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院内広報誌の原稿3 2017年12月24日(日)

以下は僕が務める吉田病院の院内広報誌に書いた原稿です。発達症の1つである知的発達症の支援がテーマです。
 
知的発達症について
  発達症は比較的新しく整備された概念なのですが、知的な発達の遅れだけは古くから存在が知られていました。例えば知能検査などの状態評価の方法も、100年以上前から開発の歴史があるそうです。ですので学習・生活・就労などの支援体制も一番整っています。その点で他の発達症とは状況が異なると言えます。
  現代の診断基準では正式名は「知的能力障害(知的発達症)」です。「知的能力障害」という言葉が主流で「知的発達症」はあまり使われないのですが、僕は愛用しています。なぜなら「障害」という言葉には「固定した機能低下」といったニュアンスが強く、「知的発達の課題があるが、学習したり成長もしている」という状態とはズレがあると思うからです。また「障害」という言葉そのものに傷つく当事者や家族の方たちも多いです。ですのでこの文章では「知的発達症」の言葉を使おうと思います。
  ところで皆さんは知的な発達の遅れというと、どんな状態をイメージされるでしょうか?「言葉の理解が難しい」「施設に入所している」といった比較的重い状態をイメージされる方が多いかもしれません。ところが現場で関わってみてわかることは、大部分が軽度な方であることです。軽度・中等度・重度・最重度の割合はおよそ85%・10%・3〜4%・1〜2%とされています。そして軽度の方の場合会話もしっかりしておられ、日常生活動作もできることが多いので、とても気づかれにくいのです。いかに軽度の方に早く気づき、支援を入れていくかがポイントだと言えます。
  それでは生活・学習・就労の上でどんな問題が起こってくることがあるのでしょうか。これも軽度・中等度・重度・最重度のそれぞれによって変わってきます。ここでは軽度の方を想定して、年齢層を3つに分けて書いてみます(あくまでも起こる可能性のある症状であって、全員に起こるものではありません)。
●小学校入学まで 発語や歩き出すことの遅れ、言葉での指示が伝わりにくい、集団活動が苦手、かんしゃく、登園しぶりなど。
●小学校〜高校 学習がうまくいかない、対人トラブル、不登校、感情コントロールの苦手さ、ネット依存など。
●その後 仕事が短期間しか続かない、金銭管理の問題、衝動的な行動、十分に計画されないままの育児と養育困難など。
  このように症状は多岐にわたっています。またADHDや自閉スペクトラム症など他の発達症を合併することも多く、うつ病などの精神疾患も合併しやすいのです。精神科での治療も以下の点に注目しながら複合的に進めます。|療発達の遅れはどの程度か?他の発達症や精神疾患は合併していないか?身体疾患はないか?げ搬押νЭ諭職場などでの人間関係はどうか?シ从冖未楼堕蠅靴討い襪?ζ中活動は充実しているか?Ъ匆饑度は活用されているか?
  治療は医療機関だけで完結するものではありません。役場福祉課・保健センター・ハローワーク・就労継続支援事業所などと連携しながら進めていくものなのです。

 

参考資料 『臨床児童青年精神医学ハンドブック』(本城秀次・野邑健二・岡田俊編集、西村書店、2016年発行)

