お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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しずくの入院 2018年10月20日(土)

   やすみと響をさざなみ保育園に送ったり迎えに行ったりするときに、いろいろな掲示を目にします。遠足や芋掘りといった行事であったり、地域のお祭りであったり、子育て研修会の案内であったりします。冬になるとインフルエンザウィルスやノロウィルスの感染者数なども掲示されます。
   最近保育園に行くときに、「RSウィルスの感染者数」が書いてあることは目に入っていました。僕は知りませんでしたが、RSウィルス感染症は冬に流行して、2歳以下の子どもが悪化しやすいのだそうです。最初に熱が出ますが、あとでは痰がらみや咳が目立つ、とインターネットの情報にはあります。
   あまり気にしていなかったのですが、響がかかってしまいました。情報の通りにまずは熱が上がってぐったりします。さらに咳や痰が続きます。ただそれ以上に問題なのが、子どもが病気をすると甘えたり不機嫌になったり赤ちゃん返りをするので、非常に手がかかるということです。ささいなことで泣き出したり、ごはんのときにも、「パンがいい」と言い出し、そしてパンを持ってくると全然食べないといった具合で、親は振り回されてしまいます(泣)。
   響は病院に言ってRSウィルスと言われました。飛沫感染や接触感染があるので、当面は保育園は中止です。1週間から10日ほどかかるそうです。予想通りにしずくにも移り、病院に連れていくとRSウィルスでした。やすみが体調を崩さなかったのが幸いでしたが、響としずくがグズグズ言ってママの取り合いなどをするので、美紗さんも1日中子どもに付いていないといけなくなりました。
   そこまではまだ想定内だったのですが、想定外だったのは、しずくの熱が高熱になったことです。38度台後半から39度台になりました。また息をするときにヒューヒュー音がするようになりました。美紗さんは心配して「聴診してみて」と言ったのですが、僕は面倒がってしないままでした。
   僕が当直の夜に美紗さんから「陥没呼吸になってるよ」とメールがありました。僕は「チアノーゼになったら病院に行かないとだね」と返しました。次に美紗さんから電話がありました。あまり苦しそうなので病院に行ったら、入院になったとのことです。
   僕は頭が真っ白になりました。入院はいいのですが、美紗さんが入院に付き添わないといけなくなると、やすみと響の面倒をみる人がいなくなってしまうのです。去年響が入院したときも、この人手の問題に困らされました。夜でしたが美紗さんが鹿児島のお父さんに連絡し、幸いにもお父さんが来てくださいました。入院は急に決まるので、家族は準備が大変です。家族としては、付き添いをなくしてほしいと切に思います。
   僕は翌日も日勤でしたので、しずくのもとに行けたのは翌日の夕方でした。美紗さんの話ではだいぶ改善したそうです。体に酸素や点滴やモニターの管がいっぱい付いています。まだ元気がなくグッタリしていました。
   しずくは食事はまだ食べませんでした。内服薬を飲ませたり、ネブライザーをすると、あとは僕の役割は見守りぐらいです。最初はソファーベッドから様子を見ていたんですが、看護師さんから添い寝でもいいですよと教えてもらいました。添い寝をした方がしずくも安心するようで、落ち着いています。
   ですが自動輸液のポンプがピーピーなったり、三方活栓から薬を入れたりで看護師さんが1〜2時間に1回は来られます。その度に目が覚めるので、寝たような寝ていないようなでした。ですが看護師さんが親切な方で、子どもの様子をまめに見てくださっているのがわかり、ありがたく思いました。
   看護師さんが処置などをするときに、しずくは申し訳ないくらいに泣き出します。親に付き添ってもらわないと子どもが泣いてしまい、看護師さんは大変だと思いました。家族にとって付き添いの負担は大きいですが、このやり方しかないのでしょう。
   次に僕が付き添えたのは、入院4日目の昼間でした。食事は半分くらいとれるようになったのですが、まだ呼吸が速いです。主治医からは徐々にステロイド剤を減量していきますと話がありました。改善傾向と聞くと、親としてはホッとします。しずくが目に見えて元気にはまだなっていませんが、少しずつ回復しているようです。
   ところでやすみと響ですが、美紗さんのお父さんとの生活では、普段よりもお利口にしているみたいです。子どもたちなりに「何か大変だ」と感じているのでしょう。響のRSウィルス感染症は改善して咳も出なくなり、保育園への登園許可も病院でもらえました。やっと響も保育園に行けます。徐々に日常に戻っていきます。
   しずくは4日目の夕方には少し遊びが出てきました。僕の方に足を伸ばしたり、指を僕の口に持ってきてチュッとさせたり、酸素飽和度モニターのヒモを触ったりします。子どもの回復は遊びの出現という形を取るんだなぁと思いました。これは大人も同じかもしれません。
   次に付き添えたのは6日目の昼間と夜でした。モニターや点滴がなくなり酸素カニューレだけですし、しずくが元気でベッドから下りて過ごしています。僕の靴をはいて歩こうとしたり、携帯を触ったり、遊びが活発です。「パパ」「これ」といった発語も多く、普段と変わらない感じになりました。もうすぐ退院になるという手応えを感じることができました。
   子どもが病気をすると、普段の家族システムが崩れてしまいます。当たり前だと思っていた生活パターンを回していけなくなるのです。最大の問題は人手が足りなくなることで、僕たちの場合は美紗さんのお父さんに助けてもらえたので良かったのですが、両親や親族と離れて暮らしている人は大変だと思いました。危機のときに家族をサポートする仕組みが、安心して子育てをできるためには求められているのではないでしょうか。子育て支援の仕組み作りは奥の深い分野だと思いました。

 

