お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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2019年6月日録1

6/2(日)   美紗さんの親族の法事に出るために、家族で鹿児島に出かけた。めったに顔を合わせない人たちが何人もいたせいか、子どもたちの興奮がすごかった。特に読経のときと、食事会のときがピークで、3人で大声を出したり走り回っていた。お行儀はきわめて悪かったが、「こんなに活発になれるんだ」とうれしくも思った。普段は見ることがないパワーを子どもたちは秘めている。未来の世代の成長を促しながら、人生のバトンは引き継がれるのだろう。
6/3(月)   響が通っている療育施設の方からトランポリンの購入を勧められ、美紗さんが小さなものを買った。子どもたちが楽しむのかはわからなかったが、さっそく競争して跳び出した。つられて僕もはねてみたが、両肩が揺さぶられるせいか肩こりに効く。首から肩にかけて「こなきじじい」のように重たい感覚があるが、ほぐされると感じた。子どもたちよりもむしろ僕に必要な運動だ。
6/4(火)   発達症の親の会である「くまっこくらぶ」に参加した。発達症の子どもを持つ親が集まって話す場だが、保健師や療育関係者も参加されていた。親は日々の生活のなかでさまざまなストレスを抱える。それは同じ立場の親だからこそ受け止められる面がある。長年続けてこられていることに敬意を感じた。
6/5(水)   成人の引きこもりの相談を受けた。いったん長期化するとなかなか変えるのが難しい。また生活習慣の問題は薬だけでの改善が難しく、通所・入所・入院などで環境を変えることが必要になる。いかに早いうちから介入するかが大事なのだが、地域で相談を受ける体制は十分ではない。市町村の保健師さんを精神科医がバックアップする形での支援を普及させることが重要だ。

 

写真1   トランポリンをする響。100回跳ぶのもできた。

 

写真2   ジグモの巣を取ろうとする響。

 

写真3   つかまえたジグモを手に乗せる。

 

写真4   「くまっこくらぶ」が開かれたおこば保育園。多目的に活用できるスペースも作ってあるそうだ。

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2019年6月日録2

6/6(木)   特別支援教育についての会議に参加して、現状と課題などを議論した。僕が感じた課題は以下の通りである。/裕筏緞畸楼茲倭澗里箸靴討澆襪閥軌蕕搬梢種の連携が進んだ地域である。⊂霆鑢未良坩堕蠅併劼匹發料加に、対応しきれていない面がある。対人緊張・こだわり・不登校・ゲーム依存・易怒性・暴力・盗み・性問題など発達症の二次障害が多発しているが、どのように連携して支援していくかは未確立である。L鮠貽發忙劼匹眤从課がある市町村もあり、学校から相談・連携しやすい面がある。他の市町村役場にも子ども対策課ができることが望まれる。と達症の子どもたちの進路指導が十分にできていない面がある。社会人になってからの病状や生活の安定のためにも、進路指導はきわめて重要であり、治療的な意義も大きい。ゲ板躊超の課題のために子どもの情緒面での不安定さが増幅されているケースもあり、保護者支援が重要である。一方で支援を無理に勧め過ぎてもこじれやすいので、困り感が出るまでじっくりと待つ姿勢も大事である。Π緡妬野においては産婦人科と精神科の連携支援が多くなってきており、課題を抱える妊産婦の支援や虐待予防の取り組みが進んできている。
6/9(日)   地区の清掃活動に参加した。道路に沿って生える雑草の草刈りをするのだが、皆さん熱心だ。ただ僕のいる地区は人手が豊富なのだが、他の地区は人手が少なくて除草作業が進みにくいところもあった。高齢化が進行していくと、地区の維持活動も難しくなるのではと予想される。地区の再編など、対策を考える必要があると思う。
6/13(木)   病院の新人研修で発達症の支援について話した。話しながら改めて感じたのだが、精神科の仕事は社会の動きと密接に関係している。精神科が関わる社会問題は多く、代表的なものだけでも、ー殺予防、引きこもり支援、I堙亶算抉隋↓ど郎ぢ从、サ埖塒祝匹覆匹ある。なのでいつも「いま人々がどんなことに困っているのか?」を考え続けないと、時代状況とズレてしまう。相談支援は精神科の活動の原点であり、最先端でもあるのだ。
6/18(火)   山江村の産業医講演会で禁煙について話した。禁煙について話すのは初めてだったので緊張したが、参加者が熱心に聞いてくださり話しやすかった。衛生委員会のメンバーで作り上げた会だったので、成功してうれしかった。衛生委員会が盛り上がれば必ずいい職場ができる。衛生委員会の重要性は高まる一方だ。
   10日ほど前に宮崎市の「アクアプラン金魚館」に出かけて金魚を買った。やすみは稚魚7匹、響は黒らんちゅうなど3匹だった。美紗さんが新たに水槽を作ったりして飼い始めたが、すでにそのうち2匹が死んでしまった。おそらく今後も死んでしまう金魚が出てくるだろう。金魚というのは元来のフナから特殊な変異種を抽出に抽出を重ねて人工的に作り出したものだ。かわいらしい姿の金魚ほど、気温や水質の変化に弱く病気になりやすい。壊れやすい芸術品のようなものだ。買ってきた金魚を定着させることはほんとうに難しく、まめさと根気のいることだと思う。