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2017年12月日録1

12/2(土) 「城南看護師会」の研修会に講師として招いていただいた。城南看護師会は熊本県南部の精神科病院の男性看護師の集まりで、年2回の開催で81回目になるそうだ。40年以上続いているということに驚いた。男性ばかりというところが不思議なところだが、ほとんどの精神科病院において男性看護師は少数派なので、こういった集まりが必要なのだろう。
  僕は子ども・発達症の支援について話した。その後、懇親会にも参加させてもらった。他の精神科病院のスタッフと話す機会はなかなかないのでとても新鮮だった。そのなかで感じたのは、ヾ埜郢佞醗綮佞肩ひじ張らない信頼関係を作れている病院は少ない、⊆匆馘な課題に意識的に対応できている病院も少ない、子どもや発達症の問題に積極的に取り組んでいる病院も多くない、ということだった。これらは僕が働く吉田病院でも意識していかないといけない点だと思う。
12/3(日) 先月飼い出した金魚すくいの金魚の2匹が死んでしまった。美紗さんが地元のホームセンターに行ったが、適切なものがいなかった。そこで少し遠方に買いに行くことにした。どこに行っていいのかわからなかったため、熊本県・鹿児島県・宮崎県のうちでインターネットのいい記事があった宮崎市のお店に行ってみることにした。
  「アクアプラン金魚館」(8800031宮崎県宮崎市舩塚3丁目19、電話0985248474)は小ぶりなお店だったが、運営されている方が非常に親切で、かつ金魚への愛情を感じさせる方だった。「金魚を大事に育ててくれる人に、自分が自信をもってお勧めできる金魚を届けたい」といった気持ちが感じられ、感銘を受けた。美紗さんにもいろいろ教えてくださったうえに、金魚を飼うために役立つツールをつけてくださった。印象的だったのは、道具よりもまずは水が一番大事だということだった。いい水にはバクテリアがたくさん生きていて、金魚の糞などを分解して汚れにくくしてくれる。金魚すくいの金魚が死んでしまったのは、新しい水道水に入れたことも原因かもしれないと思った。
  金魚館の店員さんに教えていただいたのだが、すぐそばに「宮崎県総合文化公園」(管理事務所、8800031宮崎県宮崎市舩塚3丁目210、電話0985311410)がある。子どもたちを遊ばせたかったので連れて行ったのだが、非常にいい場所だった。公園が広々としていて遊びや散策やピクニックなどに自由に使える。またまわりに美術館や図書館、県民ホールがあって、あわせて楽しむことができる。文化的な活動が集約されている感じだ。
  僕たちはそのなかの「宮崎県立美術館」に入った。1階に就労継続支援A型事業所のレストランがあって昼食に入ったが、机の形や装飾品までアート作品が使われていて楽しかった。1階のアートショップにも行ったが、子どもたちに水彩画のセットを買うことができた。
  2階では特別展「あそぶ浮世絵 にゃんとも猫だらけ」が開かれていて、入ってみた。膨大な浮世絵のコレクションのなかから猫の入った作品群を選び出した力作展示だ。ほとんどの作品が当時の人々の生活の様子を精密に描いている。だが現代の目で見ると「古いなあ」という感想を抱く。でもごく一部の浮世絵は現代の目で見ても全く古さを感じさせない。それが芸術的な想像力なのだろうけど、時代を超えて見る人に強い印象を与える作品というのは、いったい何が違うんだろうと不思議に思った。作品に生命が宿っているのだろう。

 

写真1〜2は宮崎県宮崎市にある金魚専門店「アクアプラン金魚館」で撮った写真です。


写真1 お店の外観。

 

写真2 店主の方は非常に親切で、金魚を飼うのに使いやすいグッズを教えてくださったり、水草などを持たせてくださった。金魚を好きな人を1人でも増やしたいという思いが伝わってきた。

 

写真3〜8は宮崎県宮崎市にある「宮崎県総合文化公園」で撮った写真です。


写真3 公園は広々としている。

 

写真4 公園のなかにある県立美術館に行った。1階にあるレストランは就労支援の事業所だった。パスタがおいしい。

 

写真5 噴水の形もアート的だ。

 

写真6 猫を含む浮世絵についての特別展「あそぶ浮世絵 にゃんとも猫だらけ」をやっていた。写真は人気投票で、浮世絵のなかのどの猫が好きかを各自が投票する。

 

写真7 猫たちと写真を撮るコーナーもあった。

 

写真8 不思議な形をしたオブジェ。娘のやすみのいる場所に立って声を出すと、洞窟の中のように響く。

 