写真1 入院2日目のしずく。グッタリしている。

 

写真2 入院4日目のしずく。食事がとれるようになってきたが、まだ呼吸が速い。

 

写真3 6日目。美紗さんのバッグを持って遊んでいる。

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慈恵病院で話す 2018年10月24日(水)

   先月「周産期懇話会」という産婦人科スタッフの勉強会でお話させていただけました。そのときに質問してくださったのが産婦人科医の蓮田健さんです。自分が人前で話すときにいちばん恐れるのは、つまらなくて誰も反応してくれないことです。なので蓮田さんが発達症の困難事例の対応について質問してくださったときには、非常にありがたかったのでした。まさにそここそ僕がお伝えしたかったことだからです。
   会のあとにも蓮田さんと話し、非常に近い関心領域があると感じました。直感的なのですが、「自分にとって大事な人になる」と感じたのです。その後メールでやり取りしながら、僕も蓮田さんの慈恵病院に話しに行かせていただき、蓮田さんにも僕の病院の発達症勉強会でお話いただけることになりました。短時間の出会いからここまで発展することは異例ですが、人の出会いにはそういうことがあります。不思議ですね。
   ほんとうは家族で慈恵病院に行かせていただき、子どもたちと蓮田さんのお子さんたちで食事をしていただく予定でした。蓮田さんはきわめて大きなエネルギーで、僕たちのもてなしを考えてくださり、驚きでした。いままでにそんなに真剣に食事の場所や内容を考えてくださる方には出会ったことがなかったです。残念ながら娘のしずくが病気で入院してしまいましたので実現しませんでしたが、ぜひいつか機会を作れればと思います。
   そういうわけで僕1人で出かけました。蓮田さんの慈恵病院は「こうのとりのゆりかご」という、赤ちゃんポストを行っている日本で唯一の病院です。いろんな事情で赤ちゃんを育てられない母親たちが、赤ちゃんを置いていかれるそうです。その受け入れをして、乳児院につないだり、特別養子縁組した手配をしたりされているそうです。それだけでも驚きですが、さらに相談員を3人も置いて妊産婦の電話相談を無料で受けたり、子ども食堂をされたりと、多様な支援を展開されていてすばらしいです。
   しかも人助けを経営も成り立たせながらされているというところがさらにすごいところです。熊本市のような大都市になると、産婦人科の病院の競争も激しく、運営していくだけでも大変です。そこに「お金にならない」活動をたくさんされています。蓮田さんで超人的に働かれているからこそ成り立っているのではないかなと想像します。
   さて病院スタッフの皆さんの勉強会で発達症の支援と、産婦人科と精神科の連携支援の話をさせていただきました。あとでスタッフの方とお話すると、やはり支援が難しい多問題ケースをたくさん抱えておられるそうです。多問題家族のケースなどは解決には何年もかかることが多いです。僕からすると、関わって悩んでくださる方がいること自体がすばらしいことだと思いました。ぜひこれからもいっしょに勉強や事例検討などをしていきたいです。
   そのあと蓮田さんのご家族にお会いできたり、蓮田さんと食事しながらお話を聞けたりしました。形は全然違いながらも、地域にある支援が入りにくい困難事例の解決に向けて取り組んでいるというところは共通でした。なので分野が違うという感じがあまりしませんでした。むしろ似ている点が多くて驚きました。
   僕の人生では、ときどきですが、新しい分野に目を開かせてくれる「人生の師」との出会いに恵まれてきています。蓮田さんもまた、僕を刺激して育ててくださる方なのでしょう。そういう出会いはまさに天の恵みで、感謝するほかありません。これからどんな形でいっしょに活動していけるか楽しみです。蓮田さんにお話に来ていただく。

 

写真1 「こうのとりのゆりかご」。いろんな事情で赤ちゃんを育てられなくなった親が、子どもを置いていかれるそうだ。慈恵病院ではただ受け入れるだけでなく、親の相談に乗ったり、さまざまな支援活動をされている。

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2018年10月日録1

10/2(火) 息子の響は3歳半になるが、まだトイレでウンチをできない。言葉のやり取りの発達の遅れとあわせて、僕たちの悩みの種だった。いままでにもいろいろ促してきたが、変わらなかった。僕もほとんどあきらめていた。ところが朝に響がしゃがみこんだときにトイレに連れていくと、なんとウンチをできた。「やっぱりできた」と当たり前のように響は言った。子どもの発達は徐々に進んでいくはずだが、ある日急に進展するようにみえる。生命の成長は飛躍を含むのかもしれない。
   球磨郡の保育園の保護者連絡会の方が講演会を企画してくださった。事前に打ち合わせに来てくださり、何回も連絡を取りながら非常に熱心に準備してくださった。参加者も200人を越え、保育園の先生や保護者の方たちが関心を持ってくださっているのがわかった。質問もたくさん出て、時間内には半分も答えられなかった。地域に関心を持つ方が増えれば、結果的に地域の支援体制も向上していく。人吉球磨の発達症支援はどんどん良くなっていくだろうと感じた。
10/3(水) 宮崎県えびの市の「生駒高原」がきれいだとは10年前くらいから聞いていた。去年美紗さんと1度行ったのだが、火山(新燃岳)の噴火でなかに入れなかった。この日、しずくを親子サークルに連れていったら、職員さんが生駒高原の話をされた。そこで急きょ美紗さんと出かけてみた。
   名物のコスモスの季節だけあって、人が多かった。台風にコスモスが倒されてしまったとのことで、入場料が半額だった。入ってみると、お茶などの出店があり、その向こうで急に視界が開ける。山の上から地平線を見るような広大さがある。えびのの市街地が遠くに小さく見える。
   お花もきれいだったが、それ以上に場所の気が良かった。美紗さんと散策や昼食をしたあとにも、1時間半くらいはボンヤリとして過ごした。時間が止まったような、あの世に近いような感じがした。場所自体の持つ力に驚いた。
   人吉市にある「青井阿蘇神社」の「半纏(はんてん)おろし」という行事の案内を保育園からもらった。子どもたちが喜ぶならと参加することにした。でも何をする行事なのかは知らなかった。当日に行ってみて、まわりの人と話してわかったのは、年に1回の大祭「おくんち祭り」の最初に、参加者の無事を祈願する集まりだということだ。蓋を開けてみると、本格的なちょうちん行列だった。ほんもののロウソクに火をつけて歩くので、子どもたちの服に火が移らないか心配だった。 思ったよりも長い時間かかったため、子どもたちは疲れてしまったが、厳粛さのようなものは感じたようだ。子どもたちには、良いことも良くないことも含めて、いろいろな経験をしてほしい。