 

写真5   宮崎市にある金魚のお店「アクアプラン金魚館」。子どもたちが好きな金魚を選んでいる。

 

写真6   やすみは金魚の水槽の用意を手伝う。

 

写真7   水槽ができた。

 

写真8   死んでしまった金魚を埋めるために土を掘ろうとするしずく。金魚を飼うのは難しい。

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2019年6月日録3

6/26(水)   朝に近所の細い道を車で走っていたら、道路をのそのそ亀が歩いていた。このままでは車にひかれてしまうと思い、逃がそうとしたが、近くには池や川が全くない。このままでは死んでしまうと思い、車に乗せた。息子の響がいたく喜んで、「亀さんが歩いたよ」と連呼した。響も「亀さんを家に置いて」と言うので、美紗さんと相談して飼うことにした。僕は小さい頃から亀を捕まえたり短期間飼ったりしてきたが、それは水辺にいるクサガメで、今回拾ったのは陸生の強いイシガメだった。小さい頃から亀が好きだが、どこで縁が見つかるかわからない。
   球磨村の小・中学校の見学をさせていただいた。教育委員会や学校に歓迎していただき、授業の様子を見ることができた。僕は発達症の支援をしていることもあり、もっとも関心があるのは特別支援学級の状況だった。特別支援学級では生徒に応じた個別の学習がなされるのが理想だが、教員がマンツーマンで配置されているわけではないので、先生方がどうされているのかを知りたかった。教育面ではかなり工夫をされて、ペースの違う複数の子どもたちを同時並行で指導されていた。ただ情緒面の不安定さを持つ子どもへの対応には決定打がなく、苦戦されている印象だった。情緒面の不安定さを持つ子どもたちの学びをどうしていけばいいのかはまだ正解のない問題で、学校だけでなく支援に関わる多職種で考えないといけないことだと思う。
6/30(日)   熊本市にある慈恵病院の相談を受けに行った。産婦人科には「特定妊婦」という言葉があり、出産前から育児支援を準備していかないといけないケースを指す。その特定妊婦の支援が産婦人科的な枠組みだけでは難しく、苦戦されているそうだ。なかでも精神疾患や家族問題のあるケースへの支援には、精神科スタッフの関与が必要だ。今後ますます妊産婦支援が精神科スタッフの役割になっていくことが予想される。

写真9   鹿児島県霧島市にあるアスレチックスの公園「児童の森」。かなり難しいアスレチックスばかりだが、子どもたちは非常に喜んでいた。

 

写真10   拾ったイシガメを飼うことにした。

 

写真11   イシガメを庭に放して後を追うしずく。

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呉秀三の本を読む1 2019年5月6日(月)