写真9 「アクアプラン金魚館」で買った金魚と水槽を美紗さんはさっそく設置した。

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2017年12月日録2

12/5(火) 湯前町での地域活動に1日出かけた。午前は町の障がい者計画を策定する委員会に出席した。これは精神障がい・知的障がい・身体障がいに当たる町民の置かれた状況を分析し、改善するための計画を作る集まりで、3年に1回ある。多彩な課題が出たが、印象に残ったのは以下のものだ。〔雲鍵儖は高齢者対策の勉強をすることが多く、成人精神と児童の支援にはなかなか手が回っていない。∧欸鮖佞眄人精神には苦手意識があり、病院などによるバックアップの仕組みが必要。D拘入院者の退院のためには地域のグループホームが必要だが、なかなかできていない。だ鎖西祿下圓僚∀促進のために、湯前町にも事業所を作りたい。ヅ鯀按でも社会福祉士を雇用し、コミュニティ・ソーシャルワーカーとして活用することが望ましい。
  午後は「こころの相談」を受けた。高次脳機能障害のケースは「制度のはざま」にあり、課題が大きいのに適切な支援につながらないことが多い。その結果家族は疲弊してしまう。県の大学病院には高次脳機能障害の支援センターがあると聞くが、地方ではつながりにくい。精神科は支援の入り口になれるので、検査や手帳申請などで関われればと思う。
12/6(水) 水曜日は地域産業保健センターの産業医として事業所を訪問した。健診結果の説明や、メンタルヘルス不調者の面談などが求められる支援だ。地域産業保健センターは中小企業の経営者と労働者の双方からの相談に乗れるので、非常にいい仕組みだ。でも地域の事業所にはおそらく十分に知られていないので、もっと活用していただきたいと思う。また衛生推進者を置いていない事業所が多いので、まずは職員の健康問題の担当者を決めることを勧めることが多い。職場のなかに職員の健康を守る立場の人がいて、継続的に見守りや受診の促しなどをしていくことが大切なのだと思う。
12/9(土) 人吉市で「スクールコンプライアンス学会」のワークショップがあった。スクールコンプライアンス学会は学校関係の訴訟事例の分析や、学校のリスク管理の向上などを議論している場だ。教員である友人の村上さんが参加しておられ、勧めてもらって僕も加入した。ニュースレターを読み解く力は僕にはないが、学校現場でどんなことが問題になっているのかの一部を見ることができ、役に立っている。
  まずは学会の会長である坂田仰さんの講演があった。膨大な内容があるが、僕の聞き取れた要点は以下の通りだ。ヾ躓ヾ浜は頑張っている先生が足をすくわれないようにするためにこそ必要だ。日頃から研修に参加するなどして危機対応を学んでいる先生のもとでは大きな危機は起こらない。7亳核富であるがゆえに新しい手法を取り入れられない先生もいて、そこに経験主義の落とし穴がある。ざ軌の仕事は、どこまでが業務でどこからが任意のヴォランティア活動なのかの線引きを、はっきりすることが難しい。例えば部活動やPTA活動への参加がそうである。ソ祥莇軌蕕蓮岼Δ半霰の世界」と考えられ、法的な側面はあまり注目されてこなかった。λゝを暗記することが大切なわけではない。「自分のやっていることが、法的な視点から見て、逸脱していないか?」をチェックできる感性が重要。Ш枷修砲蓮嵎杆郢里説得合戦をして、そのなかでもっとも説得力があった意見を裁判官が採用する」といった側面もある。そして教育実践の土台となる枠組みは判例の積み重ねのなかからできていく。┐覆里如峅奮愿な根拠にもとづいて、合理的に説明できる教育活動」を意識していくことが大切である。公立学校においてもいままで以上に「教員個人の責任」が問われるようになっている。民事訴訟の損害賠償についても、従来は学校設置者である市町村などが払っていたが、教員個人にも負担させることが増えつつある。「共生教育」という理想を実現するためには、人・物・金の投入が必要である。理想だけを現場に押し付けても教員の負担が増えるばかりである。救急救命については、常に最新の方法やガイドラインを知っておく必要がある。また救急車を何分後に要請したかも評価のポイントになる。わいせつ行為に「時効はない」と考えるべき。安全マニュアルの整備が必要である。
  講義に加えてグループワークがあった。多彩な教育職の方々が参加しておられ、たとえば僕のテーブルには小学校の教諭・高校教諭・教育研修センターの職員がおられた。部活動中の熱中症の架空事例について検討した。僕は教育者ではないので皆さんの意見を聞くことが多かったが、同じケースを題材にしていても、テーブルごとに議論の論点が違うのが興味深かった。教育は手法選択の幅が広く、「これが絶対に正しい」と決めにくい面が大きいのだとわかった。医療以上に「正解のない」分野だ。また医療以上に「理想的なあり方」を求められ、際限なく仕事が増えていく分野だとも思う。
  もともと学校は「善意の公的活動」であるがゆえに、民間企業と比べてリスク管理の姿勢が薄く、危機対応がうまくいっていないケースもあるそうだ。でもリスクばかりを気にして萎縮することではなく、リスク軽減を常に考えながらも大事なことはチャレンジしていくことを講師の方々が提言されていた。危機管理は目的ではなく、理想の教育を行ううえでの手段なのだ。同じことは病院にも当てはまる。以前病院に弁護士の方を招いて勉強会をした時にも、「難しい仕事だから訴訟を起こされる可能性がある、それは大事な仕事である証だ」といったことを聞いた。訴訟沙汰をできれば避けたいというのが教師でも医師でも変わらない気持ちだと思うが、守りはしっかりしたうえで大事なことには挑戦する姿勢を持ち続けることが大事なのだろう。

 

写真10〜11は息子の響とすぐ近所の公園を散歩した時の写真です。


写真10 徒歩3分ほどで着ける。自動車が来る心配がないので安心して散歩できる。

 

写真11 枝を手に取って地面をつついて遊ぶ響。

 