 

写真1 やすみは保育園年長だが、地域の小学校の運動会に1種目だけ参加した。

 

写真2 宮崎県えびの市にある「生駒高原」。広々とした空間に安らげる。

 

写真3〜4は人吉市にある「青井阿蘇神社」の行事「半纏(はんてん)おろし」に参加した際に撮った写真です。


写真3 人がたくさん集まってきた。大祭「おくんち祭り」の無事を祈願する集まりとのことだった。  

 

写真4 ちょうちん行列に参加した。

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2018年10月日録2

10/5(金) フリースクール「学びの杜学園」の創立5周年記念誌が届いた。子どもたち、保護者、学園スタッフ、学園を支える人たちのそれぞれからの言葉が並んでいる。読みものとして作られているわけではないが、言葉に密度があり、「不登校になり、学園に通い、復学する」というプロセスを体感することができる。それは八方ふさがりの状態から、自分なりの抜け道を見つけていくということでもある。既存の学校システムはかなりよくできているが、どうしても合わない子どもたちもいる。その子たちに対してどんな風に教育支援をするのかは社会的な議論が必要だ。学びの杜学園は支援のモデルの1つになりうると思う。
10/6(土) 看護研究の発表会に参加できた。僕は時間に遅れて発表自体はあまり聞けなかったが、雰囲気は感じ取れた。どんな組織でもそうだと思うが、「どうせがんばっても何もならない」と言って、何もチャレンジをしない人がいる。文句を言うわりに何もしないという人たちだ。そういった敗北主義的で虚無的な雰囲気に、やる気のある人たちが、いかにして飲み込まれないかが大切になる。小さなことでもいいから、「自分が大事にしていること」とか「自分なりの活動」などを持っている人からは、たとえ成果が上がっていなくても、建設的な雰囲気がにじみ出る。「個人で進む道」を歩いている人と、出会い続けたいと思った。
10/7(日) やすみと響が通っているさざなみ保育園の運動会があった。今回はやすみと響が両方出場する。響は以前から言葉の指示理解が苦手で、保育士さんが個別で関わることもあると聞いていた。運動会の練習でもトラックの途中で走るのをやめてしまったそうだ。ちゃんと走ることができるのか、僕は心配していた。
   響は非常に遅くはあったが、なんとか走ることができた。走りながら客席の方ばかりを見ていて、あまり集中はしていなかったが、ともかくできたのでうれしかった。響も自信を付けたようだ。
   たまたまかもしれないが、響の言葉が増えてきた。またできないことにチャレンジすることが増えてきた。例えば自分からお箸を使って食べようとしたり、公園で難しいアスレチックスを自分で登ろうとしたりする。響に発達症があろうがなかろうが、自分なりにチャレンジして成長していってくれたら非常にうれしい。
   子どもたちが好んでいるのが、『講談社の動く図鑑MOVE 危険生物』(小宮輝之監修、講談社、2016年)だ。図鑑と付属のDVDで、動物の強さや危険性がよくわかる。実際に起こった事故や事件をもとにして書いてあるので、通常の動物図鑑に比べてリアルだと感じる。人吉球磨でも猪や鹿、猿などの農作物被害に悩んでいる。動物たちとのほどよいつきあい方を研究するのはとても大事な分野だと思う。

 

写真5 フリースクール「学びの杜学園」の創立5周年記念誌。特に子どもたちと保護者の文章に言葉の密度がある。

 

写真6 さざなみ保育園の運動会。響はゆっくりではあったが走ることができた。

 