   精神科スタッフであれば誰でも名前だけは知っているという人に「呉 秀三」(くれ しゅうぞう、1865〜1932、精神科の医師・研究者・教育者)がいます。日本の近代精神医学の土台を作った人で、治療・研究・教育・学会設立・制度設計など多方面に業績が渡っています。日本の精神科の歴史を学ぶと必ず出てくる人物です。
   その呉秀三の仕事のなかでももっとも有名なのが「私宅監置(したくかんち)」についての調査報告です。私宅監置とはいわゆる座敷牢のことで、自宅や離れの一角に木の檻を作り、患者を監禁したことを指します。当時の「精神病者監護法」のもとでは医師の診断書をもらったうえで警察に届けて手続きをすれば合法とされていました。呉は大学医局のスタッフを多数の県に派遣し、私宅監置の実態を調査するプロジェクトを進めました。その結果患者たちはあまりにも悲惨な状態で閉じ込められていて、しかも医療をほとんど受けられていないことが明らかになり、法制度を変える力になったのでした。
   実は僕は呉秀三の名前くらいしか知りませんでした。『現代語訳  呉秀三・樫田五郎 精神科私宅監置の実況及びその統計的観察』(訳・解説:金川秀雄、医学書院、2012年)を以前買いはしたのですが、ずっと読まないままでした。もしきっかけがなかったら、今後も読まないままだったでしょう。
   ところがきっかけが舞い込みました。呉秀三の映画『夜明け前』(監督:今井友樹、2019年、日本)ができ、その上映会をするので、映画を観る前に講演をしてほしいと依頼を受けたのです。映画のことは僕は知らなかったのですが、宣伝用の動画を見ると非常に内容が良さそうです。僕は喜んでお受けしました。
   主催者の方たちが事前に打ち合わせに来られました。僕と主催者の思いは一致していました。それは「呉秀三のことよりも、呉秀三が問いかけた問題について話したい」ということです。昔の問題について話すよりも、「もしもいま呉秀三が生きていたら、どんなことを課題と感じて取り組むだろう?」と考えながら話す方が、ずっと有意義になると思われました。過去よりも生きたいまの問題を語りたいのです。
   本の内容や呉秀三の問提起について簡単にまとめてみました(以下に載せます)。結果的にわかったのは、僕がしている地域での予防的な相談活動は、呉秀三の「問題提起の先にあるもの」の1つだということです。自分が手探りしてきたつもりでいましたが、実際には先人の探求に乗っかって、その少し先を見ようとしていたのですね。
   呉秀三の視野は広く、いまでも精神科分野で課題になっていることがたくさん問題提起されていて驚きます。私宅監置の犠牲になっている患者たちへのあわれみや、制度への深い怒りが伝わってきます。ほんとうに深い視点とは、知性と感情の両面が結晶化してできあがるものなのでしょう。偉大な先人の存在をいままでよりも身近に感じられてうれしく思います。

 

写真1   『現代語訳  呉秀三・樫田五郎 精神科私宅監置の実況及びその統計的観察』(訳・解説:金川秀雄、医学書院、2012年)。読み通すのは大変だが、大変に価値のある内容であり、多様な切り口から論じることができる。

 

写真2   本のなかに出てくる私宅監置の図や写真。

 

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呉秀三の本を読む2 2019年5月6日(月)

●内容の要点

・精神疾患は治らないものではなく、適切な治療を行えば改善しうる。
・当時の推定患者数15万人に対して、入院機関のベッド数が5000ほどしかないため、ほとんどの患者が十分な治療を受けられていない。
・病院での治療を十分に受けられていない人への対応のうち、私宅監置や民間療法が代表的。
・私宅監置の119例の調査報告。 民間療法についての調査報告(寺院・温泉)。
・患者の移送の調査報告。
・私宅監置の統計的な分析。
・私宅監置という制度は監禁に重点を置きすぎており、治療の必要性が無視されている。
・背景にある「精神病者監護法」にも同じ問題がある。
・今後は国が以下の4つに力を入れていくべきである。
      \鎖晴憤緡典ヾ悗覆瓢楡澆寮鞍
      ∪鎖声栖気亡悗垢詼[Г寮鞍
      精神疾患についての啓発活動
      ぜN鼎篁抉腓寮賁膺Δ琉蘋  

●呉秀三の問題提起(私見)
  本の中では現代にもつながる重要な問題提起がなされている。以下の,らГ僕が読み取った現代への問いかけで、その問題に対してどんな進展があるかを☆で書いた。

”郎い簣家颪量簑   
      貧困が背景にあると治療や支援が進みにくい。
      医療機関にもつながらないことが多く、つながっても経済的に続かないことが多い。
      貧困があると家族間での虐待につながりやすい。
      障害年金などを導入しても、浪費の問題があると支援が進みにくい。
      まずは生活を立て直すことが必要である。

☆貧困や浪費の問題⇒福祉的な支援
      現代においては福祉的な支援が活発になってきている。
      精神保健福祉士や社会福祉士が支援に参加している。
      役場の福祉課の方との連携支援も増えている。
      生活保護だけではなくて、社協の生活困窮者自立支援制度もある。
      浪費の問題に対しても、社協の権利擁護事業や成年後見制度などを活用できることがある。
      経済面での予防的な支援が増えている。 

家族関係の問題
      精神疾患の症状のために家族関係が悪化することもある。
      家族に精神疾患への理解がないケースもある。
      家族にも精神疾患があるケースもある。
      家族との関係が悪いと治療や支援が進みにくい。
      結果的に長期入院につながりやすい。
      家族の負担が大きすぎるのではないか?

