お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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芦北・水俣に出かける 2020年2月2日(日)

   熊本県の保健・福祉体制では県を10個ぐらいのエリア(圏域)に分けています。僕が住んでいるのは人吉・球磨圏域であり、八代圏域や芦北・水俣圏域と接しています。芦北・水俣は人吉からは山を越えていかないといけないので、感覚的には遠く感じるのですが、実際には意外と近いです。車で行けばだいたい1時間以内で目的地に着くことができます。
   1月末から2月始めにかけて、芦北・水俣に行く機会に2度恵まれました。まず芦北・水俣の養護教諭の方たちの研修会に招いていただけました。養護教諭は小・中学校の医療的ケアの中心です。養護教諭の方たちに発達症支援の要点を伝えることができれば、それはすぐに各学校の支援の向上につながります。その意味ではお呼びいただけることは非常にありがたいことで、去年に続けてお呼びいただけるのはさらにありがたいことです。
   平日でしたので、僕が1人で出かけてきました。会場は芦北の津奈木町(つなぎまち)にある文化センターです。20人ほど集まってくださっていました。残念ながら芦北・水俣には現時点では思春期の発達症支援の拠点になる医療機関がありません。そのせいなのか、学校の先生たちが医療機関とのつながりを求める気持ちは、人吉球磨よりもはるかに強いと感じます。聞き手が熱心であればあるほど、僕の話の余談や即興が増えるのですが、この日もテーマである「発達症の二次障害」から逸脱するようなお話をたくさんできました。息子の響を保育園に迎えに行くためにゆっくりできなかったのが残念でしたが、とても幸せな時間でした。
   次に呼んでいただけたのは水俣にある児童養護施設「光明童園(ひかりどうえん)」です。光明童園には以前から子ども診療でのつながりがあり、以前にも1度訪問させていただいたことがあります。年に1回一般の方や支援職向けの「ひかりっこセミナー」を開催されており、今年で10回目になるのだそうです。そこに講師として招いていただいたのでした。普段から非常に熱心に子ども支援に取り組まれていることは知っていますので、訪問するのが楽しみでした。
   セミナーには40〜50人ほどが集まっていました。こちらも聞き手が非常に熱心で、そのために脱線や余談が多くなり時間が足りなくなりました。やはり質問もありうれしかったです。いい聞き手に恵まれると、こちらの気持ちが軽くなって、普段は思いつかないことまで話せるのですね。だからいい講演会に呼んでいただけると新しいアイディアを思いついて自分自身のためになります。
   セミナーの後に光明童園のスタッフの方たち数人を昼食をしながらお話しました。特に楽しみだったのが施設長の堀浄信さんと初めてお話しできることでした。お会いしてみると思っていたより若い方で、僕より5歳年上なだけでした。虐待支援の重要性を訴えるために全国を講演して飛び回っておられるとのことでした。「光明童園」と同じ法人の児童養護施設「湯出(ゆで)光明童園」で困難な家庭状況にあるお子さんを引き受けるだけでもすごいのに、さらに児童発達支援センター「にこにこ」も開設され、発達症の子どもたちの療育も行っておられます。また今後も虐待予防や地域の子ども・保護者支援の活動を展開していかれるとのことでした。施設長に志があるのを感じてスタッフの皆さんも活き活き働いておられるのだとわかりました。
   最近は普段の子ども診療のなかでも芦北・水俣からの受診者が増え、芦北・水俣を近く感じています。さらにいい支援者の方たちと知り合うと、ますます近く感じます。今後は僕にできる形で芦北・水俣の子ども支援にも関わっていきたいと思います。
   熊本県に限らずですが、医療機関は県庁所在地に偏っており、地方の医療体制の維持は今後ますます大変になっていきます。人吉・球磨も芦北・水俣も、いままでどおりの医療体制を維持していけなくなるでしょう。その際には圏域を越えた連携が求められます。いまのうちから芦北・水俣とのつながりを強めておくことで、将来的には1つの医療圏域と考えられるようになるかもしれません。そしてどちらもが休息・再生の地として困っている方の受け入れをできるようだとすばらしいと思います。

 

写真1〜2は熊本県水俣市にある温泉ホテル「湯の児(ゆのこ) 海と夕やけ」で撮った写真です。


写真1   子どもたちはキッズコーナーで延々と遊んでいた。頑丈な木のつくりだから安心感があるのかもしれない。

 

写真2   夕食会場。魚介類も野菜もとても豊かだ。

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ひまわり保育園で話す 2020年2月12日(水)

