お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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ギャンブル障害について話す 2017年6月10日(日)

  精神科の現場にいると、ギャンブルの問題を抱えた人にときどき出会います。僕は依存症を専門的に診療しているわけではないのですが、発達症や他の精神疾患に付随する形でパチンコなどへの依存症がみられることがあるのです。病名としては「ギャンブル障害」になります。重要な問題ではあるのですが、僕がみているケースはそう多くないこともあり、あまり関心を持たずにいままできていました。
  それが急に調べないといけなくなりました。ギャンブル障害の支援についての講演を依頼されたのです。頼んでくださったのは笠肇さんで、「人吉球磨難病友の会」の代表をされています。難病支援の文脈でお会いした方なのですが、とても活動的でかつ親切であり、難病支援の様子を友人に詳しく教えてくださったりしました。なので僕は恩義を感じていたのです。
  意外なことに、今回の依頼は難病とは全く別の文脈からでした。笠さんは球磨郡の錦町に住まれていますが、その地域にボートレースの場外売り券場が開設される案が出ているそうです。笠さんはそれには反対で、そこからギャンブル障害について調べ始めたそうです。行動的な笠さんらしいですね。
  ただ僕は依存症の専門医ではありませんので、最初はお断りして依存症の専門医をお勧めしました。ですが入門編で大丈夫とのことで頼まれ、引き受けてしまいました。まずは見取り図になる専門書を読もうと、さっそく『依存症・衝動制御障害の治療』(責任編集:福居顯二、中山書店、2011年)を注文してみました。
  ギャンブル障害は、アルコールや薬物などの「物質依存」の周辺にある疾患です。「衝動制御障害」という疾患グループの1つとしてとらえられています。ただ患者さんの多さから言っても歴史から言ってもアルコール使用障害が群を抜いて重要であり、この本でも多くのページが割かれています。症状、脳内メカニズム、支援法のいずれを取っても、ギャンブル障害とアルコール使用障害には共通点が多いです。なので僕の講演も、物質依存 ⇒ 衝動制御障害 ⇒ ギャンブル障害、と話を進めていくことにしました。また参加者の多くが一般の方であり、依存症といってもイメージが湧きにくいことが予想されますので、なるべく架空の事例を多く取り入れて、病状や支援の実際がつかみやすいようにしました。
  「顕著な二大症状は借金と虚言である」(上掲書183ページ)と書かれているように、支援者が苦労するのがお金の問題とウソの問題です。ですのでゞ眩管理と∪議召粉愀犬鼎りが治療のポイントになるのですが、これがどちらもひとすじなわではいきません。
  ,龍眩管理のためには病状に応じたさまざまな公的な金銭管理システムが用意されていないといけません。ですが現時点では社会福祉協議会による金銭管理(権利擁護事業)と法定後見制度ぐらいであり、両方とも本人が拒否した場合に導入が困難になります。なのでどの市町村にも浪費者の問題があり、行政などの支援者が悩んでいるのです。
  また△寮議召粉愀犬鼎りのためには、病院受診をするだけではなく、当事者どうしが批判しあわずに話す自助グループへ参加することが大切になります。経験した者どうしでないと、語れない深みがあるのです。球磨地方でも以前吉田病院のソーシャルワーカーが自助グループを立ち上げたことがあったのですが、参加人数の問題やメンバー間のトラブルなどでうまくいかなかったそうです。現時点では八代市の自助グループ「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」に通わざるをえませんが、残念ながら遠距離のために続かない方もおられます。
  日本におけるギャンブル障害のほとんどはパチンコ・スロットによるものとのことです(上掲書182ページ)。パチンコをまずはギャンブルであって規制が必要な対象であると位置づけることが必要です。不思議なことになぜかギャンブルとして扱われないまま今に至っているそうです。海外では登録制カードを作って、依存症の人がカジノに入れなくするなどの公的な支援システムも作られているそうですから、日本でも取り組みが必要だと思います。また予防的な意味合いからは、子どもたちへの教育にギャンブルの問題を取り入れることも必要ですね。
  家族が本人の借金の尻拭いなどに疲れはてて、うつ病になるケースも多いそうです。家族支援も必要です。家族どうしの自助グループには「ギャマノン」がありますが、これも球磨地方には残念なことにありません。いまから作っていくことが必要です。
  僕自身の勉強のためにも、今回講演を依頼していただいてよかったでした。資料作りにとても時間がかかりましたが、今日やっと作り終えました。当日がどうなるか楽しみです。

[追記]  6月21日の当日、75人が集まってくださり、皆さん熱心に聞いてくださいました。僕が会ったことのない方がたくさん来てくださってうれしかったでした。球磨地方ではギャンブル障害の自助グループ(当事者どうしの支えあいの集まり)が以前はありましたが、いまはありません。今後立ち上がっていけばと思います。なおボートレースの場外売り券場の開設は中止になりました。ですが「場外舟券売り場を考える会」は活動を続けるそうです。ギャンブル問題の支援体制が広がっていけばいいですね。

 