☆家族関係の問題⇒家族支援・社会資源
      家族支援も増えてきている。
      地域や病院の家族会もある。
      家族向けの啓発研修などもある。
      家族だけが患者を背負うのではなく、社会資源をできるだけ活用していく。
      病院でも精神保健福祉士や看護師が介入している。

支援機関の不足
      医療支援機関の数が少なくて、必要な支援を受けられない。
      受診したくても数カ月待たないといけないことも。
      退院した人たちの入所できる施設が少ない(グループホームなど)。
      通所できる施設が少ない(デイケアなど)。
      就労できる施設が十分にはない(A型・B型事業所など)。
      医療機関や支援機関の数が、ニーズの増加に追い付いていない。

☆支援機関の不足⇒連携の強化
      急に数を増やすことは難しいので、いまある機関の連携を強化して対応力を高めていく。
      医療機関と保健師のつながりも強まっている。
      医療機関・入所先・通所先・就労先のつながりも増えつつある。
      地域全体の支援力を高めていく。

ぜ匆馘な問題行動 
      社会的な問題を起こした患者の治療や支援は難しい。
      法律や処罰といった司法的な観点と、治療や支援といった医療的な観点とのバランスが求められる。
      再発予防が強く求められる。
      家族とも疎遠になりやすく、キーパーソン不在になりやすい。

☆社会的な問題行動⇒多職種での継続支援
      警察が病院につなぐことも増えている。
      措置入院の患者の退院後には保健所が中心となってフォローしている。
      医療観察法の制度があり、触法患者を継続的に多職種で支援していく枠組みがある。
      医療機関と司法機関の連携も少しずつ進んでいる(例:少年院)。
      司法機関が通院・入院命令を出すという形もおそらく将来的には増えていく(薬物依存・窃盗症など)。

テ中活動の不足
      日中活動が無いと、病状が悪化しやすく、社会機能が低下しやすい。
      日中活動が無いと、対人交流の能力も低下していきやすい。
      生活リズムが乱れて昼夜逆転しやすく、再発につながりやすい。
      引きこもり・貧困・衛生面の問題などにつながりやすい。

☆日中活動の不足⇒通所・就労支援
      現代では適切な日中活動は再発予防やQOLの向上のために重要視されている。
      デイケアなどの通所施設がある。
      就労継続支援事業所も増えてきている。
      一般就労に移行していける例も出てきている。
      どうしても通所につながらないケースでも訪問看護などを行うことができる。

Π楞の問題⇒いまも未解決
      家庭内暴力・病識の不足・引きこもり・幻覚妄想の悪化などのために、状態が悪くても医療機関につながらないケースがたくさんある。
      かつては病院スタッフが収容を行うこともあったが、現在は禁止されている。
      民間業者があるが、法制度にのっとっているのかに課題がある。
      適切な制度がないのが現在の状態。
      将来的には何らかの公的な枠組みを作ることが求められる。

予防活動の不足⇒年々充実してきている
      一次予防      精神疾患の発生を予防する⇒啓発活動など
      二次予防      発生した精神疾患を早期発見して重症化を予防する⇒こころの相談など
      三次予防      社会復帰を支援し、再発を予防すること⇒自助グループ 交流会 ヘルパー 保健師 訪問看護 デイケアなど


●問題提起の先にあるもの
      呉秀三の問題提起の先にあるものとして、地域での予防的な相談活動がある。
      予防的な支援を行っていると、多問題ケースが多いことに気付く。
      なかなか支援につながりにくく、近隣や行政も疲弊していることが多い。
      共生社会の実現のためには、多問題ケースを支援していける多職種チームや仲間が地域に育っていくことが必要である。

 

写真1   人吉での上映会をチラシ。

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ダイエットについて 2019年5月9日(木)

   僕はダイエットにはもともと関心がなく、つまらないと思っていました。テレビのコマーシャルでもダイエット食品の宣伝を延々とやっていますが、なぜなのか不思議でした。個人が個人のやり方で食べて生活していけばいいとだけ思っていたのです。
   ところが僕自身がダイエットをする必要性が生じました。コレステロールや中性脂肪の数値が高いので、医師から減量を指示されたのです。ですが僕はダイエットについて真剣に考えていませんでした。美紗さんは野菜や魚中心のメニューにするなど工夫してくれたのですが、さらに少しずつ体重が増えていきました。そのうちに「医療でできるのはここまでです。あとは自分で生活を変えていかないと、どうにもなりません」といった最後通告のようなお話が医師からあり、さすがに僕もどうにかしないといけなくなりました。
   ダイエットと聞くと思い出すのが、『 ダイエットは人生の哲学』(著:リチャード・ワトソン、訳:横山貞子、昌文社、2000年)です。これはダイエットに取り組んだ哲学者の本なのですが、名著であり、いままでにも何度か読み直してきています。再度読んでみましたが、やはり優れた本だという思いになりました。ただダイエットの具体的な技法を学べることよりも、著者の生きざまや覚悟の全体が表れているがゆえに名著であり、読んだからすぐにダイエットをできるというものではありません。とはいえこの本から学んだこともあり、それは以下の点です。