   人吉市に伝説的な保育園があります。「ひまわり保育園」です。無認可の保育園で、泥んこ遊びなど通常の保育園ではできない自由な保育をされていると、何年も前に友人のRさんから聞きました。僕自身の子どもたちが生まれた際にも、預けてみたいなと思いましたが、認定こども園はされていないとのことで諦めました。
   ひまわり保育園とのつながりができたのは、それから何年も後です。同僚の娘のMさんの結婚式に出席したのですが、テーブルの隣の席の人がひまわり保育園の松本園長でした。ちょうどその日が卒園旅行の日で、「阿蘇ミルク牧場」に行ってきましたと話されていました。その他に何を話したかは覚えていないのですが、松本園長の人間性に魅力を感じました。志のある方だと感じたのです。
   数年後に同僚の娘のMさんが吉田病院に勤務されることになり、予想外でしたが同僚になりました。とはいえ職場で会うことはめったになく、会っても話す暇もなく、月日は過ぎていきました。ひまわり保育園が認可保育園になったとどこかで聞きました。
   ある日Mさんに呼び止められ、「ひまわり保育園で講演していただけませんか?」と尋ねられました。僕はもちろんいいですよとお伝えしました。やっとひまわり保育園に行く機会ができたのでうれしく思いました。出会いのきっかけはいつも意外なところにありますね。
   講演の内容については、当初はすでに作ってある資料で対応しようと思っていました。ところがMさんの要望はいくつもあり、‘幼児の発達について、発達課題が生じた際の支援法について、支援をしなかった場合にどんな問題が起きやすいか?、の3点を含めてほしいとのことでした。子どもの早期発達や療育については支援者の間でよく話題になることですが、僕が療育の専門職ではなく、また主に就学後の子どもの診療をしていることもあり、講演では触れずにきました。まさにそこを話してほしいとのことですので、資料をほとんどゼロから新しく作りました。時間と体力との勝負でしたが、ギリギリで資料ができました。
   当日は強い雨でした。僕は午前と午後に地域の支援会議に参加しました。そのあと保育園に響を迎えに行き、子どもたちをお風呂に入れて、夕食も食べさせてから、ひまわり保育園に向かいました。19時からと聞いていましたが、楽しみですので、18時半より前に着くように早めに出かけました。ひまわり保育園は意外なほど自宅から近く、車で5分もかからない距離でした。
   ひまわり保育園の建物は木を生かした2階だての立派なもので、建て増しを何回かされてきたような作りでした。入り口で松本園長とお会いできました。施設をゆっくり案内していただきたかったのですが、なんと会が18時半からでした。それでさっそく話し始めたのです。
   参加してみてわかったことですが、会は保護者会が主催する勉強会のようでした。保護者や関係者、保育士の方たちが40人ほど集まっておられました。皆さん板の間で足がしびれたでしょうに、長時間集中して聞いてくださいました。僕の友人知人もたくさんおられました。参加者の聞き方が熱心だったものですから、僕はかなり余談を多くして自由奔放に話せました。初めて話す内容で時間配分がうまくいくか心配でしたが、90分にうまく収まりました。
   あと30分は質疑応答の時間ですが、質問が出ないのではと思いました。ところが1つ1つと出ていくうちに30分が過ぎました。質問の内容も深いもので、以下の論点を含んでいました。“達症支援が「子どもたちの個性を平均化する方向」に偏っていないか?(むしろ逆で子どもたちが個性を活かして生きていくことをサポートするのが目的です)。発達症とチックの関係について(通常のチックなら心配ありませんが、トゥレット症の疑いがあれば受診を勧めます)。I徂悗覗甦支援の必要性について意見が割れたら?(夫婦のつながりの方がはるかに大事ですので、両方ともが必要性を感じるまでは無理に支援を入れないでもいいと思います)。と達症の原因とは?(現時点ではまだ不明です。あわてて何かを原因だと決めつけるよりも、支援法を工夫する方が役に立つと思います)。
   質問が自発的にたくさん出るのは、かなり集団の力がある証拠だと思います。ひまわり保育園が子どもや保護者を大切にしてこられたことがわかりました。松本園長と後でお話したのですが、発達症や肢体不自由のお子さんについても、他の園の受け入れが難しいときに、受け入れの要請があるそうです。受け入れをしていくためにも、発達症についての職員の継続的な勉強会をしていきたいとのことでした。「他の園が対応できないケースに、手探りで対応していきたい」という運営の姿勢がすばらしいと思いました。
   松本園長からいただいた創立40周年記念誌『はじけて芽を出せひまわりっ子』(発行:2016年3月)を後日読みました。創立は1976年にさかのぼり、「婦人の働く権利を守り、すべての子にゆき届いた保育を」との気持ちで松本園長を含む主婦3人で立ち上げたそうです(同書36ページ、人吉新聞 1976年3月25日号の記事より)。のちに夜間保育にも取り組まれることになり、いまも夜間保育をしている人吉市唯一の保育園のようです。また記念誌の随所に出てくるのですが、「絵本は心の栄養」「リズム運動」「どろんこ、散歩、外あそび」(同書8ページ)を保育の3本柱にされているそうです。40年前の理想であるにも関わらず、現在ますます大事になっている視点であることがすごいと思いました。だからこそひまわり保育園が続いてきたのでしょう。
   僕は自分が子どもを持つまでは、保育には全く関心がありませんでした。ところが子育てをしてみると、保育園というのは非常にありがたい存在であり、かつ親子のニーズにかなり柔軟に合わせてくださる場なのだと思いました。わが家もそうですが、子どもには1人1人個性があり、発達の状況もさまざまです。家庭の状況も同じように多様です。そのなかで子どもの日々の成長を支え、保護者の悩みを受け止め、子どもたちの長い人生を導く理想のようなものを提示するのが、保育園の役割なのだと思います。途方もなくエネルギーを要する仕事であり、かつ親子のニーズの変化に応じていつも変わり続けないといけない立場です。難しいですね。これからもひまわり保育園には高い理想を持ち続けて実践を続けていただきたいと思いました。そこに未来の理想社会のかけらが表れてくるのでしょう。

 

写真1   ひまわり保育園創立40周年記念誌『はじけて芽を出せひまわりっ子』(発行:2016年3月)。理想を持ちながら、母親のニーズの変化に合わせていつも変わり続けてきたことがわかる。

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ギャンブル障害について話す 2020年2月18日(火)