写真1  当日の様子。

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2017年6月日録1

6/2(金) 精神科医療に期待される範囲は広がってきていて、地域ではさまざまな新しい相談がある。病院のなかにいると地域ほどには変化を感じないが、最近では「いままでに経験したことがないケースの相談」というのがやはり病院でも増えている。身体科病院からの依頼であったり、低年齢の子どもについての相談だったり、職場のメンタルヘルス問題など、複雑な背景を持つケースだ。対応は手探りになるが、「うちでは関われません」と断って何もしないよりはずっといい。病院スタッフも「できるだけ断らずに、自分たちにできる関わり方を探す」という考え方に頭を切り換えていく必要があるのだろう。 
6/6(火) 鹿児島市の美紗さんの実家に行くたびに、やすみは「かごしま水族館」に行きたがる。大人からすれば「またか…」という感じだが、何度行ってもおもしろいらしい。また館内の展示を覚えている僕にとっても、たしかに新鮮だ。特に鹿児島の海に多い生き物の展示がおもしろい。深海生物だったり、クラゲだったり、高温のなかで生きられる生物だったりする。現代ではただ漠然と世界の魚たちを紹介するだけではお客さんを満足させることはできず、水族館にも個性が求められる。かごしま水族館のスタッフがしている海の調査や地域の生物保護の活動などの紹介が、僕には特におもしろく思えるし、そこがやすみを惹きつける理由ではないかと思う。
6/11(日) お休みどころでの相談があった。病院での診療と違い、精神疾患の側面からだけではうまくアプローチできない問題が多い。家族関係だったり、経済的な問題だったり、就学や就労についての問題だったりする。いずれも僕は専門にしているとは言えないので、大まかな整理をすることまでしかできない。なのでお休みどころでの相談活動に求められるのは、問題のアセスメント力なのだと思う。精神疾患だけでなく、いろんな問題に関わるなかで、見立ての力を磨いていきたい。
  教員をしている友人が「TOSS(トス)」という教育技術のスキルアップ団体に所属している。「教え方セミナー」という公開の研修会があり、「今回は絵の描き方についてなので、やすみちゃんといっしょにどうぞ」と誘ってもらった。なので家族みんなで出かけてみた。
「酒井式描画法」という指導法にそって絵を描いていくのだが、印象的だったのは講師の方の「教え好き」なところだった。やすみは集中できる時間も限られているし、取り組んだり取り組まなかったりするのだが、講師の方は諦めることもなく丁寧に関わってくださる。やすみは以前から絵をかくのが好きで、色使いのセンスがあるように見える。この日も絵筆を持つのは初めてなのに、上手に使って熱心に塗っていた。それを講師の方がほめてくださるので、やすみはますますやる気が出てくる。子どもの意欲を引き出す関わり方に、教育の真髄があるのではないかと思った。「こんなふうに教えてもらったら、自分もやる気が出ていただろうなぁ」と美紗さんも言っていた。

 

写真1 やすみはしずくのお世話をしたがる。

 

写真2〜3は人吉東小学校の校区の運動会で撮った写真です。

写真2 子どもたちはお菓子をもらえる競争に参加した。

 

写真3 美紗さんもパン食い競争に参加した。

 

写真4〜5は八代市にある公園「くま川ワイワイパーク」で撮った写真です。

写真4 斜面を利用した長い滑り台がある。でも斜面を歩いて登らないと滑れないので大変だ。

 

写真5 とうとう滑り始めた。

 

写真6 「かごしま水族館」にて。鹿児島の海のサンゴやクラゲや深海生物などをたくさん見ることができる。水族館は地域の海の生き物を守る存在でもあることがわかる。

 

写真7 携帯電話で動画を見ている響といとこの加藤颯馬くん。子どもたちは大人の目からは不思議に思えるほど動画が好きだ。

 

写真8 ショッピングモールの風船遊びではしゃぐ響。

 

写真9〜10は「TOSS教え方セミナー」の際に撮った写真です。図工の教え方の研修会で、絵を描く体験をしました。

写真9 セミナーの様子。

 