写真7 『講談社の動く図鑑MOVE 危険生物』(小宮輝之監修、講談社、2016年)。動物の持つ危険性を通して、動物と人間の関わりを考えさせられる

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2018年10月日録3

10/8(月) 宮崎県小林市の「生駒高原」に行った際に、「ナイトコスモス」というイヴェントがあることを知った。夜にライトアップや花火があるらしい。たまたま僕たちが行ける日程だったので、出かけてみた。
   予想以上に非常に混みあっていた。コスモスのライトアップではなく、たくさん並んだキャンドルライトを楽しむ集まりだった。おもしろいのは参加型なことで、参加者が渡された点火器で火のついていないロウソクに火をつけていく。僕たちが参加したときには風で消えてしまったロウソクが一部あったので、つけていった。子どもたちは自分の力で火をつけられることに興奮していた。
   出店がたくさんあり、のんびり食事ができる。ステージではライヴが行われていた。そのうち花火が始まった。かなりの量と迫力だった。でも花火が終わったからといって、お客さんたちが急に帰ったわけではなく、多くの人たちがじっとロウソクの光に見入っていた。光が連なって天の川のようだ。電気の光と異なり、ロウソクの火はたえず変化していて、深い象徴性を帯びている。人間の命そのもののようでもあり、だからこそつい見入ってしまうのだろう。
10/9(火) 子どもたちが虫取りをしたいというので、「虫がいそうなのはどこか?」を美紗さんと考えた。草原がたくさん続いているところということで、「錦・くらんど公園」(熊本県球磨郡錦町一武)に出かけてみた。行ってみるとバッタがすごくたくさんいて、子どもたちが夢中になった。奥には小さな池があり、アヒルがいたり、コイが泳いでいたりする。池のまわりには沼地もある。僕自身が小さい頃に虫取りが好きだったので、子どもたちに虫取りを教えたかった。ジッと静かに周囲に目を凝らす練習になると思う。
   汗をかいたので、温泉に行くことにした。たまたま行こうとしていた2つの温泉が2つとも休館日だった。困ったが、美紗さんが比較的近くにある「温華乃遥(おかのはる)温泉」(〒8680431熊本県 球磨郡あさぎり町岡原北929、電話0966499151)を見つけてくれた。行ってみると、地域の人たちが続々と入ってくる。温泉自体もシンプルだが非常にくつろげるもので、子どもたちがなかなか上がりたがらなかった。さらに休憩室や売店もあり、夜ごはんまで食べられた。すごくいい保養施設だが、職員さんの話では1月に温泉は閉まるのだそうだ。残念に思った。
   上球磨の認知症初期集中支援チームに参加した。この日は普段は参加されないチームの検討委員会の方たちにも入っていただいての議論だった。「多問題家族ケースにどうやって予防的に介入するか?」というのが永遠のテーマで、本格的な虐待や触法行為などに至る前に支援を行う必要がある。地域の平和のためには、認知症だけではなく、子どもから高齢者までに支援を行えるチームが必要だ。

 

写真8 宮崎県小林市の生駒高原のイベント「ナイトコスモス」。参加者が自らロウソクに火を付けていくのがおもしろい。子どもたちは自分たちで火を付けられることに興奮していた。

 

写真9〜10は錦町にある「錦・くらんど公園」で撮った写真です。

写真9 虫取りをした。奥には池があり、アヒルやコイがいる。

 

写真10 しずくは上の子たちのまねをして、網を持ちたがった。

 

写真11 響が初めて自分から「お箸で食べる」と言い出した。

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2018年10月日録4

10/13(土) 学会に参加したときに、会場の書籍コーナーで『子どものこころの診療ハンドブック』(日本総合病院精神医学会 児童・青年期委員会編集、星和書店、2016年)を買った。非常に実用的であり、現場で求められる活動が包括的かつコンパクトにまとめられている。的確に要約されているので読んでいて退屈しない。僕の場合、病院の子ども支援チームで勉強するためのテキストにしてもいいなと思った。
10/14(日) 球磨支援学校の文化祭である「くましえん祭」に家族で出かけた。天気が良かったこともあり、去年以上に早くうどんが売り切れてしまった。生徒さんたちの作品である陶芸や手芸なども、僕たちが行った頃にはほとんど売れてしまっていた。参加者が多くて、活気がありうらやましくなる。自分たちの病院の文化祭もこのぐらい勢いがあればいいなと思った。
10/16(火) 子どもたちの保育園でRSウィルスの感染症が流行しており、響がかかった。2歳までの子が特にかかりやすく、発熱・咳・痰といった一般的な感冒症状を呈し、治療法は対症療法との情報だ。でも実際に子どもがかかると夜中や朝方に咳き込んで苦しそうだったり、咳こむあまりに吐いたり、不機嫌になったりして大変だ。また感染しやすいので、しずくにも移ってしまった。「子どもが病気をしだして、一家全滅になった」とはよく聞くことだが、実際に体験すると親は夜中に寝れなくなったりして大変なのだとよくわかった。
   球磨郡の保育士さんたち向けに発達症や虐待問題の系統講義をしている。毎回2事例のグループワークを取り入れている。皆さん慣れてきたのか、3回目の今回は議論する時間を15分に短縮したのに、複雑な問題を整理して、課題ごとの対策を挙げてくださっていた。次回が最終回で虐待支援がテーマなので、参加者の方たちがどんなふうに分析して支援を考えてくださるか楽しみだ。
10/23(火) 地域の小学校の家庭教育学級に招いていただいた。PTAが主催する集まりで、子どもの保護者や教員が集まる勉強会だ。40〜50人ほど集まっていた。非常に熱心に聞いてくださったので、僕も話しながら新しいアイディアが次々浮かんで、たくさん脱線した。でも脱線の方が本題よりも聞き手には伝わることが多い。脱線というのは、その場での参加者と僕の化学反応のようなものだと思う。

 

写真12 『子どものこころの診療ハンドブック』(日本総合病院精神医学会 児童・青年期委員会編集、星和書店、2016年)。コンパクトながら子ども支援の現場で求められる知識の要点がぎっしり詰まっている。

 