   ギャンブルに依存してしまっている状態を、精神科の病名としては「ギャンブル障害」と呼びます。世界的に人口の1.5〜2.5%程度と推定されているそうで、よくみられる精神疾患になります。ですが受診されている方の比率が非常に少なく、そもそも「精神疾患であり、精神科医療機関が支援に当たっている」ことを知らない方が大多数だと思われます。決定打となる治療法がないのが現状ですが、それでも相談先があり、医療的な介入を受けられることは大事なことだと思うのです。
   ギャンブル障害について、僕は臨床での経験は少ないです。ですが依存症の問題には子どものゲーム症の支援でよく関わっています。また数は多くはないですが、アルコール使用障害の診療をすることもありますし、ニコチン依存症について講演をすることもあります。また成人の発達症支援において金銭管理が治療上重要な位置を占めていることもあり、金銭管理の問題についてはずっと頭を悩ませてきました。患者さんのなかにはギャンブルに依存する方も一部おられますので、ある程度関心は持ってきました。
   ですが大きく関心を持ったのは4年前のことです。人吉市の隣の錦町で、「場外舟券売り場」ができる構想が持ち上がったとのことで、反対する郡市民グループができました。代表をされていたRさんと僕はたまたま難病支援の活動で知り合いでしたので、Rさんからの講演依頼を引き受けたのです。ですが人前で話すためには勉強したり、いままでの経験をまとめたりしないといけません。はたしてうまくいくのかハラハラしながら資料を作ったのを覚えています。結果的には講演は盛り上がり、質問もたくさん出てホッとしたのでした。その後「場外舟券売り場」の構想も凍結されました。
   その後ギャンブル問題の講演をすることはなかったのですが、去年の12月、友人の鶴上寛治さんから講演の依頼を受けたのです。なんと今度は人吉市で「場外車券売り場」の構想が持ち上がっているというのです。僕も知らなかったのですが、これは遠方で開かれている競輪やオートレースをスクリーンに映し出して、お金を賭けるための施設なのだそうです。市議会での質問をとおして構想が発覚し、反対する市民グループ「「人吉場外車券売り場」を考える会」ができて、鶴上さんが代表になられました。鶴上さんの実直で誠実な人柄は長く知っていますから、僕はさっそく引き受けました。
   ギャンブル障害についての資料はほとんど以前のままでしたが、依存症全般の話にはいくつか付け加えました。〔物依存の分野では、医療機関で処方される薬物への依存も問題になっていること(特に精神科から処方される抗不安薬)。¬物依存の分野では、司法的な厳罰主義を徹底しても状況が改善しないことが明らかになっており、むしろ医学的な支援モデルが拡充されてきていること。L物依存の原因については、「性格の弱さ」から「痛みや孤独への自己対処の一環」ととらえかたが変わってきていること。せ劼匹發離押璽牋預犬砲弔い討蓮⇒病率が世界的に約10%と非常に高いこと。ゥ縫灰船鶲預絃匹悗亮匆馘な対応が日本は非常に遅れていること。などです。
   またギャンブル障害については、1つの論文のことを付け加えました。「病的ギャンブラーとギャンブル愛好家を峻別するものは何か :LINEアプリ・セルフスクリーニングテストを用いた病的ギャンブラーの臨床的特徴に関する研究」(田中紀子ほか、日本アルコール・薬物医学会雑誌第53巻第6号別冊、2018年12月)という論文なのですが、題名の通りギャンブル愛好家とギャンブル障害の人との差異は何なのかを多数の人の調査をもとに調べた内容です。結果だけを言うと、以下の4点が違いだったそうです。.ャンブルをするときには予算や時間の制限を決めない、決めても守れない。▲ャンブルに勝った時に「次のギャンブルに使おう」と考える。ギャンブルをしたことを誰かに隠す。ぅャンブルに負けたときにすぐに取り返したいと思う。この4点を持つ人たちをハイリスク群として見つければ、より予防的な介入がしやすくなるのは確実で、非常にすばらしい内容だと思いました。
   このように講演の内容については考えたのですが、いろんな講演が立て込んでいたこともあり、準備にかける時間も体力も限られていました。はたしてうまくいくのかが心配でした。
   当日会場に行ってみると、続々と人が集まってきます。80人くらいは来てくださっていた感じでした。会場の雰囲気をみた段階で、「おそらくギャンブル場の構想は消えるだろう」とわかりました。そんな静かな活気があったのです。
   ところが主催者挨拶は友人の鶴上さんではありませんでした。体調不良で来られなくなったそうです。鶴上さんも80代と高齢です。お会いするたびに体調が心配でしたが、この日はもっと心配になりました(あとでお聞きすると、それほど深刻なものではなかったそうで良かったです)。
   講演は参加者が熱心に聞いてくださったこともあり、いろいろプラスアルファの内容をお話して、時間が足りませんでした。質問も出ました。
.ャンブル場を減らせば、ギャンブルをする人が減るのか?(⇒これは深い質問ですが、ギャンブル場についてはおおむね30匏内からの利用者が多いというデータがあるそうです。また依存症対策の基本は対象へのアクセスの軽減です。アルコールについては販売所の密度減少が有効とされているそうです(資料1より))。
公的な金銭管理システムについて。成年後見制度のなかで支援信託の応用として地域の金融機関と連携する方法があるのでは?(⇒これは僕は知りませんでした。あとで司法書士の方に教えていただきました)。
5氾追賊,妊ャンブル依存の治療プログラムを始める予定はありますか?(⇒現時点では予算や人員のことなどがあり、まだ構想はありません。ただ以前にはギャンブル障害の自助グループをしていた時期があったそうです)。
づ合型リゾートなどの公営ギャンブルを国が進めているのはなぜなのでしょうか?経済界優先のため?(⇒おそらくそうだと思います)。
ゥャンブル場への入場券のようなものはできないか?(⇒国が決めればすぐにできると思います。これがあればギャンブル障害の人の入場禁止なども行えます。海外ではできているところもあると聞いています)。
   ギャンブルをはじめとする依存症の問題は、支援が難しいです。医療機関だけでの支援には限界があり、社会システムからのアプローチがとても重要になります。またただ単に社会的に締め付けるだけでは成功せず、禁酒法時代のアメリカで依存症者が増えてギャングがはびこったり、アルコール禁止のイスラム圏で深刻な依存症者が出ていることと同じようなことになってしまいます。柔軟な発想で、社会的な規制の在り方や依存症者支援の在り方を考えていく必要があるのです。
   依存症支援は古くて新しい精神科の分野です。僕は専門的に診療しているわけではありませんが、悩んでいる当事者や家族は地域にたくさんおられます。僕が関われるのは主に、子どものゲーム依存の支援や、成人の発達症の人の金銭管理の問題などに限られますが、依存症支援に少しでも参加していきたいと思います。