写真12 「スクールコンプライアンス学会」のワークショップの様子。架空の事例についてのグループワークをして、議論の要点を紙に書きだした。

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2017年12月日録3

12/10(日) アルコール使用障害の代表的な自助グループが断酒会(だんしゅかい)だ。全国組織であり、名前の通りに断酒を目指す人たちが継続的に会合を開いている(例会は1〜2週に1回ほど)。熊本県内にも13か所の支部があるとのことで、球磨地方にもいくつも団体がある(たしか7つ?)。それらの団体の年1回の合同集会が吉田病院であったので参加した(正式名は「球磨人吉地域合同断酒会」)。
  参加者が非常に多く、120の座席では足りずにスタッフが10〜20椅子を追加した。当事者・家族に加えて、保健師・福祉課・社協・A型事業所といった地域の支援者の参加が多かったのでうれしかった。内容の中心は5〜6人の当事者・家族による「体験発表」(飲酒によって引き起こされた問題も含めて率直に人生を振り返り、参加者の前で話すこと)だ。断酒歴の比較的短い人が多かったこともあり、強気の発言も多かったが、仲間といっしょに目標に向かって進んでいく力強さが感じられた。
  医師や支援職によるコメントは、「なぜ断酒会で継続的に語り合うことが治療効果を持つのか?」を掘り下げたものが多かった。特に岡田洋一さんのお話は深みがあり、「人が語りながら人生をとらえなおしていく」プロセスが強調されていた。自分の弱みも含めた事実は、経験してすぐに語れるわけではない。少しずつ少しずつ人生の歴史をとらえなおしていくなかで、大事なことが徐々に言葉になっていく。そして生きる支えになっていく。自分自身を正確にとらえる言葉を育てていくことには大きな意義があるのだと感じた。
12/12(火) 友人たちとの食事会があった。食品業界や教育分野など異業種の人たちと話せる貴重な機会だ。他分野の課題や取り組みが医療分野に応用できることもよくあり、ひらめきを得るためにも気楽な付き合いをできる仲間の存在は大事だと思う。また娘のやすみが2日後に5歳になるのも祝ってもらえてありがたかった。
12/13(水) 若い友人のA君の論考を読ませてもらった。まだ高校生なのに自分の考えたことを論文形式で記載してまとめようとするところに驚かされる。僕には高校生の頃に「自分の考えを人に伝えよう」というハッキリした意思はなかった。またきちんと形式を整えて表現しようとする緻密さや慎重さもなかったと思う。
  僕が初めてA君と出会ったとき、たしか対話の意義について2人で話した。人生でそんなに多くはないけど、自分を変える出会いを恵まれるときがある。そのときには、相手を通して自分と違った価値観や世界が流れ込んできて、未知の領域に自分を導いてくれる。そして経験や思考や表現の幅を広げてくれる。そんなような「出会いのすばらしさ」について話したように思う。
  それから時間が経ったが、やはりA君は深みのある出会いを貪欲に求めている。それはA君が「自分の殻を脱いでより成長したい」という欲求に満ちていることの表れでもあるし、A君の才能が大きくて、まだまだ開拓の余地があることを表してもいると思う。「自分を触発してくれる誰か」を探しているような感じだ。
  A君になによりも必要なのは、優れた「人生の師」や仲間を見つけることと、自分が長年かけて取り組む大事な問題を見つけることだろう。人生の師は未来の自分の姿を予見して引き出してくれる。仲間と意見をぶつけ合うことなしには、学びの広がりに欠けるだろう。そして大切だが困難な課題に取り組むことなしには、自分の限界を見極めることはできないと思う。
  僕にできることは、残念ながらエールを送ることぐらいだ。短期間で答えが見つからなくても、自分の疑問をゆっくり育てていってほしい。回りの人たちの理解はすぐには得られないかもしれないが、自分の見つけた問題をじっくり掘り下げていけば、いずれは違った形で出会い直せるはずだ。
  いまからA君は危険もある「踏みならされていない獣道」を歩むことになるかもしれない。そのときにふっと感じられる追い風になれたらと思う。あるいは迷ったときや疲れたときに休みに来れる泉のようでありたい。

 

写真13〜14は友人たちとの食事会の際の写真です。


写真13 パティシエールの友人がケーキを作り、やすみの5歳を祝ってくれた。

 