写真13 球磨支援学校の文化祭「くましえん祭」にて。子どもたちが風船シートに乗っても割れないから不思議だ。

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2018年10月日録5

10/28(日) 美紗さんが着物イヴェントの参加者の着付けを手伝うので、イヴェントを見に行った。僕は知らなかったが、「ノスタルジック人吉」は年に1回あってもう10年目になるそうだ。SLや観光列車で人吉駅に着く方たちに、100年前の服装を着た人々がお出迎えするというのが趣旨だそうで、人吉駅前に着物や羽織を着た人たちがたくさん集まっていて驚いた。着物のファッションショーのようなイヴェントもあったが、解説を聞くと旅館や商家に伝わる古い着物がたくさんあるのだそうだ。着物も100年のちに着てもらって幸せなのではないかと思う。
   子どもたちが眠たくなったので、遊ばせるために近くの「人吉鉄道ミュージアムMOZOCAステーション868」に行った。館内にコトノキリエ(漫画家、似顔絵作家)さんがおられ、似顔絵製作をされていた。いままで人生で似顔絵を描いてもらったことはないので、お願いしてみた。家族5人を1枚に描いてくださってありがたかった。人吉球磨をテーマにした漫画も描かれているそうだ。絵だけでなく明るく活発な人柄も生かして地域を盛り上げていっていただきたいと思った。
10/30(火) 娘のやすみは来年度から小学校に入学する。就学前健診があったので、美紗さんと出かけた。やすみも含めた子どもたちは、始まるとすぐに別の場所に移動していった。保育園が遠いこともあって友だちが誰もいないので、やすみは緊張して寂しそうにしていた。僕たちは学校の説明を聞いたあとに、グループワークがあった。「休みの日には遅く起きたり遅く寝たりしてもいいか?」「小学生は携帯を持っていいか?」という2つのテーマで議論したのだが、意見が別れておもしろかった。結局何かが正しいというのではなく、家庭内でよく話し合ってルールを決めていくプロセスが大事なのだと思った。そのあと子どもたちが帰ってきた。やすみは楽しかったようでニコニコして自信に満ちていた。親は心配するが、子どもはどんどん成長していくのだと感じた。
   錦町の特別支援教育講演会で話させていただいた。去年は主に医療面からの発達症支援について話したが、今年は教育面からの支援、療育の支援、保護者支援に重点を置いてお話した。非常に集中して聞いてくださり、無反応なのかと思うほどだった。質問もたくさん出た。発達症の子どもたちの支援は医療だけではできない。教育・療育・家庭支援などと組み合わさってこそ効果が出る。関連分野の方たちが誇りを持って仕事をしていけるような地域になってほしい。

 

写真14〜15は人吉市のイヴェント「ノスタルジック人吉」の際に撮った写真です。


写真14 12時9分着のSLが人吉駅に到着した。100年前の服装をした人たちがお客さんたちをお迎えする。

 

 

写真15 ステージでは合宿や着物ショー、音楽などが行われた。

 

写真16〜17はコトノキリエさんに似顔絵を描いていただいた際の写真です。


写真16 対面でする作業は5分以内。それで人柄や顔の特徴をつかまれる。

 

写真17 家族の似顔絵ができた。

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自閉スペクトラム症支援の講演会に参加する1 2018年9月1日(土)

  子どもの発達症支援をしていると、「療育」という言葉によく出会います。とても幅の広い言葉で意味をなかなかつかみづらいのですが、子どもの発達を促進したり、社会生活上の問題への対処法を考えたり、保護者のサポートをしたり、といったことを含んでいます。施設に通所するタイプの療育が多く、通所できる日数は本人の状態を踏まえて市町村が判断します。もっとも盛んなのが就学前の時期(小学校に入るまでの時期)であり、それから小学校の時期の子どもも多く利用しています。中学生や高校生も利用はできるようですが、利用者の数はだいぶ少ないと思います。 
  発達症はADHD以外はしっかりした薬物治療がまだない状況であり、診断後のケアは主として療育機関や教育機関でなされています。ですので療育機関とも連携をしたいのですが、いくつか問題があるのです。最大のものは、療育機関の質がまちまちであることです。発達症支援の活動を長くしている人たちが運営している療育機関もありますが、ここ数年の間に急増した療育機関のなかには、子ども支援にほとんど関わっていない人ばかりのところも多いのです。またかなり偏った考え方のところもあります。
  僕は人吉球磨地域の療育に関する会議に参加させてもらっていますが、この「質がまちまちである」という問題は毎回のように話題になります。発達症の子どもは多いので、療育機関も数が必要なのですが、ただ単に子どもを預かっているだけのようなところもあるそうです。悩ましい状況ですね。時間をかけて地道に研修会などをしていく以外に解決法はなさそうです。
  一方で医療型の療育施設というものがあり、熊本県には3ヵ所の療育センターがあります。人吉球磨地域の子どもたちが多く通っているのは松橋にある熊本県こども総合療育センターです。ここには医師はもちろん作業療法士、言語療法士、理学療法士、保育士、社会福祉士など多職種が配置されていて、施設面でもとても充実しています。ただ利用する子どもがあまりにも多くて、新規の受診は半年待ちの状況です。殺到しすぎているのを改善するためには、地域の医療機関に分散して診療していくしかなく、人吉球磨地域なら僕のいる吉田病院にその役割が期待されています。
  熊本県こども総合療育センターの医師のなかでも、Iさんは以前から僕がいろいろ教わっている方です。医師としても研究者としてもキャリアのある方で、支援者の間で尊敬を受けている方なのですが、非常に謙虚で腰が低いのです。僕は素人のような状態で子ども支援の活動を始めたのですが、僕に教えてくださるだけでなく、僕から学ぼうとされる(?)ような感じで接してくださいます。これはいつお会いしても変わらないIさんの特徴で、「ほんとうに優れた人は飾らないし威張らないんだ」ということを毎回感じます。
  そのIさんから、ゲイリー・メジボフという人の講演会が熊本市であるので参加しませんか、と誘ってもらいました。療育分野の中心的な技法である「TEACCH(ティーチ)」を確立した人の1人なのだそうです。僕はTEACCHについては名前を知っている程度で詳しくありませんが、Iさんのお勧めなので参加してみることにしました。僕が診療している子どもたちの多くが土曜日の外来に来てくれるので、土曜日を休むのは大変なのですが、外来の看護師さんがどうにか調整してくれました。
  当日会場に行ってみて驚いたのですが、参加者が非常に多かったです。500人とあとで聞きました。療育について学びたい人が多くなっていることがわかり、うれしかったです。
  講師のゲイリー・メジボフさんは初期からTEACCHを育て上げてきた方だけあり、いたってシンプルな言葉で支援の技法や思想を語ってくださいました。「どんな技術でも、もとを作った人は、難しくは語らない」というのがいままでの僕の経験ですが、まさにその実例のような方でした。
  印象的だったのが、理論と実践だけでなく、思想を三本柱の一つにされていたことです。思想という言葉は正確ではなく、「支援に当たるうえで大切にしている価値観」といったものなのですが、この部分のお話がもっとも感動的でした。理論や実践は本で学べるかもしれませんが、価値観や思想は本人を前にしないと伝わりにくい部分があります。その人の存在感のなかに大事なメッセージがあるからです。メジボフさんは大きなことを語る人ではないのですが、淡々とした語り口のなかに、誠実さ・謙虚さ・忍耐強さ・思いやり・対等性・実践での思いきりのよさ、といった価値が結晶化していました。
  メジボフさんのお話のなかで特に個性を感じたのは、エネルギーについてのお話です。メジボフさんはTEACCHを実践する組織のリーダーを長くされていました。人を雇ううえで大事にしていたのは、最初のうちは経験の有無や推薦状の有無だったそうです。ですが時間を重ねるなかで、「その人がどのくらい前向きなエネルギーを持っているか」に変わってきたそうです。「経験や知識は教えることもできる。でもエネルギーは教えて与えることはできない」。「1人の人がエネルギーを持っていると、その活動全体が伸びていく。逆に負のエネルギーを持った人が1人いると、その活動全体がしぼんでしまう」と話されていました。長い経験を経たとても知恵深い言葉ですね。
  メジボフさんは発達支援の目標を「その人の社会生活の自立度が高まること」「その結果その人が自信を持てること」に置いているそうです。これこそがまさに療育という言葉の意味なのでしょう。発達症の人たちが自分でできる社会活動を増やせるように支え、自信と充実を味わってもらう。その道のりに付き添っていく黒子の役割が療育の使命なのだと思いました。すばらしい仕事ですね。精神科医療の立場から、僕も応援していきたいです。