写真10 やすみは絵筆を持つのは初めてなのに、熱心に塗っていた。

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2017年6月日録2

6/12(月) 人吉市の保育園の保護者対向ビーチバレー大会がある。美紗さんが保育園の役員をしていることもあり、僕も出場することにした。3回目の最後の練習だったが、皆さん力が入っている。試合形式の練習だが、バレーが好きな人が集まっているので、勝っても負けても楽しそうだ。僕自身も普段運動を全くしないので、気持ちが良かった。これからも月に1回だけでもいいから、体を動かす機会を作らないといけないと思う。
6/13(火) 「上球磨認知症初期集中支援チーム」の例会に参加した。参加メンバーが優秀な方たちなので、個別のケースへの支援法だけでなく、高齢者支援の新しい仕組みに話が及ぶ。「いまある枠組みでうまく支援ができないなら、違った枠組みを模索してアプローチをしよう」という気持ちが参加者に行き渡っているので、議論が尽きない。本人の病状や拒否が強かったり、家族機能が低下していたり、難しいケースは次々と出てくるが、アイディアも次々と出てくるので、希望が持てる。いい支援者ほど、「自分たちの手で未来を変えていける」という積極的な気持ちを持っているのではないか。
6/14(水) 響としずくを連れて、人吉市にある「中川原(なかがわはら)公園」(熊本県人吉市麓町)に出かけた。球磨川の中洲がそのまま公園になっている。川辺に立つと普段よりも視点が低くなるので、見慣れたはずの街並みが全く別のものに見える。川の動きにはとらわれがないので、見ているとこちらも自然体になれる。いまは遊具が少ないが、もっと増やせば子どもたちがさらに来やすくなるだろう。
6/15(木)   僕の友人でありよく子ども支援の仕事をいっしょにする椎葉浩太郎さん(人吉球磨圏域の地域療育センター)が吉田病院のスタッフ有志に対して講演をしてくださった。発達症の子どもたちの生活支援がテーマだったが、子どもを支援するうえでの土台となる深い内容だった。要点は以下の通りだ。〇劼匹發旅堝阿砲詫由がある。「なぜそうなったのか?」を見立てたうえで、アドヴァイスするのが大切。△修了劼好きなことや得意なことは何なのかをつかむ。8斥佞世韻任里笋蠎茲蠅世函△Δ泙伝わりにくい。発達症の子どもたちは違う文脈で受け取ってしまったり、「字義通り」に受け取ってしまったり(「足がない」「手を焼く」など)、省略を誤解してしまったりする(12時10分前を「12時10分の前」と受けとるなど)。また言葉の表出も苦手なことがよくある。できるだけ見える物も使いながらやり取りする方が誤解が生じにくい。ぁ屬い渕蠅鮴っていい?」など許可を求められるようになることも、社会生活に大切な技術である。ゼ分ができないことを相談できるようになることも大切。Δ△い気弔覆匹亮匆饑験茱好ルを、経験だけで身に付け、意味理解がなされておらず応用が効きにくい子もいるので注意が必要。状況把握が苦手なので不適切な行動をしてしまったり、混乱してしまうことがある。Г曚瓩蕕譴討癲屬覆鵑任曚瓩蕕譴燭里?」がわかっていないので、定着しないケースもある。┐いに子どもの代弁者となれるか。その子の特性をつかんだうえで支援に当たることが大切である。

 

写真11 しずく。産まれてから1ヶ月と10日が経った。

 

写真12〜13は人吉市にある「中川原公園」で撮った写真です。


写真12 球磨川の中洲がそのまま公園になっている。

 

写真13 普段の生活よりも低い視点になるので、同じ街でも別の街に見える。

 

写真14〜15はあさぎり町にある美容室「レッドヘア」で撮った写真です。


写真14 店主の林田直樹さんの母の咲子さんは、子どもをあやしてくださる。

 

写真15 響は髪を洗ってもらうのは初めてだったが、落ち着いていた。

 

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2107年6月日録3

6/18(日) 人吉市の保育園保護者のビーチバレー大会に出場した。本番での各チームのレヴェルは異様に高く、僕のチームはボロ負けで2連敗して、あっけなく試合は終わってしまった。各保育園の間の「親睦を深める」ことが目的ではなく、「対抗心が養成」されている気はしたが(笑)、真剣に対決している人たちの姿にはある美しさがあると感じた。またチームの仲間の人たちと交流できたことはよかった。いっしょに参加してこそ胸を割って話せる面がある。試合では病院の同僚のいつもとは違った姿も見れた。普段はおとなしくて硬い印象の人が、激しくプレーしていた。人間には「普段見えない側面」があるんだなと思った。
  娘のしずくの機嫌が悪く、ウーウーうなって泣くことがよくある。「おなかが痛そうに見える」と美紗さんが言うので、インターネットで調べてみたところ、赤ちゃんの便秘に関する記事が多数出てきて驚いた。赤ちゃんが便秘をするとは全く思いもよらなかった。でも考えてみれば、排便時にすごく苦しそうにいきんでいる姿は日常的に目にする。赤ちゃんは腹筋の力が弱いので、排便も大変なことなのだろう。高齢者もそうだ。
  ネットの記事に従って、オリーブオイルに浸した綿棒で、肛門のなかを刺激してみた。お腹がパンパンに張っていて、綿棒がなかなか入っていかないことに驚いた。その翌日か翌々日に多量の排便があってホッとした。でもその後も固めの便が続き、苦しそうに泣くことが続いている。薬を飲ませるわけにもいかないので、お腹をさすったりしながら心配している。美紗さんは自分のおっぱいの質が悪いのではと気にしている。はやく元気になってほしい。
6/20(火) 4月から「地域産業保健センター」の産業医として登録されたが、初めて事業所の訪問に出かけた。往診に出かけるような感じで、地域で仕事をできるのは緊張するが楽しい。現場に出向かないとわからない働く人たちの苦労がある。短時間の訪問では把握できることも限られてはいるが、地域の労働環境が少しでも良くなればと思う。
6/28(水)   娘のしずくのお宮参りのために美紗さんの両親と僕の両親が集まってくれた。僕の両親は1泊してくれたので、翌日に熊本県の御船町に出かけた。御船町や隣の益城町は熊本地震の被害がいちばんひどかったところだ。被害を受けた家屋のあとがさら地になっていたり、電柱が斜めになっていて、1年経ったいまでも被害の跡がハッキリと見える。
  そのあとに「御船町恐竜博物館」に出かけた。展示が立体的ですばらしいのはもちろんだが、研究室の様子が見れたりして化石研究の現場を体感できるようになっている。考古学にも関心の深い父が喜んでくれてうれしかった。子どもから専門的な人まで楽しめる場所だ。