‘団蠅凌べ物を食べ続けたりするダイエットでは持続性がない。もとの食べ方に戻ったら、すぐに体重が戻ってしまう。
⊆造里△襯瀬ぅ┘奪箸鬚垢襪燭瓩砲蓮∪犬方の全体を変化させないといけない。いままでと違った行動や考え方をすることで、結果的に食べるものや食べ方が変わることが本来のあり方だ。味の好みや食に対する考え方も変化するはずだ。
真剣にダイエットに取り組むことは人生を自己管理することにつながる。強い意志・大きな目標・継続的な努力・柔軟で現実的な実践などが求められるという点では、世界全体を変えようとすることと同じように難しい。ダイエットを通して人は自己を鍛えることができる。目標を実現するには多大な犠牲が求められる。

   この本を読んで励まされることは、ダイエットということが非常に難しいけれどもやりがいのあることだとわかることです。「自分のたるんだお腹をへこませたいという見栄でやること」というイメージを持っていたのですが、この本を読むと、「ほんとうに人々のためになる活動をしたいなら、ダイエットもできるようでないといけない」という気持ちになります。「地域にこころの相談を浸透させたい」ということと「ほどほどにやせたい」というのでは目標は全く違いますが、進展していくプロセスには共通性があるそうです。
   そういうことで僕のコレステロール値が安定するように意地でもダイエットを成功させないといけなくなってきました。といっても特別なことをするわけではなく、以下のことをするだけです。
〔邵擇箋を多く食べる。
∈能蕕北邵擇ら食べる。
M漆のときにはごはんやパンなど炭水化物を避ける。
せ劼匹發残した食事を「もったいないから」といって食べ過ぎない。
   やってみて結果的にわかったことですが、野菜から食べると、ガツガツ食べなくなります。野菜をあまり好きではないので、どちらかというと消極的に食べるからです。もし最初にハンバーグやコロッケ・カレーなどを食べるとすると、おいしいこともあって流し込むように食べてしまうのです。「食べるときによく噛みなさい」といままで何度も言われてきましたが、一度も実現できませんでした。それが野菜から食べるようにしたら、結果的にゆっくり噛んで食べるようになりました。「おいしい」「はやく食べたい」という気持ちをあまり持ち過ぎないで食べた方がいいみたいです。
   また胃袋はある程度いっぱいになると満足するんだということもわかりました。いままでは「白米はこのぐらい食べないと満足できないはずだ」とか「肉類もないと」といった思い込みがありましたが、野菜ばかりを食べてもお腹いっぱいの感覚になるのです。「野菜だけでは絶対に満腹感はないはずだ」と思っていましたので、意外でした。
   朝ごはんはしっかり食べないといけないということもわかりました。朝ごはんも野菜だけでいいのですが、外来診療のある日には昼過ぎになると疲れた感覚に襲われます。午前中に継続受診の人を診察し、13時とか14時とかに2件目の新規受診者や入院患者に対応するのが僕のスケジュールで、お昼ごはんを食べる前に精神的な力を要する仕事があるのです。ですので朝ごはんをいちばん多く食べるようになりました。以前は夜ごはんにいちばん食べこんでいたのですが、夜には激しい仕事もないですから、あまり食べこまなくてもいいのです。
   体重は以前は73圓世辰燭里、いまは70圓阿蕕い砲覆蠅泙靴拭まだ本格的にダイエットに取り組んで数か月にしかなりませんからなんとも言えませんが、野菜を多くとることは少なくとも体にいいようです。「63圓阿蕕い魄飮できれば薬も必要なくなるでしょう」と医師もおっしゃっていました。
   「ダイエットに取り組むことで生き方が変化していく」というのが上記の本の趣旨でした。たしかに僕もダイエットの副次的な効果があるのを感じています。
〇纏の効率が以前よりもよくなった。
∩蠎蠅亡鵑蠹困うとするばかりでなく、少し突き放して考えることがしやすくなった。
A瓩仕事が終わった日には早く帰ることに対して罪悪感を感じることが減った。
せ纏よりも家庭を優先できるようになった。
   つまり余分なものを省くことがしやすくなったのかもしれません。結局ダイエットは人生の整理や掃除につながるのではないでしょうか。不必要なことに手を出し過ぎず大事なことに集中するというのがその教えなのかもしれません。僕は「あれもこれも」と手を出しがちなので、ときには整理することが必要なのでしょう。ダイエットに取り組みながら、人生自体もスリムにしていければと思います。

 

写真1   『 ダイエットは人生の哲学』(著:リチャード・ワトソン、訳:横山貞子、晶文社、2000年)。故・上島聖好さんが訳者から寄贈されたもの。ダイエットと、著者の研究している哲学と、そして著者の生き方が一体となっているところがすばらしい。ダイエットの技術書ではない。