 

写真1 講演開始前の会場。すでに人がいっぱいだった。

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自閉スペクトラム症支援の講演会に参加する2 2018年9月1日(土)

講演会「自閉症を正しく理解すること」(ゲイリー・メジボフ)の要点


●自閉症の人の学習スタイル
・TEACCHプログラムの創設者であるエリック・ショプラーははじめシカゴ大学のOrthogenic Schoolで自閉症の子どもたちのケアを学んだ。そこでの基本方針は、(貎討ら離す、▲侫薀好肇譟璽轡腑鵑覆匹瞭眦感情を行動で表出させる、だった。でも子どもたちがよくならなかった。
・エリック・ショプラーはOrthogenic Schoolを反面教師として支援法を考えた。基本的な考え方は、ー閉症の原因は母親ではなく脳にある、⊆由に行動させることではなく、本人にわかりやすい環境を作ってあげること(「構造化」)を重視する、だった。
・エリック・ショプラーは自閉症支援の理論的な基盤を探していた。ゲイリー・メジボフは認知社会学習理論を学んできていたので、ゲイリー・メジボフにいっしょに活動してくれるように頼んだ。
・自閉症の人たちと定型発達の人たちの脳の働きや認知の仕方には違いがある。そこに注目して違いをていねいに把握して、その上で支援法を考えるのがTEACCHプログラムの土台。脳の損傷ではなく、脳の違いと考えたところに独自性があった。
・学習スタイルの要点は以下の7項目になる。(顕修箸靴討亮閉症、∋覲佚に学ぶことの強さ、ものごとのつながりの把握が苦手、ぜ孫垉’修瞭団А癖孫埆萢が苦手)、ズ拮瑤肪躇佞鮓けやすい、刺激への反応の違い(感覚過敏)、Ь霾鵑鬚泙箸瓩△欧襪海箸龍貅蠅機
・自閉症の人の特性をていねいに把握して相互理解を促進することは、異文化間に橋をかけることに似ている。
・目で見て学ぶことが、耳で聞いて学ぶことよりも圧倒的に得意な人が多い。なのでできるだけ絵や図、写真などを活用する。自閉症の人は感情の理解が特に苦手だが、人の感情も絵や写真を使って伝えていく。たとえば驚きの感情なら、ビックリ箱や驚きの表情などを絵で示す。
・ものごとのつながりの把握に時間がかかることが多く、ゆっくり伝える。また頭のなかの情報を使うのにも時間がかかることがある。
・たとえば「車というもの」と「クルマという言葉」を結びつける練習をするときには、絵と言葉が並んでいる図(「絵を本のような辞書」)を使う。
・1つだけの作業なら得意な人が多いが、いくつもの作業を同時並行で進めていくのは苦手な人が多い。特に優先順位を付けることや段取りをすることが苦手。そのためにスケジュールを作って張り出すことなどが助けになる。
・注意が細部に向きやすい。細かく具体的に把握するのは得意だが、たくさんのものの全体像を見るのは苦手。なので一度にたくさんのことを伝えるのではなく、1つずつ示すことが支援になる。
・環境からの刺激への反応の仕方にも違いがある。より狭くより強く感じることが多い。たとえば音をよりうるさく感じたり、光をまぶしく感じたり、においをくさく感じたり、シャツの肌触りを気持ち悪く感じたりする。
・1つの絵のなかのパーツには目がいきやすいが、その絵が全体として何を伝えようとしているかの把握に苦労することが多い。
・いつ、どこで、どのようにしたらいいのかを、はっきり示すことが支援になる。「なんとなく、こういう風にすればいい」というのでは、はっきり正しいのか間違っているのかがわからない。定型発達の人は逆にあまり細かく縛られない方が楽に感じる。
・全く新しいことよりも、なじみのあることの方が楽。少しずつ変化をつけながら学んでいけるようにすることが支援になる。
・自閉症の人の求めていることのなかで、いちばん基本的なのは以下の4点。\こΔ鰺解したい。⊆,鵬燭起こるかをつかみたい。正しいか間違っているかがはっきりわかる。ぜ分が状況をコントロールできている感覚を持てる。