 

写真16 人吉市の保育園保護者のビーチバレー大会の様子。激しすぎる熱戦が繰り広げられ、レヴェルの高さに驚かされた。

 

写真17 さざなみ保育園地域子育て支援センター「さざなみ☆うぉ〜むはあと」の様子。響は普段同年代の子どもたちと遊ぶ機会がなかなかないので、貴重な場だ。美紗さんと響がヤドカリを引っ張って歩くゲームをしている。

 

写真18〜19は娘のしずくのお宮参りで撮った写真です。


写真18 お宮参りのあとに、青井阿蘇神社の蓮池でコイのエサやりをする。

 

写真19 写真屋さんでしずくは泣かずに静かにしていた。

 

写真20〜21は熊本県御船町にある「御船町恐竜博物館」で撮った写真です。


写真20 骨格の標本に動きがあり、生きているようだ。

 

写真21 図書室には塗り絵コーナーもある。

 

写真22 恐竜博物館の隣にある「観光交流センター」。休憩できるし、お店の特色なども教えてもらえる。

 

写真23〜25は御船町にある公園「ふれあい広場」で撮った写真です。


写真23 遊具にも恐竜のイメージが使われている。

 

写真24 響は高いところに上がりたがる。でもこのあとに落ちてしまった。

 

写真25 公園のなかや隣に震災被災者の仮説住宅があった。まだたくさんの人が住んでいるようだった。

 

写真26 御船町恐竜博物館で買った「化石の発掘体験セット」に取り組むやすみ。釘のような道具で石を削っていくと、なかにある化石が見えてくる。

 

写真27 美紗さんと僕も手伝って、化石を削り出せた。

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しずくの誕生1 2017年5月2日(火)

   子どもが生まれるのも3人目となると、親の側の緊迫感も減ってきます。娘のしずくを美紗さんが妊娠してから、特に大きな問題もなく時間が経ちました。「子どもが2人のいまでさえ、家がおもちゃだらけになっているのに、3人になったらどうなるのだろう?」という点だけが心配でした。
   まだ先のことだと思っていたしずくの誕生が、急に現実感を帯びてきたのが、4月26日です。かかりつけの「河野産婦人科医院」を受診したときに、しずくがすでに3300〜3500gぐらい体重があることがわかったのです。出産予定日は5月10日でしたが、前倒しして5月2日に産む予定になりました。ちょうど5月の連休で僕も2日と3日を休めることになっていましたので、都合が良かったでした。
   それからも出産に向けての準備というよりも他のことで忙しかったでした。犬のチビを看取ったり、子どもたちを遊ばせたり、庭の草刈りや整理をしてもらったりで時間が過ぎました。
   前日の5月1日にはやすみと響を保育園に預けて、美紗さんは準備をしました。夕方から入院です。僕は仕事を後回しにして子どもたちを19時に迎えにいきました。それからは夕食を食べさせたり、お風呂に入れたりです。僕だけで子どもたちの世話を長時間することは普段はないので、やはり緊張します。下着などちょっとした物の場所がわからないのです。
   翌日の5月2日はいよいよ当日です。といっても朝から子どもたちの出かける準備でした。ごはんと歯みがきと着替えをしたら、あっという間に8時です。子どもたちが2人で走り回るので、何をするにも時間がかかるのです。
   やすみを保育園に送って、美紗さんの必要物品を取ってから、病院に行きました。さいわい出産はまだでした。子宮の張りを表す数字も100のうちまだ50程度で、美紗さんも普通に話す余裕があります。レンタルしたDVDのことなど、他愛のない話をしました。響も1日ぶりにママに会えて、ひっついています。
   陣痛促進剤(オキシトシン)の点滴の量が徐々に増えていき、13時半ごろから痛みが強くなってきました。14時半には3分おきぐらいになり、いよいよ分娩室に行くのかなと思いました。ところが河野医師の診察では、まだまだ胎児の位置が高くて、子宮口が十分に開いていない、とのことでした。夕方まで陣痛促進剤の投与は続いたのですが、結局陣痛は進みませんでした。
   後で調べてみてわかったのですが、陣痛促進剤を使っても、なかなか陣痛が強まらないというケースもけっこうあるんですね。今日出産という前提で計画していたので、想定外の状況です。僕は美紗さんに付き添って泊まることにし、やすみと響は美紗さんのご両親に家で面倒をみていただくことにしました。お産というのは、こんなに医学が発展したいまになっても、なかなか人間の思わく通りに進まないものなのですね。