写真14 友人たちと走り回って遊ぶやすみと響。

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2017年12月日録4

12/14(木) やすみの5歳の誕生日だったので、宮崎県宮崎市にある「宮崎市フェニックス自然動物園」(8800122宮崎県宮崎市塩路浜山3083-42、電話0985391306)に出かけた。動物を見れるのもやすみは喜ぶが、遊園地と一体化していていろんな遊びをできることがやすみの最大の喜びだ。「マッドマウス」というジェットコースターにやすみは10回以上も乗った。「いっしょに乗って」と言われて僕も5回以上乗った。一つわかったことは、怖がって後ろにのけぞっていると、急降下がいっそう怖くなる。どうせならと前に突っ込むような姿勢で臨んだ方が怖くない。ジェットコースターといえど人生の深い教訓(?)とつながっているんだと妙に感動した。
  動物園の近くの家族風呂を探したら、偶然検索に引っかかったのが「石崎の杜歓鯨館(かんげいかん)」(〒880-0212宮崎県宮崎市佐土原町下那珂8-1、電話0985627757)だ。
温泉に加えて屋内プールやジム、レストランなどもある一体型の施設だ。僕たちは温泉に入った後、レストランに行って夕食を食べた。「農家バイキング」と銘打たれているとおりに地域の農産物中心のおかずがたくさん並んでいる。野菜をたくさんとれるし、味も楽しめて、しかも安い。公共の施設だから安いのだが、このような施設が地域にあることはうらやましく思えた。
12/15(金) 今年は寒いなと思ってはいたが、年内に水道管が凍ることがあってビックリした。水上村にいたときには標高が500〜600mあったので、冬には当たり前のように水道管が凍っていたが、人吉市では目立たなかった(お休みどころは標高100〜200m?)。それが朝に水道の蛇口をひねっても水が出てこないので、「ああ、凍ってしまったな」と思った。いったん凍ると回復するのに時間がかかるし、水道管の内側の錆がとれて流れてくるので蛇口のフィルターが詰まってしまう。美紗さんが去年の水道屋さんの修理の仕方を見ていたので、自分たちでフィルターを洗うことができた。後日ガス湯沸かし器も凍ってしまった。山の中と言わずとも、防寒対策が必要だと痛感した。
12/17(日) やすみが通っている「さざなみ保育園」の「お遊戯音楽発表会」があった。さざなみ保育園は従来から音楽に力を入れているので、発表には迫力がある。ブラスバンド的な音楽もあれば、大正琴のような伝統楽器もある。ダンス・劇・朗読などもあり盛りだくさんだ。やすみは去年と違い、恥ずかしがって目線をそらしたり笑ってしまったりすることが多かった。普段は大人しい子が舞台の上では活発なことに美紗さんが驚いていた。表現活動をする自分は、普段の生活をしている自分とはまた別なものなのだろう。
12/19(火) 職場のメンタルヘルスの相談に出かけた。職場の問題は職場環境(人間関係や部署、業務内容など)の影響を大きく受ける。通常の精神科診療と比べて背景をよく聞き、そのうえで対策を考えないといけないのが特徴だ。なので職場側のスタッフと協力しながらでないと支援が進まない。でもやる気のあるスタッフと組めると想像以上に大きな成果をあげられることもある。メンタルヘルス問題に関心のあるスタッフを見つけることが最初の大事な仕事だ。

 

写真15 やすみの保育園の発表会。和太鼓やオペレッタ、ダンスに参加していた。

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2017年12月日録5

12/20(水) 多良木町には福祉型障がい児入所施設「多良木町立多良木学園」(〒8680502熊本県球磨郡多良木町黒肥地6525-38、電話0966422692)がある。発達症を持つ子ども(主に6〜18歳)の入所施設は球磨地方でここだけなので、存在の意義が非常に大きい。元来は知的発達症の子どもたちの生活訓練を目的として設立された施設だが、現在ではより幅広く対応している。虐待などで家庭生活が困難なケースや本人の生活訓練が必要なケース、集団適応性の向上をはかりたい場合などが利用の対象だ。
  多良木学園の子どもたちの健診に出かけた。難しい病状や家庭背景を持つ子が多いのに、全体に落ち着いていたので驚いた。職員の方々の努力の結果だろう。球磨地方の子ども支援の拠点である施設の1つだけに、今後も応援していきたい。
12/26(火) 美紗さんの両親やきょうだい、その子どもたちといっしょに家族旅行に出かけた。幼児まで含めれば13人の大集団で、車も1台には収まらなかった。熊本県阿蘇市の動物園やテーマパークに行ったが、とりわけ印象深かったのが宿泊した「ルナ天文台 オーベルジュ 森のアトリエ」(〒8691502熊本県阿蘇郡南阿蘇村白川1810、電話0967623006)だ。ここは宿泊のための施設というよりも星を見るための施設であり、九州最大級の天体望遠鏡やプラネタリウムがある。しかもスタッフも天文学のセミプロのような方ばかりだ。夜の天体観測会では残念ながら曇りで星が見えなかったが、説明するスタッフの方が「なんとしても星を見てもらいたい」という気持ちで、何度も何度も夜空を確認されていたのが印象的だった。星そのものを見ることよりも、「こんなに星空を愛する人たちがいるんだ」ということを知れたことの方が貴重だ。

 

写真16〜18は熊本県阿蘇市の宿泊施設「ルナ天文台 オーベルジュ 森のアトリエ」で撮った写真です。


写真16 ロフトのある部屋に子どもたちは大喜び。

 

写真17 プラネタリウムでは太陽系の惑星や夜の星々について、基本的でありながら掘り下げた説明を聞くことができる。

 


写真18 天体観測会。建物の3階部分に天体望遠鏡がある。残念ながら星は見れなかったが、望遠鏡の性能や星についての詳しい説明を聞くことができた。

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寺井治夫さんの資料を読む 2017年11月4日(土)