●資料1   インターネット上の資料「ギャンブル等依存の実態と予防」(独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター 樋口 進)。

●追記   後日、鶴上寛治さんからお手紙と資料をいただきました。資料は次世代への寛治さんからのメッセージ集と呼べるものです。歴史の教師だった寛治さんらしく、歴史と漢字の字源を土台として、現在の政治への怒りと、いたわりの気持ちの大事さを強調する内容になっています。寛治さんの社会批判は、軍国少年だった自身への反省から出たもので、だからこそ妥協のないものです。

 

写真1   講演会のチラシ。手作り感がある。

 

写真2   寛治さんの文集。

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野村克也さんの本を読む 2020年2月25日(火)

   新型コロナウィルスの大流行のために、本来予定していた施設見学や研修会の開催ができなくなってしまいました。そこで急に時間ができたので、美紗さんに協力してもらって、自宅で本を読む時間を取ることにしました。読んだのが、『なぜか結果を出す人の理由』(著:野村克也、集英社新書、2014年)。プロ野球の選手・監督・解説者として活躍した野村さんの本です。2月11日に亡くなられたので、いままで野村さんの本は読んだことがなかったのですが、1冊買ってみたのでした。
   野村さんについてはかなり以前から知っていました。兄が子どものときに熱烈なプロ野球ファンだったので、実家で兄がテレビの「プロ野球ニュース」を見るのを横で見ていました。兄はいったん故障した選手を復活させるスポーツドクターになりたいと言っていたぐらいなので、監督としての野村さんを大尊敬していました。他のチームで「戦力外」とされたり、ケガのために力を発揮できない選手たちを、次々と復活させていたからです。
   『なぜか結果を出す人の理由』を読むと、野村さんの選手復活術は偶然の産物ではないことがよくわかります。選手時代には、野村さんはどうすれば自分やチームが力を出せるのか、考えて工夫し続けてきました。監督時代には、どうすれば選手たちが力を発揮できるようになるのかを、やはり考え実践し続けてこられました。膨大な試行錯誤の末に、やっと「うまくいくための原則」のようなものが見えてくるのです。野球は変化し続けていく生き物なので、法則化は完全にはできないのですが、一般的な傾向はあるのですね。
   本から一部を引用してみます。
●自分の専門分野を究めようとして生きてきた人たちは、みなそれぞれに辿り着いた真理や原理原則を持っている(7ページ)。
●その人が他の人に比べて抜きん出た結果を出しているのは、その技術や方法論ということ以上に「信頼」や「周囲を巻き込む力」によるものだ(8ページ)。
●努力が結果に結び付いていない人がいたら、その原因を客観的に見抜いて的確な指摘をするのが、プロの指導者(18ページ)。
●質の高い努力、理にかなった努力、つまり、より正しい努力をしなければならない(22ページ)。
●問題は自分が追い込まれたときにどうするか。その対処能力が勝負を決める(30ページ)。
●その人の日ごろの行ないを周りの人たちはちゃんと見ている(32ページ)。
●野球選手として高い意識を持っているだけでなく、「人として、こうありたい」という高い理想を持っている。そこが並みの選手で終わるか一流選手になるかという最初の分かれ目だ。
●「この人のためにがんばろう」と周囲に思われる人間か、そう思われない人間か、それによって、その人自身の結果が変わってくる(36ページ)。
●ストレートの速さというのは努力でどうにかなるものではない。それは速く走ることと打球を遠くへ飛ばすことと並ぶ、天性の才能である。そこに多くの時間と労力を割いてしまうことほど、まちがった努力はない。ピッチャーはスピードよりもコントロールが大事だ(40ページ)。
●ときとして人には、変わらざるを得ないときが訪れることがある。故障もその一つだ。故障したことで故障前の自分と同じことができなくなったときには、もはら変えるしかない。変わるしかない。つまり、故障というのは自分を変える大きなチャンスでもあるのだ(45ページ)。
●努力が実るという意味では、野球の場合、バッティング以上に守備に大きく表れるものだ(71ページ)。
●「練習のための練習をしても上手くならない」という言葉がある。より実戦に近い練習とはどういうものか。より結果に直結する練習とはどういうものか。試合のための練習でなければ、どんなに練習時間を割いても上手くなれないという意味の言葉だ。それを考え、工夫し、見つけていく能力がある選手は、同じ努力でも、よりよい結果を得ることができる(74ページ)。
●野球とは状況判断のスポーツ(77ページ)。
●打線のつなぎ役になることだ。ゴロを打って走者を進める、右方向に打って走者を進める、バントを正確に決めて走者を進める。そういう役目をする選手がいると打線が機能し、チームの得点力は上がる(79ページ)。
●野球選手が取りつかれてしまう魅力が二つある。それはホームランとスピードボールである・・・とくに本来はそういうタイプではないはずの選手が、その魅力に取りつかれてしまうと厄介なことになる(86ページ)。
●プロフェッショナルが自分の身一つで生きていくためには、何といっても己を知ることが必要だ。今の自分には何が足りないのか、どこが弱いのか。どこを磨けばいいのか。それを常に正しく認識できるかどうかが勝負だ。そのためには、自分の課題について感じたり、考えたりする習慣を身に付けて、感知するセンス、感性を磨いていくしかない(92ページ)。
●単純なことをひたすら反復するのは苦痛が伴う。・・・努力には即効性がない。そこが努力を継続することを難しくしている最大の理由なのだ(105ページ)。
●素振りをしないと一日が終わらないというのは、私も同じだった。長いシーズン、長い現役生活のうちには「疲れた」「面倒だ」と感じる日もある。しかし、そういう自分との戦いに負けてしまうか、それを克服するか。その一日一日の積み重ねが勝負を分ける。「小事が大事」なのだ(110ページ)。
●同じような実力があっても、それ以上に伸びる選手と伸びない選手がいる。そういうとき、伸びない選手を見ていると、簡単に「もう限界だ」と言っている場合が多い。自分で自分の限界を決めてしまっている(117ページ)。
●自分が活かせる場所を自分で見つける(123ページ)。
●チャンスに強い人と弱い人、あるいはプレッシャーに強い人と弱い人。その差を考えてみると、やはり人間の本能的な面がかかわっているのではないか。人間の本能として、あるいは動物の本能として、弱い者ほど強く見せようとする。自信があって強い人というのは自分を強く見せようなどとはしない。いつでも淡々とやっている(156ページ)。
●経験が裏打ちされてこその理論。人から言葉で教えられたり、本を読んで頭に入れた知識というのは、たとえ正しい理論でも本物にはなり得ない。「知っている、頭でわかっている」を「できる」にしていくためには、まず「やってみる」「やってみせる」ということが必要だ。「わかっている」ことを「できる」にするためには努力が必要だ。反復練習が必要だ(188ページ)。
●野球が好きで、野球が見たくて、見ればまた考えたくて、考えればまた見たくなる。そして、何度でもこうやって野球について書いたり語ったりしたくなる(203ページ)。
●人間、何が幸せかと言って、好きなことをずっと好きなままやれて、それに携わり続けられることだと思う(203ページ)。
   どの言葉も含蓄がありますね。しかも本のなかでは具体的な選手のことや、野村さん自身の苦労のエピソードといっしょに深い言葉が語られているので、より説得力があります。はじめから抽象的な言葉ではなくて、実体験のなかで鍛えられた言葉なのです。理屈っぽくなくて、心にスッと入ってきます。
   この本は野村さんの遺言のようにも思えます。野球をする人と観る人の両方へのエールと感謝を含んでいます。人生という舞台を去っていく前のお別れの言葉のようにも読めるのです。
   僕は野村さんの本は野球論だろうと思っていましたので、汎用性があって哲学的なことに驚きました。職人の哲学です。こねくりまわした理論ではなくて、人間や世界を見渡すたしかな視点がそこにはあります。野球に限らず、何事も掘り下げると普遍性を持つのですね。野球を越えた野球の本として、野村さんのメッセージは今後も読まれると思います。たった1冊の本を通してに過ぎませんが、僕も触れることができて良かったです。