 


写真1 一晩ぶりに美紗さんに会った響は美紗さんにまとわりついた。

 

写真2 痛みに耐える美紗さん。でも結局陣痛は弱まってしまった。

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しずくの誕生2 2017年5月3日(水)

   一晩明けました。夜の間には子宮の張りはおさまり、しずくもよく動いていました。お産が近づいている感じはなく、むしろ遠ざかっている気がしました。「もう長期戦だ」「明日もお産が進まなくて退院になるかも知れない」「微弱陣痛で帝王切開になるかも」といったことを美紗さんと話していました。
   ネット上に情報はいろいろありますが、お産は複雑でよくわかりません。調べたところで、結局は河野医師の判断に任せるほかはありません。ただ全てが科学化されたような現代にあって、お産は人間が完全にコントロールはできないものなのだとよくわかりました。お産だけでなく実はたくさんの現象が、人間には管理できないのでしょう。
   陣痛促進剤と子宮口を柔らかくする薬の投与が始まりました。当初はあきらめモードでした。実際に昨日と同じように陣痛が強まる気配は全然ありませんでした。 今日もダメで退院になるかもと美紗さんと話しました。
   ところが10時頃から痛みが強くなってきました。お腹や腰のあたりが痛くて、美紗さんが顔をしかめるようになりました。さらに10時50分には突然に破水したのです。今日出産できるかもという希望が湧いてきました。
   それから分娩室に移りました。僕も最初から付き添えました。ところが分娩室に入ってからすぐに出産かと思いきや、分娩室に入ってからが長いのです。3分おきくらいでグーッと波のような痛みが襲ってきます。美紗さんがウーッと唇をかみしめて耐えることの繰り返しです。不思議なことにはまさに海の波のように、痛みがスーッと引くのです。陣痛の合間には美紗さんも普通に会話できるのでした。お昼ごはんもおにぎりだけですが食べることができました。
   次第次第に痛みが強くなって、陣痛の合間にも美紗さんが苦しそうにするようになりました。酸素マスクをつけても苦しそうです。意識ももうろうとしてきているように見えました。
   毎回立ち会う度に感じることですが、「なんでここまで強度の痛みに耐えながら産まないといけないんだろう?」と思います。看護師さんたちはどなたも「痛みが来ないとお産は進まない」とおっしゃいます。つまり苦しくないと出産できないということです。傍らで見ていると、まるで運命からボコボコに打ちのめされているように見えました。「どうしてここまで?」「これは理不尽だ」と思ってしまいます。しかも僕にできることと言えば、「フッ、フッ、フッ、フッ、フー」という呼吸法のリズムをいっしょにするぐらいしかないのです。そばにいても悲しいぐらいに役に立ちません。
   出産直前の最後には、とうとう美紗さんが苦しさのあまりに声を出してしまいました。「痛い・・・」と泣き出す感じでした。つぶやき程度で叫んだわけではないのですが、それだけに余計に苦しさを感じました。ほんとうに我慢の限界を越えた痛みだというのがわかりました。
   とうとう12時57分、娘のしずくが生まれました。体が白い粉まみれでなくて、肌が赤かったです。生まれてすぐに「オギャア、オギャア」と大きく泣きました。体重は3538gでした。一般的には大きいのですが、4000g近くあるかと思っていたので、意外と小さかったでした。 
   美紗さんは後産(あとざん)の処置のために2時間分娩室にいて、そのあと車いすで部屋に帰ってきました。美紗さんのご両親とやすみと響と僕で迎えました。英雄という言葉がふさわしいのかどうかわかりませんが、まさに大冒険から生還した英雄でした。自分の限界を超える試練に耐え抜いたのです。美紗さんの目にも静かな自信が輝いていました。
   そしていま、夜になりました。お産のあとの出血はありますが、美紗さんの体調はだいぶ改善してきています。やすみとお話したり、しずくの顔を見に行ったりできています。
   そして僕はこの記録を書いています。出産当日の今日でさえ、お産の苦しみを目撃した経験がもう過去のことになりつつあります。それほどに記憶の風化は早く、激烈な体験も日常生活のなかに溶け込んでしまいます。「真実の啓示はほんのいっときのこと」といったことを読んだことがありますが、たしかにあとはいつもの代わりばえのしない生活になるのでしょう。
   いまからは3人の子育てという新たな挑戦が待っています。子育てもまたほとんどの時間はありふれたものであり、何かの変化や困難にぶつかったときにだけ、新しい人生の見方のヒントを得られるのかもしれません。小さな宝石のかけらを集めて装飾品を作ろうとするように、人生の経験のかけらを集めてつなぎあわせることで、未来を生きる人たちへのメッセージを作れればと思います。

 

写真1 だいぶ陣痛が強くなってきた。

 

写真2 やっと生まれた。しずくは最初から元気よく泣いた。

 

写真3 新生児室に入ったしずくを見ている響。

 