  寺井治夫さんは僕が高校の時に国語を教わった先生です。教科書ではなく先生自身がプリントで作った教材で授業されるのが印象的で、しかもそのプリント類を1年の終わりに冊子に製本するのでした。教材だけでなく自分が書いた作文類もあわせてとじられます。そうすると「どんな授業を受けたのか」の記録だけでなく、「どんなことを考えてそのとき生きていたのか」の記録にもなるのです。僕にとってはいまでも大事なもので、本棚の中に入っています。
  寺井さんの表情は柔和で、会話もゆったりした穏やかなものでした。でも内面には鋭いものを持っておられ、時代への批判精神のようなものが授業の根底にありました。そこが寺井さんの苦しみのもとでもあり、進学校で効率的な受験対策を求められるなかにあって、どれだけ個人的な色彩を出せるかを悩まれているように見えました。実際に保護者の意見は二分されていたようで、寺井さんの全人的な教育を歓迎する立場と批判する立場とがあったようです。
  僕個人に関しては、寺井さんは高校を超えた人生の恩師です。寺井さんが高校1年の夏に学習サークル「論楽社」に連れて行ってくださったことが、僕の生き方を大きく変えることになりました。その後もときどきではありますが、寺井さんとはお会いしたり手紙をやり取りしたりしていまに至っています。「学校の教師」だけではなく「人生に影響を与える人」でもあるような先生に出会えることは、とても幸運なことだと思います。
  その寺井さんも教員を引退され、自宅で過ごされているそうです。寺井さんのことを考えるとき、僕には教員としての姿しか思い浮かびません。引退されるのはさぞ辛いことであっただろうと想像されます。ですがやはり教員魂の虫が騒ぐのでしょう。寺井さんは自分の教育実践についてのレポートをまとめられたそうです。それを僕のところに送ってくださいました。
  僕は届いてすぐに一部は読んだのですが、なぜかそのまま仕事かばんの中にしまっていました。寺井さんの手紙の日付は2016年6月29日ですから、もう1年4カ月が経ちます。この間僕は忙しすぎる時間を送ってきましたが、最近自分の限界以上には仕事を入れないように努力しています。成果が出たのか少し時間ができましたので、もう一度寺井さんの資料を読んでみることにしました。
  教員の研修会での発表のために作られた資料は2部あり、それぞれタイトルは「まねることから学ぶ」「読むことと書くこと」です。どんな思いで教材を選び、課題を設定し、それに対してどんな文章や詩を書いて生徒たちが応答したか、という記録になっています。
  これを読んでまず感じるのは、寺井さんは生徒たちの書いた言葉を宝物のように感じておられるのだなぁということです。生徒の作文というのは優れたものももちろんありますが、退屈なものも多いです。「ただ先生が設定したから書いただけ」といった香りのプンプンするものなど、僕にとっては読むのが面倒になります。ところが寺井さんは飽きることなくどこまでもていねいにそれをたどっていかれるのです。その生徒が自分の限界のどこに挑んだのか? どんな気持ちで授業を受けているのか? 成長の過程のなかでどんな葛藤を抱えているのか? たとえつまらない短い文章であっても、その生徒の実存的な叫びとしても読めるはずです。そこに寄り添って耳を澄ませることが寺井さんの生きがいであると感じました。僕にはとうていできないことです。
  同じことかもしれませんが、読み味わうということと、書き表すということを、寺井さんはとても大切に考えておられるのだとも感じました。人間の思考・感情・行動にはいろいろありますが、言葉での受け取りと発信に注目して人間育成をはかるのが国語教師のはずです。自分なりに考える力を持ち、読みながら評価したり、書きながら歩みを進めたりできることが、言葉を使いこなすことだと思いますが、寺井さんのアプローチはその目標に徹底しています。記号としての言葉の習得ではなく、生きたものとしての言葉を練り上げることです。それだけに客観化したり数値化したりすることになじまず、受験では扱われにくい部分なのだと思います。
  寺井さんの授業を受けているときには思いもよらないことでしたが、僕にとってはいまでも言葉は生きることと一体になっています。自分の現在地点を確認し、その先にわずかでも進むための手がかりを見つけることが、僕にとっての書くことです。高校生の僕にとっては数学や自然科学の言葉が真理でした。ですがいまでは言葉のなかで心情や思索や経験や出会いが科学的な客観性と混然と混じりあうことが理想になっています。
  人生の時期によって必要とする言葉の質は違ってくるのでしょう。寺井さんが提示しようとしていた理想すなわち「言葉を生きること」に、いまのほうが僕は惹かれています。幸いなことに、日々の仕事でも患者さんと会話して、その人固有の言葉を聞き取り書き記すことができます。結果的に「言葉で記録すること」が生きることの中心になってしまいました。
今後もコツコツと記録の作業を続けましょう。それにどんな意味があるのかはよくわかりません。ですがどんな小さな言葉であっても、「その時代背景のなかで、個人の精神が、どんなふうにもがいたか?」の記録にはなるのではないでしょうか。自分の限界や間違いを書き記すことのなかにこそ、真実が宿るのではないかと思っています。