 

●構造化された指導
・構造化の技法には、(理的構造化、∋間のスケジュール化、3萋飴抉腓了伝箸漾↓せ覲佚な構造化、などがある。
・スケジュールに慣れていくなかで、子どもたちは時間の整理の仕方を身につける。
・構造化の工夫の例には以下のようなものがある。
・絵カードで次にやることを示す。
・本人が興味を持っているものを活用する(例えばアニメのキャラクター)。
・文字を大きくして、項目と項目の間に間隔を取る。
・知的な課題が大きくて絵カードを理解できない人の場合には、具体物で伝える。例えばお皿が置いてあれば食事をする、くつがあれば外出する、など。
・複雑な活動の場合にはアクティビティ・システムを作ることもできる。活動の内容を多段階に分けて、視覚的に提示する。例えば食事なら「サラダ」「スパゲッティー」「アイスティー」「別の1つを選ぶ」といった具合に。
・入浴の際に左のひじばかりを洗っていた人の場合、体を洗う活動を、「頭」「胴体」「両手」「両足」「タオル」といった具合に絵カードで提示した。
・スケジュールどおりに進められない場合もある。その際には当日のスケジュールと翌日のスケジュールをいっしょに持ってきて、明日やりましょうと説明すると、受け入れられることが多い。
・支援の目指すところは本人の生活や社会活動の自立。1対1で付き添わなくても活動できること。そのなかで本人の自信がついていく。
・アクティビティ・システムは個別のニーズに応じてさまざまに応用できる。
・例えば調理、買い物、1週間の予定、衣類の衣替え、窓拭き、植物の水やり、歯みがき、ごみの分別、草取りなど。
・その人がなぜ活動できなくなっているのかを分析して、その人に合った構造化の工夫をすることが大事。
・構造化のメリットには以下のものがある。環境を予測可能なものにできる。情報を順序立てて視覚的に提示できる。慣れている活動の範囲を拡大できる。興味の範囲を広げることができる。生活の自立度を高めていくことができる。

 

●自閉症支援でもっとも大切なこと。
・中核的な価値観(コア・バリュー)は、TEACCHの支援者の姿勢や向き合い方について、あるべき姿をまとめたものである。
・中核的な価値観は自分から書いたものではない。TEACCHの見学にあちこちから来られた訪問者のなかに、「TEACCHには理論や技法だけでなく、独特の精神や哲学がある」と言ってくださった方が多かった。それでまとめてみてスタッフの意見を聞いてみたら、関心が非常に高かった。そこでいまに至るまでまとめ続けている。
・スタッフの関心がいちばん高かったのは、「自閉症を理解すること」だった。そこには自閉症という文化を理解し、受け入れ、好きになり、敬意を抱くというプロセスが含まれている。どれほど彼らが苦労していることか。
・「50年にわたって自閉症を支援し続けている人はなかなかいない。どうしてそんなに続けることができたんですか?」と聞かれることもある。考えてみると、私が自閉症の人たちを好きであり、尊敬しているからかなと思う。彼らとはいっしょに笑うことができる。彼らとは違いがあるからおもしろい。
・氷山モデルの考え方が役に立つ。自閉症の人たちの行動は氷山の目に見える部分のようなもの。その下にはずっと大きな氷の塊がある。彼らの認知特性や感覚の問題などが、目に見える行動の背景にある。目に見える部分だけに注目していてはいけない。
・常に最高の仕事を目指す。他の人たちが賢明だと思う以上のケアをする。人が安全だと思う以上のリスクをおかして支援する。人が現実的だと思う以上のことを夢見る。人が可能だと思う以上のものを期待する。
・技法と同じかそれ以上に人間関係が重要。エリック・ショプラーは未発達の技法から始めざるをえなかった。その段階でも自閉症の人たちの母親たちとのつながりのなかで、人が集まり、活動が発展してきた。いまでは技法はだいぶ洗練されてきた。それでも母親たちとの関係は変わることなく続いてきた。
・自閉症のケアはストレスフルな活動なので、親たちと支援者たちが、互いに支えあうつながりが必要だ。
・いっしょに働くチームには、互いに敬意を持ち思いやること、おおらかな気持ちで接すること、働きながら楽しむこと、が必要だ。
・他の人や状況に対して、いつもいい面を探していくこと。「幻想なき理想主義者」(JFケネディ)として振る舞う。誠実さと肯定的な精神を持つ。
・人間の持つエネルギーがとても大事。自閉症支援は非常にエネルギーを要する仕事だ。私はTEACCHのチームに人を雇うとき、最初は経験の有無や推薦状の有無に注目していた。でも年月がたつうちに、次第にその人の持つエネルギーを見ようとするようになった。経験や知識はもちろん大事である。でも前向きで肯定的なエネルギーはもっと大事である。なぜならエネルギーは教えて伝えることはできないから。
・TEACCHではジェネラリスト・モデルを採用している。役職による仕事の違いはあっても、基本的には誰もが問題に関わり、解決を探すべきだと考える。特定の職種の人だけが問題に取り組むのでは、組織が硬直化して前に進めない。
・TEACCHの伝統に誇りを持ち、伝統から学ぶことは大切だが、それ以上に変化し続けていることが大切。
・私は海外平和部隊でミクロネシアで教育を3年間手伝った。教えた人たちのなかには、貧しかったり、家庭が不遇だったり、教育を受ける機会がほとんどなかった人たちがいた。決して傲慢になってはいけないと学んだ。
・自閉症の人たちにこちらの真心が伝わらないと、信頼してもらえないところがある。
・人としての発達のなかで、「自立して生きていける」ということがとても大切。あまりにも完璧にケアしようとしている保護者には、「子どもさんの自閉症の部分のケアは完璧ですね、でも子どもさんには「子ども」の部分もあり、遊んだり笑ったり自由に過ごすことも大切なんですよ」と伝えている。
・自閉症支援はほとんどほめられることのない仕事だ。自分たちの仕事について、親や教員や他の支援職が全く気づかないことがよくある。でも人を変えうる仕事だと考え、自分を励ましている。誇りを持ち、光栄に思っている。
・詩人のゲーテは詩のなかで、生きがいのある人生について書いている。「仕事をいっしょうけんめいにすること、楽しみを持つこと、世界を変えること」と。支援職の皆さんの仕事は世界を変えているんです。
・他者の強さや経験、ものの見方に価値があると考える。他者の言うことによく耳を傾け、自分の考えに彼らが反対しても防衛的にならないように気を付ける。自分自身の限界を認識する。