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2019年5月日録1

5/3(金)   以前美紗さんは先輩の看護師さんたちと山登りを楽しんでいた。その仲間の人たちが久しぶりに食事会に招いてくださったので、家族で出かけた。月日が経ち生活や仕事は皆さん変化していたが、飾らずにくつろいで話せる感じは変わっていなかった。特に何かをしたわけではないのだが、非常にゆったりと過ごせた。仲間というのはただ会うだけで十分な人たちのことを言うのだと思った。
5/4(土)   美紗さんのお姉さんと会うのを子どもたちは楽しみにしている。お姉さんが時間を取ってくださり、いっしょに水族館に連れていってくださった。子どもたち(特にやすみ)がはしゃいでいた。お姉さんの人柄は美紗さんとは対照的で、実務家よりも理論家に近い。複雑な話題についても、調べたうえで明晰に話されるので、聞いていて勉強になる。相手の状況を分析・整理してアドヴァイスするような理知的な仕事に向かれる気がした。
5/5(日)   鹿児島県南さつま市で開かれる「吹上浜(ふきあげはま) 砂の祭典」に、美紗さんの弟さん一家といっしょに出かけた。温暖な鹿児島県内でもさらに南の方になるので、日射しが強く明るい。5月なのに熱中症になりそうな暑さだった。祭りは規模が大きく、かなり大勢の人たちが集まっていた。砂の像(彫刻?)がたくさん並んでいたが、プロだけでなく地域の人たちの作品も多かった。販売ブースも地域の人たちがたくさん出店していて、地元のためになるお祭りだと思った。吹上浜の砂丘という地理的な特色を生かしているからこそ、人気が高まっているのだろう。
5/7(火)   パティシエをしている友人が近々辞めるというので、お店に行ってみた。いままでと変わらずに、お菓子には見た目の華やかさだけでなくて中味のあるおいしさがあった。友人は突き詰めて考えるタイプなので、しっかりとした思想のある仕事に向くのだろう。生き方の土台を探し直すために、友人は時間を取るのではないかとも思えた。人生には岐路がある。今後の方向性をじっくり選び取ってもらいたい。 
5/8(水)   認知症の初期集中支援チームに参加しているが、難しいケースが多い。支援がうまく進むかどうかは、本人の病状もだが、家族の状況に左右される。本人の認知機能が低下している場合には、家族の同意がないと支援できないからだ。明らかに病状が深刻であっても、医療につながらないケースもある。家族全体の状況を評価して支援を考えないとうまくいかない。また地域の支援機関についても熟知することが必要だ。自分が医師よりも社会福祉士に近い仕事をしているような気がするが、「本人の病状だけでなく取り巻く状況も考える」ところに地域支援の本質があるのだろう。

 

写真1   鹿児島市にある「かごしま水族館」。やすみはもう10回以上行っている。錦江湾(きんこうわん)など鹿児島の海の生き物に焦点を絞って展示してあり、飽きがこない。

 

写真2   2歳の誕生日祝いを開いてもらって喜ぶしずく。なかなか吹き消せない。

 

写真3〜4は鹿児島県南さつま市で開かれた「吹上浜 砂の祭典」で撮った写真です。

写真3   大きな砂の像がたくさん展示されている。地域の一般の人たちの作品が多くて印象的だった。

 

写真4   いとこたちとはしゃぐやすみ。

 

写真5   チマチョゴリを着るしずく。数年前に僕がソウルで買ったものだ。

 

写真6   公園でアリを見つけたしずく。

 