 

写真1 寺井治夫さんからいただいた資料。

 

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小林幹穂さんの資料を読む1 2017年11月5日(日)

  小林幹穂さんは僕が以前伊敷病院でいっしょに働いたことのある精神科医で、かつ文化人類学の研究者でもあります。精神科の臨床では解離症やPTSDを専門とされ、文化人類学的には南方諸島(奄美・沖縄)の伝統的な治療文化であるシャーマニズムを研究されました。現在は臨床に専念されていますが、やはり学者としての思索があり、論考を発表されています。
  小林さんが東日本大震災の際に医療支援に定期的に行かれたことは知っていました。また最近熊本市の「桜が丘病院」の院長になられたことも知っていました。ですが小林さんはシャイというか、まめに連絡を取り合うタイプの方ではないため、僕の方からの連絡は特にはしないままでした。
  ところがある日小林さんとの共通の友人から連絡があり、そのことで小林さんに電話やメールをすることになりました。直接お話はできませんでしたが、後日郵便で資料を送ってくださいました。一部分を読んで大変おもしろかったのですが、なぜか仕事かばんのなかに入れておきました。半年経ったいまになって、時間ができたので読んでみました。
  資料は2部あり、1つは『精神療法』(43巻第2号、金剛出版、2017年)という雑誌に発表された論文です。論文のタイトルは「椿説憑物談義(ちんせつつきものだんぎ)―写しと退行(たいこう)―」で、これはおそらく「憑依(ひょうい)現象についてのちょっと違った角度からの考察」といった意味でしょう。憑依は小林さんの研究していたシャーマニズムにおいて治療手段として使われるものであり、精神医学の世界のなかでは解離症として扱われるものです。つまり小林さんの研究と臨床の一番中心のテーマなのです。
  憑依についての一般的な見方は以下のようなものです。「虐待などで圧倒的な心的外傷体験をした人が、自分の心が壊れないための自然な防御反応として、つらい自分と別の自分をひとまず分けて、心の崩壊を回避する。そのプロセスが反復して固定化してしまうと、別の人格になり多重人格の状態になる」。ところがこの小林さんの論考のなかではこういった考え方は全然出てきません。
  ではどのような考え方かというと、大まかにまとめてしまえば以下のようになります。従来無意識として注目されてきた領域には、以下の2つがある。仝朕佑凌瓦留底にある無意識、これは脳神経系の働きによって規定される部分が大きい。⊇弦臈な無意識、これは人類全体に共通するもので、神話・夢・象徴・芸術などの創造的な活動に関係するところが大きい。でもその中間領域にあたる2搬嘉な無意識があり、これは祖先から積み重ねられた記憶の堆積する場と考えられる。そしてこのから憑依現象が起こってくるというのです。
  根拠なく上記のようなことを小林さんは言っているわけではなく、文化人類学的な調査や精神科臨床での経験などを織り交ぜて語っておられるので説得力があります。また日常の素朴な実感としても、祖先からの記憶の引継ぎがされていると考えることは自然です。このようなものがないと人類の知恵は伝承されてこなかったのではないでしょうか?交わした言葉だけで文化が伝承されるわけではなく、知らないうちに体の中にしみ込んでいる知恵というものがあるからこそ、文化を発展させていけると思うのです。
  ただ僕個人は祖先や自分のルーツといった問題に全然興味を持たずにきました。ですので小林さんの視点は意外なものでした。小林さんによればシャーマンや口承伝承の部族の多くで、祖先の歴史に関して400数十年ほど前まではさかのぼるけど、それ以前は神話の世界とされているそうです。興野家の祖先は源平の合戦の際に源氏側の那須与一の家来だったらしいと父から聞いたことがあります。そういった時間を意識して生きていくことも大切なのかもしれないと思いました。自分が個人で努力して能力のすべてを獲得したというのは、まったくもって傲慢なのですね。僕はそう思っていました。

 

写真1 小林さんからいただいた資料。

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小林幹穂さんの資料を読む2 2017年11月5日(日)