 

写真1   『なぜか結果を出す人の理由』(著:野村克也、集英社新書、2014年)。薄いが非常に含蓄のある本だ。

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2020年2月日録1

2/4(火)   児童発達支援センター「スイスイなかま」の定期健診に行った。健診といっても子どもの診察はごく短時間で、大部分は保護者の方とお話をしている。保護者はさまざまな思いを抱えているし、普段の通所の際には話せていない心配や不安があることもある。また療育を受けて子どもが成長していることに喜ばれていることもあれば、さらに踏み込んで療育について学んでみたいという方もある。健診をしてみて驚いたのは、保護者の方たちの療育への関心の高さで、将来的に療育の仕事に関わりたいという人までいた。発達症を持つ子どもたちへのケアや社会的リハビリテーションはこれからますます重要な分野になりそうだ。
2/5(水)   職場のメンタルヘルスの相談を受けた。うつ病や不安症の相談が多いことは以前から知られているが、発達症に関連した相談も多い。職場の上司や同僚には精神科になじみのない方が多く、保健師などが間に入って説明しないとトラブルになりやすい。精神科に通っている人がかなり多い現代では、精神疾患を持つ人との関わり方は、管理職が持つべき基本知識の1つになりそうだ。
2/6(木)   僕は数年前から慢性副鼻腔炎になった。それまでは全く関心がなかった病気だが、自分がなってみると大変苦しい病気だとわかった。アレルギー性鼻炎が基盤にあるため、点鼻薬で鼻炎を抑え続けないといけない。さらに風邪になる度に副鼻腔が炎症を起こすので、全身がきつくなり、多量の鼻水や痰がらみに悩まされる。耳鼻科には行きたくないのだが、結局苦しくて行かざるをえなくなる。耳鼻科の薬を飲むと改善するのだが、また風邪を引くと繰り返しだ。結局のところ、対症療法に終始していることが苦しみのもとなのだ。精神科にも治療が対症療法しかなくて、だらだらと治療を続けないといけない病気が多い。患者さんたちが「病気から解放されたい」と願う気持ちがよくわかる。
2/10(月)   精神科ではトラウマを負った人の治療をすることがときどきある。トラウマに由来する症状は多彩であり、またトラウマのために信頼関係を作ることが難しくなることから、治療はこみ入った経過を取ることが多い。初めから「トラウマを持った人だ」と認識して治療に入る場合は、こちらに気持ちの準備があるからまだいいのだが、全然意識していなかった人の背景にトラウマがある場合がある。受診している子どもの親にトラウマがある場合が典型的で、こちらはどうしても子どもに注目してしまうので見逃しやすい。しかし親に不安定さがあると治療がうまくいきにくく、経過が複雑になりやすい。トラウマへの特効薬はいまのところなく、こちらも揺れながらじっくり関わっていくしかないと思われる。難しい分野だが、だからこそ精神科にケアが期待されているのだろう。
2/11(火)   息子の響が動物好きなので、「宮崎市フェニックス自然動物園」に家族で出かけた。アジアゾウの「みどり」と写真を撮れたり、象に乗れたりするのが園の目玉だ。象のみどりは間近で見るとやはり巨大で、目には精神性を感じさせる穏やかさがある。フェニックス自然動物園は全体的には動物よりも遊具にややシフトしているところがあるが、散策しながら珍しい動物を見て回れるのはやはり楽しい。チンパンジーの展示スペースが新設されていたり、徐々に動物コーナーが充実してきている。

 

 


写真1   子どもたちが玄関掃除をしてくれた。

 