写真7   パティシエをしている友人のお店に食べに行った。友人は人柄が質実だが、お菓子にも華美でないおいしさがある。

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2019年5月日録2

5/12(日)   響が通っている「さざなみこども園」の家族役員に美紗さんがなった。役員が集まるバーベキューの会があったので家族で参加した。美紗さんがメインなので僕は子どもたちをみていたぐらいであまり交流しなかったが、参加している方たちがかなり熱心な方たちなのがわかった。自分の子どもたちだけでなく園や地域の子育てにも関わっていく気持ちを皆さん持っていることがわかる。こういった「専門職ではないが、支援の気持ちを持つ人たち」がいることはすばらしいことで、子ども支援がさらに進展する予感がした。
5/15(水)   中原校区の健康教室で「多問題家族の支援と地域づくり」についてお話した。重いテーマなので人が集まってくださるかを主催者の方も心配されていた。「数人でも大丈夫ですよ」とお伝えしていたが、結果的には意外なことにイスが足りない状況になり、50人ほどの地域の方々が来てくださった。僕の話のあとにグループワークをしたが、活発に議論してくださった。多問題の家族は地域でも孤立していることが多く、誰が異変に最初に気づいて支援機関につなぐかが大事になる。地域の人々のつながりが強いほど、支援がうまくいきやすい。結局のところ、支援機関の力よりも地域全体の力が問題になるのだ。
  息子の響の保育園から歯科健診の結果が返ってきた。奥歯が1本虫歯になっているとのことでショックを受けた。僕たちの目視ではわからなかったが、処置を受けたそうだ。さっそく歯科受診を予約した。娘のやすみのときには異常なしだったのだが、驚いたのはたしか9割近くの子どもに虫歯があったことだ。現代は飽食の時代であるために、子どもは幼少期から大量の甘いものを食べやすい。虫歯については現代は深刻化しているのだろう。
5/24(木)   さざなみこども園地域子育て支援センター「さざなみ☆うぉ〜むはあと」は、3歳ぐらいまでの幼児と親が参加できる活動の場だ。イチゴ狩りがあったので、しずくを連れて美紗さんと参加した。10組ほどの親子が参加していた。こども園から車で5分ほど山手に進んだところに農園があった。栗園のなかを進むとイチゴのビニールハウスがある。開け放ってくださっているが、それでもなかは暑い。イチゴの収穫の最後の時期とのことだったが、赤くてツヤツヤした大粒のイチゴがたくさんなっていた。しずくは何を考えたのか、緑色をしたまだ小さな実ばかりを取ってほおばっていた。大変な苦労のすえに実ったイチゴを自分たちは一瞬で食べてしまう。もったいないと感じた。
5/25(金)   災害対策の勉強会に参加した。大規模地震を想定してのグループワークだった。水道・電気・ガス・下水など、全てが止まってしまう可能性がある。災害はケースごとの違いが大きく一般論として議論するのが難しいが、最悪のケースを想定しておく必要がある。連絡手段やライフラインの確保なども大事だが、もっと大事なのは災害時の支援について学んだ意識の高いスタッフを増やすことだと思った。優先順位を立てて動けることや、その場にあるもので工夫できる柔軟性が求められる。

 

写真8と9は人吉市にある村山公園で撮った写真です。


写真8   はしごを登る響。姉に対抗してアスレチックスにも取り組むようになった。

 

写真9   公園の丘の中腹まで登れた。

 

写真10   水路のなかに何かを見つけてのぞきこむしずく。

  

写真11〜13は宮崎県小林市にある「出の山淡水魚博物館」で撮った写真です。


写真11   外観。池のほとりにある。

 

写真12   たくさんの魚が展示されている。

 

写真13   外で鯉のエサやりができる。

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2019年5月日録3

2019年5月日録3
5/25(土)   友人たちとの食事会があった。普段は医療関係者と話すことが多いのだが、この場では全然違う分野の人と話すことができる。仕事や生活や健康などで皆さん変化があるが、会って話すと「いろいろあって当たり前だ」という気持ちになる。たまに会う友人は、自分を遠くから冷静に見てくれるのでありがたい。
5/26(日)   映画『夜明け前』(監督:今井友樹、2019年、日本)の上映会があり、僕は前座でお話した。精神医学者である呉 秀三(くれ しゅうぞう、1865〜1932、精神科の医師・研究者・教育者)の人生史をたどるドキュメンタリーだ。呉秀三は「私宅監置」(座敷牢)の実態を調査したことで有名だが、他にも精神疾患の患者さんたちの拘束を減らしたり、日中活動を促進したり、多彩な仕事をした。法改正の原動力になるなど、精神科という分野を越えた影響力を持った人だ。僕自身が映画を観て勉強になった。「狭い意味での精神科医療の枠にとらわれずに、困っている人たちの支援に取り組んでいきなさい」と語りかけられているように感じた。
5/28(火)   地域の支援学校の健診に行った。学校医の仕事は子どもたちの健康増進を目指すのでやりがいがある。ただ一般の学校も特別支援学校も共通した傾向なのだが、情緒面の不安定な子や、家庭環境の課題のある子が増えている。子ども支援の分野では精神科の役割がまだまだ大きくなっていきそうだ。

 

写真14   しずくのイチゴ狩り。緑色の実ばかりを食べていた。

 

写真15   友人たちが誕生会を開いてくれた。しずくは何回もロウソクの火を吹き消していた。

 

写真16   人吉市の村山公園。しずくは虫を探している。

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精神科臨床の現場での決断について 2019年4月6日(土)