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周産期懇話会で話す 2018年9月5日(水)

  僕の以前からの友人に瀬戸雄飛さんがいます。産婦人科の医師をされていますが、多方面に関心をお持ちで、精神科のことも学ばれています。すごく気さくですし、社会の問題に関わっていく姿勢をお持ちですから、僕にとっては話しやすい方なのです。
  瀬戸さんに初めてお会いしたときに、2つのことを言われたのを覚えています。ひとつはもともと学生時代から精神科に関心があったこと。もうひとつは、妊婦健診に全然来られない(支援が入らないハイリスクな)妊婦のケアができないか考えているということでした。共通の問題意識を感じてうれしくなりました。
  その後、瀬戸さんと協力して仕事をする機会がいつくかありました。妊産婦のメンタルヘルス問題のケアであったり、発達症がある妊産婦への虐待予防アプローチであったりしました。ちょうど産婦人科と精神科のはざまにある問題群に、それぞれの側から手を伸ばして取り組んだのです。
  産婦人科と精神科では診療スタイルの違いがあります。ひとつは時間のペースです。産婦人科は1日1日病状が変わったり、数時間で勝負したりします。ところが精神科は受診間隔も2週・1ヶ月・2ヶ月といった具合です。よくも悪くもゆったりなのです。もうひとつの違いは、診療の対象です。産婦人科は主に妊産婦や婦人科疾患の人を集中的に診療するのに対して、精神科は子どもから高齢者までと範囲が広いです。期間や対象を比較的限定して集中的に関わるのが産婦人科なのに対して、精神科は広く薄くといったところがあります。この違いがあるために連携しにくくなっていますが、互いに少しがまんすれば、乗り越えて協力することも可能なのです。
  さて、最近2つの勉強会がありました。僕が同僚たちといっしょに瀬戸さんを講師に招いた勉強会と、瀬戸さんが僕を誘ってくださっていっしょに話した勉強会です。たまたまなのですが、ほぼ同じ時期になりました。
  瀬戸さんをお招きしたのは、吉田病院の子ども支援チームが主催している発達症勉強会です。瀬戸さんは妊産婦のメンタルヘルスケアについて話してくださいました。なぜ産婦人科スタッフがメンタルヘルスの問題に関心を持っているのか?どのようなケアをしているのか?それが実証的に論じられていて、非常にためになりました。瀬戸さんは産婦人科医なのですが、自分たちよりも精神科の仕事のほんらいあるべき姿に近い診療をされていると感じました。
  瀬戸さんが招いてくださったのは、「周産期懇話会」という勉強会です。熊本大学附属病院の産婦人科医の方が呼びかけ人になっているもので、年に数回開催され、すでに200回以上の歴史がある集まりです。助産師・保健師・医師など産婦人科関係の方が広く集まるとのことでした。
  この場で瀬戸さんは妊産婦のメンタルヘルスケアを、僕はハイリスク妊産婦と発達症について話しました。意図したわけではないのですが、まさにいままで瀬戸さんとしてきたことの総まとめのような感じだったのです。
  僕が話してみて意外に感じたのは、産婦人科関係の方々も精神疾患の問題に困られていて、すごく関心を持ってくださっているということです。瀬戸さんとはたまたま仲良くなったのですが、産婦人科と精神科という2つの世界もつながりあうべき時期に来ているようです。
  僕は産婦人科関係の人たちに話すのは初めてでした。ですが分野の違いを越えて、共通の関心を持つ人とは仲良くなれるという確信をえました。知り合った方から、産婦人科の病院に話しに来てくださいとの依頼もいただきました。自分の分野のなかだけにいて、怖がって出ていかないようではいけないと反省しました。
  でもこのような新しい展開のきっかけには、やはり個人と個人の出会いがあります。新しい人と出会うと、新しい活動分野が開けます。人との出会いを大事にしていくことが、創造の土台になるのですね。どこに大事な出会いがあるかわかりませんので、普段からアンテナを張って生きていきたいと思いました。

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