写真2  宮崎市フェニックス自然動物園にて。象に乗る体験をできた。

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2020年2月日録2

2/12(水)   年に1会の「療育ネットワーク会議 全体会」に主催者側で参加した。毎月療育ネットワーク会議で議論してきた成果を発表する集まりであり、また療育関係者のつながりを強めるための場でもある。僕はグループワークのファシリテーターが役割だった。「発達症の子どもが療育機関を利用できる日数には限りがあり、利用できない日にどこが受け入れられるだろうか?」というのがテーマだったが、参加者から積極的な意見が次々と出た。療育・教育・保健・福祉・医療など参加者の立場はさまざまだったが、つながりあって支援していくことで地域がよくなるのだと感じた。
2/19(水)   職場のメンタルヘルスの相談を受けた。長年にわたり原因不明の症状に悩まされてきた方だったが、お話を聞くと、おそらくてんかんだと推測された。通常は職場のメンタルヘルス相談では、病気が疑われて受診が必要かどうかの判断しかできないが、たまにはこのように疾患の推測までできることもある。そうするとよりはっきりした生活上のアドバイスまでできるので、来談者にも喜ばれやすい。職場のメンタルヘルス相談のやりがいは、病気の早期発見・早期支援にあると思う。
   人吉市の認知症サポーターのステップアップ講座で話させていただいた。すでに認知症サポーターの研修を受けた方が、さらに研修を深めるための集まりだ。民生委員を中心に、自ら勉強したいと集まった方たちばかりで、会場には熱気があった。僕は認知症支援の基礎知識と困難事例の支援についてお話したが、たくさん脱線しながら自由に話せた。質問もいくつも出た。勉強はやはり自発的にするときに、もっとも成果が上がると思う。 
2/20(木)   吉田病院の認知症チームの勉強会で、高齢者のてんかんについて話した。てんかんは子どもと高齢者に多い病気で、アルツハイマー型認知症・自閉スペクトラム症・ADHDに合併しやすいことが知られている。高齢者に特に多い「側頭葉てんかん」は、典型的な症状がみられないことも多く、そもそも「もしかして、てんかんではないか?」と疑うことがいちばん難しい。いったん疑うことができれば、脳波での検出率も高く、治療への反応も比較的よい。疑うことが大事だからこそ、多職種で注意していく必要がある。高齢者支援に関わる人には、ぜひ頭に置いておいてもらいたい病気だ。

 

写真3   美紗さんが響の机を作ってあげた。好きな動物の本を読む響。

 

写真4   この冬1度きりの雪がうっすらと積もっている。暖冬だった。

 

写真5   あさぎり町にある「黒豚キッチンKUMAKURO おかどめ幸福駅店」。養豚場「球磨の黒豚」の直営店なので、お肉の味わいが極上だ。 

 

写真6   あさぎり町にある「岡留公園」にて。丘の上にあり雪をかぶった山々を見渡せる。

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2020年2月日録3

2/23(日)   長崎県にある動物園「長崎バイオパーク」に出かけた。響は動物が好きで、特にカバが好きだが、長崎バイオパークではカバのエサやりを見れるらしい。カバたちにスイカをあげる動画を響が何度も見ていたので、一度連れていってあげたかった。
   新型コロナウィルスの流行がみられた時期だが、まだ深刻味はなく、マスクをつけていない人たちも多かった。行ってみて驚いたのは、カバだけでなく、園内のほとんどの動物たちにエサやり体験をできることだ。しかも設計に工夫がしてあり、動物たちを非常に近くから見ることができる。カンガルーやリスザル、バクなど普段体験できないエサやりをできたので、子どもたちだけでなくて僕たちも興奮できた。
   カバのエサやりは見るだけでなくて、直接体験できた。大きく開いたカバの口に、4分の1ほどのキャベツを投げ込む。ただキャベツが重いこともあり、響の力では残念ながら口まで届かなかった。でもエサやりをできること自体が大きな喜びだった。
   子どもが小さいので動物園にあちこち行くが、どんどん体感・体験を重視した作りになってきているのを感じる。現代では動画などで動物の様子をある程度見れるので、珍しい動物を見るだけでは子どもたちは満足しない。逆に珍しくない犬や猫でも、直接触れ合えると子どもたちがは感激する。情報が過多なぶん、体験が大事になっている。
2/26(水)   子どもたちが通っている「さざなみ保育園」の保育士さんたちに、発達症や虐待の講義をしている。さざなみ保育園は園長が社会福祉士なこともあり、社会奉仕の精神がある。発達症を持つ子どものなかでも症状が重い子どもの場合、保育園から受け入れを拒まれてしまうこともある。そういったケースでさざなみ保育園に来られることもあるので、園の許容量が大きいのだと思う。
2/27(木)   人吉市で産業医向けの勉強会があった。「動機づけ面接」がテーマだった。動機づけ面接は依存症の支援に有効とされているので興味があった。「両価性(アンビバレンス)」と呼ばれる「ああでもあり、こうでもある」といった矛盾する気持ちのせめぎあいに注目するところに特色がある。依存症に限らずダイエットなどでもだが、「わかっちゃいるけど、〇〇することをやめられない」という状況になることがよくある。ここで「わかっちゃいるけどやめられない」で終わらせずに、もう少し掘り下げて話を引き出していくうちに、「前向きな行動の芽」のような言葉が出てくることがある。それを丹念に育てていくような面接法だ。アンビバレンスは依存症の核心にあるものなのだろう。

 

写真7〜8は長崎県の動物園「長崎バイオパーク」で撮った写真です。


写真7   響がずっと憧れてきたカバのエサやりを体験できた。大きくあいたカバの口に、キャベツを投げ込む。残念ながら響は力が足りなくて、キャベツが手前に落ちてしまった。

 

写真8   リスザルのエサやり体験。リスザルが次々と飛び乗ってきて、やすみは怖がっていた。

 

写真9   錦町にあるピザ屋さん「ファーマーズ カフェ 咲莉」。レンガ釜で焼いたピザは木の香りも味わいになっている。

 

写真10   錦町にある「錦・くらんど公園」。しずくは池のコイや鳥たちにエサをあげた。  

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阿蘇への小旅行 2020年1月13日(月)