写真4 しずくは抱かれるのが好き。

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2017年5月日録1

5/5(金) 娘のしずくの生後3日目。もう美紗さんの病室で過ごせるようになった。ミルクを哺乳瓶からグイグイ飲んでくれるので力強さを感じる。しばらくすると、せっかく飲んだミルクが口からもれてくる。赤ちゃんは背中をトントンたたいて「ゲップ抜き」をしてあげないといけないのを思い出した。小さい赤ちゃんの育て方をもう忘れてしまっている。でもいままでの子育て以上に少しの気持ちの余裕を持ってかわいがってあげられそうな気もする。伸び伸び育ってくれればいいなと思う。
5/8(日) 美紗さんと娘のしずくが産婦人科を退院できた。ベビーベッドを作るのが意外と大変で、美紗さんと美紗さんのお父さんと3人がかりでやっとできた。しずくは抱っこされないと嫌なようで、よく泣く。お腹が減ったとき、ウンチをしたとき、眠いときにも泣くようだ。やすみや響も注目してほしくて騒いだり泣いたりするので、あわただしい。子どもが3人になると、子どもたちの動きが複雑になる気がする。美紗さんのご両親に助けてもらえる今週はいいが、そのあとが大変だ。
5/8(月) しずくが夜中に泣いて、目が覚めた。美紗さんはミルクを作り、飲める人肌程度の温度にまで冷やしている。そしておっぱいをあげたり、ミルクをあげたりする。僕にとって眠りが中断されるのは疲れることだが、美紗さんは淡々とこなしている。上の子どもたちのときにもこういう夜があったことを、すっかり忘れていた。しばらくは夜に起きることも増えそうだ。 
5/16(火) 職場のメンタルヘルスの相談を受けた。難しいのは、本人の病状と組織の問題の2つが絡まっているところだ。どちらの比重が大きいかによって対応が異なってくる。医療的には個人の疾患への対応は得意だが、組織の問題への介入は難しい。しかも内部的な対応だけでは、組織の問題は変わりにくい。産業医のような「影響力のある第三者」が必要なのだと思う。

 

写真1 娘のしずくが退院できたので、ベビーベッドを組み立てた。

 

写真2 しずくを抱く渡邉典子さん。

 

写真3 雨の日に水たまりに小石を投げ入れて遊ぶ響。

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2017年5月日録2

5/16(火)の続き しずくが先天性代謝異常のスクリーニング検査に引っかかったと聞いて、あわててかかりつけの「河野産婦人科医院」を受診した。「フェニルケトン尿症」といった難しい病気なのかもと心配だった。結果的には甲状腺に関係するホルモンが高めという状態とのことだった。仮に病気があっても、治療があるのでホッとした。
子どもたちの健康問題にはほんとうにハラハラさせれれる。やすみと響の耳鼻科通いも続いているが、最近は改善傾向で喜んでいる。病状が悪い時には、聴力への影響が出るのではと心配した。健康でいることは、大変に貴重なことなのだと思う。 
5/17(水) 美紗さんの着物の先生のところに、しずくを見ていただきに訪ねた。先生は聞き上手で、美紗さんの着物への関心を引き出しながら、こちらが話しやすい雰囲気を作ってくださる。僕自身も毎回「楽しく話せたな〜」と帰り際に感じている。着物というと「決まりがたくさんあって細かそう」というイメージを持っていたが、先生はきちきちした感じが全然ない。どの分野でも優れた人には「押し付けのなさ」があるんだなぁと美紗さんと話した。
   子ども支援についての会議に参加した。地域の支援システムは充実してきているが、まだ課題はたくさんある。例えば、以下のようなものがある。^きこもりの子どもへの支援。不登校の子どもの学習の場を確保すること。6軌蕕販徹蕕力携。な欅蕷燹ν鎮娜→学校→成人の支援のバトンリレー。これらの課題を解決するのは制度的な問題もあって10年以上かかるかもしれないが、関係者の間で問題意識を共有するだけで改善する部分もある。いろんな立場の人たちと意見を交わしながら、より効果的な支援のあり方を探していきたい。
5/18(木) 今月はお世話になった方たちのところにしずくを連れてご挨拶に行くことが多かった。皆さんもう何年も応援してくださっている。ありがたいことだと改めて感じた。地縁も血縁もない球磨地方で僕たちが生活していけているのは、この方たちのおかげだ。そして皆さん自分なりのやり方でいい地域にしようと活動されている。僕の「知恵深い人生の先輩」であり、「頼りになる仲間」でもある。
5/21(日) しずくも含めて子どもたちを宮崎市にある「フェニックス自然動物園」に連れていった。しずくが泣かないか心配していたが、子どもたちの歓声が心地いいのか、ぐっすりと寝ていた。響も2時間ほどは爆睡していた。大人は動物園や遊園地ではうるさくてとても寝れないが、子どもは違うようだ。「やっぱり人間は群れの動物なんだなぁ」と思った。

 

 

写真4 山江村にある炭火焼きの「地鶏ファーム」にて。山本忠臣・和子さん夫妻はしずくを抱っこしてくださった。

 

写真5 ホテルの写真コーナーでやすみは写真を撮りたがる。

 