  もう一つの資料は、「わたしたちのアウトリーチ読本」と名付けられた手作りの冊子で、小林さんが自分の病院のアウトリーチ・チームに向けて書いたものです。小林さんは東日本大震災の被災地に支援に行かれていましたが、被災地には3つの大きな精神科病院があったため、地域の精神科医療が機能停止に近くなってしまったそうです。そこで訪問診療を中心に地域の精神科ケアを行っていたと聞きました。この経験が小林さんを地域に出かけての医療的な支援活動である「アウトリーチ」におもむかせたに違いありません。
  ところでアウトリーチというと訪問診療や訪問看護などをイメージしますが、小林さんによると違うそうです。「本来は相談機関や病院などの援助提供機関に来ることができないか、あるいは来ることを好まない人たちに対して医療、保健、福祉などの対人サービスを提供したり、また助言したりする活動」を指すそうです。つまり病院機能を地域に拡大するというのが趣旨ではなく、精神医療システムの外にいる人たちに対して支援職として関わっていくというところに力点があるそうです。
  僕は自分の地域での相談活動をアウトリーチとして考えたことはありませんでした。ですが小林さんの定義を見ると、僕がやろうとしていることもアウトリーチと言えそうです。小林さんとの意外な接点ができてうれしく思いました。
  ですが実際に地域での支援に当たっていると、地域の支援職の視点(医療システムの外)と、病院内の視点(医療システムの内部)とが食い違うことがよくあります。そのために地域支援をしている病院スタッフは、病院内で煙たがられたり責められたりしがちです。地域の人たちが「これこそ精神科スタッフに関わってほしいケースだ」と感じる事案が、病院内では「複雑で流れに乗りにくい困難事例」だということがよくあるのです。たとえば本人に困り感がなく治療の意思がない・家族内に深刻な対立がある・浪費や貧困が背景にある・地域内で孤立している・支援者の介入を拒否している・虐待の問題があるといったケースが地域の困難事例にはよくありますが、これらは病院が関わったからといってすぐに状況が改善するわけではありません。いっしょに悩み、支援会議を重ねながら、改善をはかっていくしかないのです。
  この問題を小林さんはどう考えているのでしょうか? 資料には直接答えは書かれていませんが、オープンダイアローグという支援技法に関連して小林さんが書いていることがあります。「不確実性への耐性とは最終的な結論がだされるまであいまいさに耐えながら患者と家族を支えること」。つまりはっきりした答えが見えないなかを、揺らぎながら探っていく力が大切なのです。できることを一つ一つ改善させていきながら、偶然の力も利用して、あせらずに支援を進めていくこと。これが困難事例の支援にあたってもっとも大切な視点だと感じます。
  地域の支援に関わっていると、診断が付かないまま支援することがほとんどです。病院内のシステムでは診察や検査を通して診断し、そこから治療が始まっていくわけですが、地域では違います。関係者が情報を持ち寄り、どの程度の深刻さと緊急性があるかを総合的に判断します。そこから支援策を検討していくわけです。ですので手法的にも医療システムとは違います。また関わる専門職の立場もさまざまですので、基本的な視点も多様です。この「いろんな視点を重ね合わせる」という難しさがあるわけですが、そのことは小林さんはどう考えているのでしょうか?
  これも直接的には書かれていませんが、バフチンという思想家の言葉を引用しておられるなかにヒントがあります。「それぞれに独立して互いに融け合うことのないあまたの声と意識、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニー」。つまりそれぞれの固有の考え方や感じ方を話し合いながら、全体として支援方針が結晶化されていくプロセスこそが大事だというのです。
  最後に地域の支援に関わっていてよく感じることが、自分の守備範囲を意識することが大切だということです。たとえば貧困問題の改善のためには経済面からの支援が大切ですが、これは僕の専門ではありません。ソーシャルワーカーや福祉課、社会福祉協議会などが主に関わる問題です。たとえば教育問題の解決のためには、学校での環境調整や進路変更なども大事ですが、これも僕の専門ではありません。教育関係者の関わる問題です。このように自分にはよくわからない問題がたくさんあるのですが、では全く関わらないでいいかというと、それでは支援が進みません。「素人だけど、自分の守備範囲を一歩踏み出して関わっていく」という姿勢が必要なのです。この点については小林さんの意見はどうでしょうか?
  これについては小林さんは直接的には書かれていませんが、予言的な言葉が資料のなかに見つかります。「地域のなかで地域にある社会資源を使って創出するサービス」「アウトリーチの理念と方法論をさらにもっと広めることができるならば、私たちですら想像もつかないような全く別な新たな展望が開けてくるかもしれません」です。つまり自分の専門領域を持ちつつ、そこから一歩踏み出してすき間の領域の支援に当たるということを繰り返していき、地域の支援文化が高まっていくなかで、あらたな地域の在り方が見えてくるというのです。
  僕は結局小林さんの言いたかったことよりも、自分の日々の悩みに近づけて資料を読んでしまいました。でもきっと小林さんは許してくれるでしょう。学問とは使われるためにあるのですし、先生とはインスピレーションを与えるためにあるのですから。僕にとって小林さんは目指すべき方向を示してくれる「道しるべの矢印」のような存在です。地域支援にあたるなかでどんな世界が見えてくるのかを楽しみにしながら、これからも活動していきましょう。

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