   精神科の仕事をしていると、決断に迷うことがあります。難しい状況ではスタッフの意見も割れがちです。結果的に偏った判断をして、他のスタッフからおこられることもあります。関わる誰もが納得のいく判断をするのはなかなかできないです。
   判断に迷う状況として、例えば入院が必要かどうかを決めないといけない場面があります。内科などでは検査データの裏付けがあったうえで、病状が重症な時などに外来治療から入院治療に移行します。ところが精神科では活用できる数値データが少なく、症状の把握にも観察する人(本人・家族・支援者・医療者など)の主観が入りやすいですから、判断が難しいのです。
   発達症+ゲーム障害の子どもの入院についても、簡単な基準はありません。ゲームに依存している度合いだけでなく、昼夜逆転・引きこもり・ゲームを制限されるとカッとなること・生活動作の乱れ(食事をしない、入浴しない)など、総合的に問題点を考えます。また家族がいままでどのように関わってきたのか・どの程度疲弊しているのかなども考慮します。あわせてどのぐらい支援者が関わっているのかや、経済面の状況なども考えます。そのうえで本人・家族・支援者・病院スタッフの意見を参考にして、決断するのです。
   精神科の疾患については、本人の病状に社会的な背景(家族関係・その他の人間関係・学習状況・就労状況・経済面)が大きく関係します。それだけに社会的な背景に目配りすることなく、医療的な観点だけで治療を進めると、失敗することがあります。精神科臨床における決断のためには、ヾ悗錣襪い蹐い蹐平佑琉娶を聞き取れる、⊆匆馘な背景についても考慮できる、それらを総合して落としどころを見つけることができる、の3点が重要だと思います。
   判断に迷う状況の他の例としては、高齢者の入院があります。認知症+問題行動での入院は比較的判断しやすいです。ですが、_搬欧いなかったり、家族関係が悪く、キーパーソンが不在、経済面の課題が大きい、支援の導入に拒否的である、っ楼茲埜瀕している、ト達症などがベースにあり病状が複雑である、などで困難事例化しているケースでは、入院治療を行うことが適切かどうかの判断が難しいです。なぜなら上に挙げたような要因のために、入院後に治療に支障が生じることがよくあるからです。また入院にしてしまうことで、体が弱ってしまう面があったり、地域生活をできる力が弱まってしまう面もあり、むやみに入院にしてしまってはいけないのです。
   僕自身は地域での相談を受け続けてきた結果、なかなか医療につながらない困難事例の支援に多く関わってきました。いまでは診療のなかで次の点をよく意識しています。^緡電な困りごとだけでなく、生活全般にわたる困りごとが何かを聞き取る。△任る限り本人・家族・支援者・病院スタッフでのケース会議を開き、関係者の支援方針を一致させる。今は隠れている重大な問題がないかを常に探し続ける。いい蹐鵑平種の意見を聞き、ひとつの考えだけで進めない。
   それらは経験上大事だと感じてきたことです。ただ一方で困難事例の支援というのはあくまでも医療の応用であって、基本ではありません。僕の気持ちは困難事例の対応に傾き過ぎている面があります。その結果以下のような問題が起きることがあります。^緡典ヾ悗蚤弍できる問題以上の問題を掘り起こしてしまい、診療が混乱する。△気泙兇泙粉愀玄圓琉娶に振り回され過ぎて、診療の一貫性が失われる。困難事例は診療上のエネルギーや時間を取るため、他の患者さんたちに割くべきエネルギーが奪われてしまう。た芭展率が悪く、病院の経営面からみてもプラスにならない。
   そこでもう一度精神科診療の基本に帰ることが必要であると感じています。基本とは以下のような流れを指します。ヾ擬圓気鵑範辰靴覆ら、丹念に精神症状を聴取・観察する。必要に応じて検査を行い、病状を整理する。8住点で推定される疾患を診断する。た巴任亡陲鼎い萄禿挂簑蠅陵彭世鮹蟒个掘医療的に改善できる部分についてのアプローチを患者さんに提案する。ゴ擬圓気鵑箸旅膂佞亡陲鼎い銅N鼎鮨覆瓩襦治療がうまく進まないときには、再度 銑い鮃圓Α
   精神科的な診療の枠内で改善できる問題は、この世界の問題のごくごく一部に過ぎません。ですが僕自身は何にでも関わってしまうところがあります。それは傲慢であり無茶であるのですが、目の前に悩んでいる人がいたら何かしてあげたいと思ってしまいます。しかし自分にできる以上に支援をしようとしてもかえって逆効果です。
   いまの僕に必要なのは「あえてしない」という決断なのだと思います。なにかをしてあげるよりも、何かをあえてしない方がよほど難しい。ぼくはせっかちですので、「動かずに介入のタイミングを待つ」ということがいちばんできないです。精神科臨床における決断のためにもっとも大事なのは、じっと待つことなのかもしれません。急ぎ過ぎない忍耐力を付けることが課題なのでしょう。

 

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