写真6〜9は宮崎市の「フェニックス自然動物園」で撮った写真です。


写真6 アジアゾウの「みどり」との写真撮影には大勢の人が並んでいた。

 

写真7 響はインコをずっと見ていた。響は生き物が好きだ。

 

写真8 響はゾウに乗ることもできた。

 

写真9 ヤギへのエサやりをやすみは楽しんだ。

 

写真10 しずくといっしょに寝るやすみと響。

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2017年5月日録3

5/24(水) 子どもたちが中耳炎になり、「豊永耳鼻咽喉科医院」(〒8680037熊本県人吉市南泉田町120、電話0966222031)に通院している。大変に人気のある病院で、朝の6時45分くらいに順番取りに行っても、もう並んでいる人たちがいた(7時から順番を取れる)。お話を聞くと、隣の県から1時間以上かけて来られているそうだ。「遠くても、並んでも、いい病院の方がいいです」「良くない病院に行っても、結局良くならないです」とのことだった。その人があちこちの病院の歴史や医師の特徴に詳しいことに驚かされた。事前に調べたうえで、こんなに大変な思いをして患者さんたちが受診されるのだから、患者さんを大事にしない病院が発展しないのは当たり前だと思えた。
   困難事例のケース会議に参加した。いつも感じることだが、困難事例は「病状が重いケース」ではないことが多い。そうではなくて、「病状はそれほどでもないが、背景が複雑なケース」や「問題が多分野にまたがるケース」であることがほとんどだ。なのでケース会議でうまく役割分担ができれば、自然に解決していくことが多い。困難事例に携わっていると、「連携」や「住み分け」というのはとても難しいと感じる。境目で判断に迷うケースで、地域のネットワークの豊かさが試されるのだと思う。
5/27(土) 発達症の親の会「スマイル君」に誘っていただいて、参加することができた。親の会は全般的に参加者が減ってきていると聞いていたので、スマイル君も数人かと思った。ところが行ってみると、参加者が十人以上あって非常に活気がある。また子どもを連れて参加でき、子どもたちは子どもたちではしゃいで遊んでいる。親たちは親たちで、日頃の苦労について話したり、情報交換ができる。すばらしい会で、今後ますます発展するのは間違いないと思った。
5/29(月) 保育園の保護者たちのビーチバレー大会があるそうで、僕も出場することにした。この日は1回目の練習だった。遊びのムードを予想して行ったが、かなり真剣な練習だった。皆さんすごくうまいのだが、例年は他の保育園に負けているそうだ。みんな勝負事になると負けたくなくなるのだろう。
   僕は何年ぶりかで運動したが、楽しくて夢中になってしまった。体が思いのほか動いたのでうれしかった。精神科の仕事は話したり書いたりばかりなので、たまには体を動かさないと、バランスが取れないのではと思う。でもやはり翌日からは筋肉痛になってしまった。
5/30(火) 僕は4月から「球磨支援学校」の学校医になった。それで発達健診を担当することになった。学校に出かけて子どもたちや先生たちと話しながら問題点がないかをチェックする役割だ。
   子どもたちはさまざまな課題を持っているが、みんなが楽しそうに過ごせていてすばらしいと思った。先生方が丁寧に関わってくださっているのがよくわかった。球磨地方の発達症支援の拠点となる学校だ。 他の学校のバックアップもしてくださっている。いっしょにお仕事できる機会があってうれしく思った。

 

写真11〜14は人吉市にある「人吉鉄道ミュージアムMOZOCAステーション868 」に行ったときの写真です。開設2周年のイベントがありました。


写真11 鉄道のおもちゃを手で押して走らせることができる。

 

写真12 2周年のイベントのひとつとして、木の玉をスコップでどれだけ運べるか、という競争があった。やすみも響も参加賞だった。

 

写真13 2階には図書スペースもある。

 

写真14 人吉市のマスコットキャラクターである「ヒットくん」に響は握手をしてもらえた。

 

写真15〜19は八代市にある公園「くま川ワイワイパーク」に行った際の写真です。


写真15 日射しが強かったので、木陰で一休みした。

 

写真16 大人向けの体操コーナーだが、子どもも遊べる。

 

写真17 遊具がたくさんある。

 

 

写真18 わざと靴を脱いで遊んでいる。

 

写真19 しずくはベビーバギーで寝ていた。子どもたちの遊び声が聞こえると安心するようだ。

 

写真20 八代市坂本町にある「坂本温泉センター  クレオン」のレストランにて。温泉も食事もすばらしいが、休憩スペースがとても充実している。「ゆったり休んでください」というスタッフの方たちの気持ちが伝わってくる。地域の人たちの集いの場になっている。

 

写真21 しずくを抱くやすみと響。1ヶ月近くなると、だいぶズッシリと重くなった。

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フランスの医師と話す 2017年4月6日(金)