   1月の連休を利用して熊本県の阿蘇に家族で出かけました。響が以前から危険生物にはまっていて、ワニやカバ、熊などが大好きなのです。阿蘇には動物ふれあい施設「カドリー・ドミニオン」があり、熊がたくさんいるだけでなく、エサやりの体験などもできるのです。
   ただ阿蘇は標高が500〜1000mあり、冬は寒さが厳しいです。以前冬に行ったときにも、雪が降って道路が凍結しそうになり、車で帰れるのか不安になったことがありました。さらに予報では天気も曇りや雨でした。インフルエンザが流行っている時期であり、子どもたちの体調が崩れないかの心配もありました。とはいえ心配ばかりしていても何もできませんので、ひとまず旅を計画したのです。
   土曜日の仕事が終わったあとに、阿蘇に出発しました。阿蘇は2016年4月の熊本地震で被災し、主要な橋が崩れてしまいましたので、いままではかなり遠回りで不便な迂回路で行かざるをえませんでした。ですが2017年8月に阿蘇長陽大橋が開通し、南阿蘇方面にはそれまでよりは行きやすくなりました。今回車のナビゲーションシステムが示したのも、そのルートでした。
   夜だったこともあるのですが、いざ行ってみると細くて通りにくい道が多いです。最近できたばかりで、まだ舗装がきれいな道もたくさんありました。おそらく既存の道路の断片をつぎはぎして、なんとか作ったルートなのでしょう。本来の主要なルートである阿蘇大橋を建設している現場も見えました。復興はまだまだ時間がかかるんだと思いました。
   翌日はテーマパーク「阿蘇ファームランド」に行きました。美紗さんが好きで、以前から何度も行っている施設です。震災の傷あとが大きく残っている時期にも行きました。どんなふうに変化しているかが楽しみでした。
   今回感じたのは、「健康」という阿蘇ファームランドのテーマがより強く打ち出されていることです。アトラクションにしても、食事にしても、「来た人がより健康になれるように」という視点で作られています。健康増進の学会から監修も受けているそうですし、健康にいいキノコの栽培にも取り組んでいるそうです。通常は旅行というとたくさん食べて太ることが多いですが、阿蘇ファームランドを見ると、将来は変わるかもしれないと思います。心身の調子を整えるために出かける旅行が主流になるかもしれません。
   最後の日には動物ふれあい施設「カドリー・ドミニオン」に行きました。前日には雨が降りましたし、当日も風が強く寒さが厳しかったですが、なんとか歩いて回れました。響の見たい熊たちがたくさんいます。ふだんはゆっくり行動することの多い響が、さっさっと先頭を歩いて見て回るのには驚きました。「アメリカクロクマ」など普段から学んでいるので、頭に入りやすいのでしょう。子どもが好きなことを吸収する勢いにはたまげます。
   子グマを抱いて写真撮影できたり、牛に乗れたり、ヘビをさわれたりと盛りだくさんでした。子どもたちが夢中になっているのを見て、美紗さんも僕も幸せでした。旅の目的が果たされたのです。
   もちろん子どもたちはいつも機嫌がいいわけではなく、眠くなってぐずったり、くだらないことでケンカしたり、抱っこをねだったりします。ですが僕がもっとも美しい場面だと感じるのは、「完全に頭の流れが切り替わって、没頭しているとき」です。「興味のかたまり」になっているときには、雑念の入る余地がありません。ただ対象に見入っているのです。それが動物であれ、映画であれ、スポーツであれ、なにかに夢中になれるのはすばらしいことだと思います。無心になるときがときどきあるからこそ、苦しいことの多い人生でも生き抜いていけるのではないでしょうか。

 

写真1   阿蘇ファームランドにて。健康づくりがテーマになっており、遊びながら運動できるようになっている。

 

写真2〜3は熊本県阿蘇市にある動物ふれあいのテーマパーク「カドリー・ドミニオン」で撮った写真です。


写真2   熊にエサをあげることができる。意外なことに熊は草食性が強く、しずくの投げるミカンを食べる。

 

写真3   「肥後の赤牛」に乗れて喜ぶ響。

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2020年1月日録1

1/1(水)   病院で働いていて感じることだが、目の前の患者さんに尽くすことだけでなく、スタッフにやりがいや自信を持ってもらうことも大事な仕事だ。僕は患者さんたちのケアの現場監督のような役割であり、実際に大部分のケアをするのは他の職種の人たちだ。病院のスタッフが生き生きすれば、結果的に患者さんへのサービスも向上する。なのでスタッフの皆さんにも燃えてもらう必要がある。
   特に「いままで調子がよくならなかった患者さんが、治療法を見直したらよくなった」というケースがあると、スタッフは喜んでくれる。病院に長期入院している患者さんは治療困難なケースが多く、改善がみられないケースではスタッフのやる気も高まりにくい。だから難しいケースにこそ懸命に取り組むべきだと思うようになった。それがあとあとになって病院全体を変えることにつながる。 
1/2(木)   アニメーション映画『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(原題: How to Train Your Dragon: The Hidden World、監督:ディーン・デュボア、2019年、アメリカ)を家族で観に行った。子どもたちがおもしろがる映画を期待していたのだが、内容はもっと深く、むしろ大人向きだと思った。子どもたちはアクション場面を主に観るが、大人はストーリーの細部を観る。主人公の人間的な苦闘や成長は僕自身の経験とも重なり、かなりリアルなものだ。
   子どもたちを映画に連れていっていて感じることだが、「単に善が悪をやっつける、純粋に子ども向けの映画」というのは、いまは少ないのかもしれない。優れた映画の場合、たとえ子ども向けの設定であっても、あらゆる年代層がそれぞれの観方をできる懐の深さを持っており、作者の実人生の経験に根差した教えや励ましを多く含んでいる。
   正直言って、子どもたちがこんなに深い映画に興味を持つこと自体が驚きだ。子どもはおそらく無意識のうちに将来の人生を先取りして考えているのだろう。ショッピングモールに行くといろいろなお店があるが、やはり映画がいちばんおもしろい。作品の世界に心が入って、普段はできないような感情経験をできるからだ。
1/5(日)   宮崎県小林市にある「のじりこぴあ」に子どもたちを連れていった。のじりこぴあは公園と遊園地の間のような施設で、入場は無料でありながら、かなりたくさんの遊具がそろっている。特徴は昔ながらの遊びが多いことで、子どもたちも竹のポックリやフラフープ、竹馬などに挑戦していた。昔ながらの遊びは体を使うものが多く、子どもの発達に非常にいい。現代は屋内での遊びが多いので、屋外で子どもを遊ばせられる場所は貴重だ。
1/8(水)   認知症初期集中支援チームの会議などで、警察の方と連携して仕事をすることが増えた。子どもの分野であれば虐待や養育困難、成人分野であれば自傷他害、高齢者分野であれば運転の問題などが主な接点だ。近年は警察も犯罪予防に力を入れてくださっており、精神面が心配な方を病院につないでくださることも多い。地域の困難事例の支援には警察との連携が不可欠なので、今後も協力していきたい。

 

写真1   お正月の朝は霜と霧で寒かった。

 

写真2〜3は宮崎県小林市の公園「のじりこぴあ」で撮った写真です。


写真2   フワフワのすべり台で大興奮する子どもたち。

 

写真3   竹のポックリに熱心に挑戦していた。

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2020年1月日録2

1/15(水)   学会のてんかんのセミナーで教えてもらった本である『ここに目をつける! 脳波判読ナビ』(著:飛松省三、南山堂、2016年)を読んでいる。脳波は解釈に職人芸的なところがあり難しいが、脳波の判読に絞ってコンパクトにまとめてくださってあるので使いやすい。小さな本なので、持ち歩いて実際の判読の際に使える。脳波結果からどれだけの情報を読み取るかは奥が深いが、僕のような初学者にも使える秩序だった判読法が開示してある。簡潔的確な本文を通して、著者のてんかん診療への情熱を感じることができる。
   市町村のこころの相談・お休みどころ・産業医と立場は違うが2日で3件の相談を受けた。子どもと親、上司と部下といった複数の人が関わっているケースばかりで、それぞれの人の話を聞く必要があった。医療的な相談の場合、受診の必要性を精査するのが仕事の中心になるので、症状の確認などある程度やることは決まっている。ところが人生相談に近くなると、状況に応じて対応も変わってくるので、パターン化しにくい。アドヴァイスを望んでいる人もあれば、話しながら気持ちを発散したい人もある。医療の色合いが濃い方が簡単で、一般的な人生相談の方が難しいと思った。
1/18(土)   「熊本県かかりつけ医等発達障がい対応力向上研修」にファシリテーターの立場で参加した。発達症の診療については医療機関の不足の問題があり、精神科や小児科のかかりつけ医に診療していただくことが必要である。そのための研修なのだが、発達症に関心のあるさまざまな立場の医師が参加されていた。診療の技術的な側面ばかりでなく、研修の中心であるT医師の子どもや保護者に向かう姿勢までを学べるところが魅力的だ。このような地道な努力によって、発達症の支援に関わる医療者が増えてきているのを感じる。
1/21(火)   お休みどころの相談を受けた。すでに精神科医療機関につながっているケースだったが、なかなか診察時には聞きにくい生活上の注意点や今後の見通しなどについてお話しした。どうしても病院では症状や薬の話が中心になるが、自宅でお話すると生活全般の話題が出てきて参考になる。病気になったことを受け止めて、いい方向に生き方を変化させてくだされば、結果として悪化や再発もきたしにくいと思う。精神疾患のケアには、生活上のストレスを減らすことが求められるし、そこに精神科的な支援の独自性もあるのだと思う。
   養護教諭の方たちの勉強会で発達症の二次障害の支援についてお話させていただいた(芦北・水俣学校保健会養護教諭等研修会)。熱心な方が多く、質問もたくさん出てうれしかった。学校は教育を行うところなのだが、医療的な支援とも無縁ではいられなくなっている。発達症の子どもたちが非常に増えていることを考えると、将来は教育プログラムそのもののなかに、対人交流の仕方や、ストレス対処、SOSの出し方などを入れこまないといけなくなるのではないかと思う。
1/22(水)   熊本南病院の「難病サロンみなみ」に参加した。難病を持つ方の家族の集まりで、支援の専門職の方と話し合える。主にALSなどの神経難病のご家族が多かったが、精神疾患のケアとは違ったご苦労があるのだとわかった。精神疾患の場合には対人関係・就労・金銭管理といった生活面に影響が出ることが多く、生活支援をどうしていくかが家族の悩まれるポイントだ。一方ALSでは認知面の問題はないままに体が動かなくなるので、呼吸機能の低下とともに痰の吸引などの身体面のケアが必要になる。家族は夜も2時間おきに起きて吸引するのが大変とのことだった。また地方になると訪問看護ステーションなどの支援者の不足もあり、ご家族の負担が大きくなっているようだ。疾患ごとに困る内容も違い、支援の在り方も違っているので、制度化するのが難しい面があるのだろう。

 

写真4   あさぎり町にある美容室「レッドヘア」にて。しずくはホウキとチリトリを使いたがった。

 

写真5   湯前グリーンパレスにて。響は草スキーで以前はすぐに疲れていたが、何回も登って滑れるようになった。

 

写真6   人吉の冬は朝霧が濃い。

 

写真7   『ここに目をつける! 脳波判読ナビ』(著:飛松省三、南山堂、2016年)。「使いやすい脳波参考書」を目指してきた著者の長年の工夫が盛り込まれている。

 

写真8   遊園地の動物ふれあいコーナーでカモにエサをあげるしずく。

 

写真9   庭の木にヒヨドリが巣をかけた。

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