  僕が勤務している吉田病院には「子ども支援チーム」があります。メンバーは看護師や精神保健福祉士を中心とする多職種です。10人ほどで毎月例会を開いて勉強しています。年に3回ほどは100人規模の講演会も企画しています。
  4月の勉強会では僕が司法面接研修の報告をする予定でした。研修の内容を話すだけでは伝わりにくいので、司法面接のロールプレイをしてみようと思いました。役割設定をして、仲間に段取りをしました。
  ところが2日前になって、急に事態が変わりました。同僚のH看護師さんから、「フランス人のCさん(児童精神科医)が人吉に来ている」と聞いたのです。H看護師さんの親族の友人に当たる方なのだそうです。H看護師さんはアィディアマンで、いつも新しい動きを提案してくれます。
  そんな方のお話を聞ける機会はめったにないので、ぜひ子ども支援チームの例会で話してくださるようにお願いしました。あわせて病院の見学もしていただけたらと思いました。実現するのかどうか、最後の最後までわからなかったのですが、とうとうその日の夕方に実現することになったのです。あとでわかったのですが、翌日にCさんは東京に移動されるとのことでしたので、ギリギリセーフだったのでした。
  Cさんは温厚で話しやすい女性でした。謙虚な方で、勉強会でも自分だけが話すのではなくて、僕たちが日ごろしている活動についても知りたいとおっしゃいます。そこで子ども支援チームの10人ほどで、Cさんに質問をしながら、自分たちの仕事についても話す形にしました。
  話してみてわかったのですが、Cさんは児童精神科医ではなく、総合診療医(General Practioner)でした。イギリスでは地域ごとに総合診療医(かかりつけ医)がいて、どんな病気でもまずはそこを受診し、必要に応じて専門医に紹介されるというシステムになっています。フランスも同じようなシステムだそうで、Cさんは「赤ちゃんから認知症の高齢者まで」なんでも診療するそうです。初期対応のエキスパートということになりますね。
  なおかつCさんは精神科病院で働いていたそうです。なぜそのようになったかというと、精神科病院の患者さんたちに身体合併症を持つ方が多いので、「総合診療医の配置を」と看護師さんたちが声を上げたのだそうです。事情は日本でも全く同じで、僕が働いている吉田病院でも患者層の高齢化とともに、身体疾患の合併症を持つ方が激増しています。吉田病院では内科医の配置がまだできていないのですが、ぜひ実現してほしいなと思いました。
  Cさんのお話の印象的なポイントは以下の通りです。
・フランスの精神科医療政策の考え方は、「患者さんができるだけ病院のなかではなく、在宅または地域で生活できるように」というものである。
・Cさんの病院は150ベッド程度で50万人の地域をカバーしている。この割合で行くと、人口180万人の熊本県には精神科病院が4つぐらいあれば足りることになる。でもいまは50近い精神科病院が熊本県にはある。なのでフランスの精神科病床は、大まかに言って日本の精神科病床の10分の1くらいなのではと推測される。
・フランスの精神科医療システム(病院、クリニック、施設など)はほとんどが公立である。大半が私立の精神科病院である日本とは大きく違う。日本の精神科病床の削減がなかなか進まないのも、ここに起因している。
・150ベッドの精神科病院に、約80人の医師と、約300人の看護師が勤務している。これは日本の配置よりずっと多い。僕の病院は同じ規模だが、医師は非常勤も入れて8人、看護師も100人以下だと思う。なのでフランスの方が日本よりも「病院は少なく、スタッフの配置は多く」なっていると推測される。
・ピアカウンセラー(病気の当事者が支援者になる)も治療チームに加わる形が近年始まった。
・フランスでも医療の地域格差の問題はある。施設の老朽化の問題もある。
・建物よりもスタッフの質が大切だ。
・身体合併症対策が重要である。
・犯罪を犯した精神障がい者への対応が難しい。入院も長期化しがちである。
  話題は多岐に及びましたが、Cさんの姿勢は一貫していて、地域移行を重視しているのが感じ取れました。そしてそここそがまさに日本の精神科医療が困っている点なのです。いろんな要因があるのですが、結局のところ民間病院は経営的に生き残らないといけないですので、入院者数をなかなか減らせないのです。また患者さんを長期間収容することで経営が成り立つという保険点数システムにも問題があります。どんどん改革が進んでいますが、もっともっと外来や訪問を重視する保険点数システムに変えていかないといけないのでしょう。
  一方でCさんと話しながら感じたのは、「国は違えど、直面している課題はあまり変わらないんだな」ということです。子どもの虐待、休職者の復職支援、精神障がい者の就労支援、認知症の問題、身体合併症の問題など、同じような取り組みをしていることが多々ありました。現代では、国家間の医療格差も少なくなっているのではと思います。
  今回Cさんに来ていただいて感じたのは、「自分たちのやっていることを、いろんな角度から照らしなおす必要性」です。日々の仕事ばかりに追われていると、「ほんとうにこれが有効なことなのか?」といった根本的な問題意識が消えてしまい、かわりに「職場がうまく回るためにはどうすればいいか?」といった実用的な思考ばかりになってしまいます。違った立場から精神科の領域に関わっている人をお招きして、自分たちの業務のあり方を考え直してみるのが、ときには必要だと思いました。今後はもっともっと「異質な視点」を持った人をお招きしていきたいと思います。

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