お休みどころ

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京都アニメーションの放火事件について 2019年8月3日(土)

   7月18日に起きたアニメスタジオ「京都アニメーション」の放火事件については、当初は一般的なニュースとして見ていました。最初に強く反応したのは美紗さんで、亡くなられた方の多さ(35人以上)や犯人についての情報などを調べて、僕に教えてくれました。あくまでもインターネット上の情報が主体ですのではっきりしたことはわかりませんが、犯人には精神疾患があった可能性があると思いました。
   昔から言われていることですが、精神疾患のある人たちの犯罪率は一般の人々の犯罪率よりも低いです。ですがニュースに取り上げられる事件のなかには、犯人に精神疾患がありそうだと感じるケースもあります。近年では例えば2016年の「相模原障害者施設殺傷事件」(19人の殺人)や、2018年の鹿児島県日置市での殺人事件(5人の殺人)があります。これらの事件に関しては、精神科の地域支援がもっと手厚ければ防ぎ得たのではないかと感じます。
   精神疾患を持つ人の犯罪率は高くはありませんが、なかには支援が遅れて状態が悪化し、犯罪を犯してしまう人もいます。この問題について、精神科医療の側から対策を打つべきだと思います。実際に犯罪が起きてしまったあとの対処に関しては、「医療観察法」に基づく支援が制度化されており、かなり進歩しています。精神疾患を持つ人が重い犯罪を犯し、医療観察法の枠組みでみていくことになれば、医療と司法の合議体で処遇を決めていくことになります。また専門性の高い病棟に1〜2年ほど入院し、退院後も数年は指定通院医療機関に通院することが義務付けられます。そしてフォローアップ体制を作ったうえで一般的な精神科医療機関に引き継がれることになります。ある程度長い期間、手厚い支援を受けることが公的に保証されるのです。   
   実際に犯罪を犯さなくても、「自傷他害のおそれ」のある状態のときに強制的な入院になる「措置入院」という枠組みも精神科にはあります。こちらは従来は退院したあとの支援は決まっていなかったのですが、「相模原障害者施設殺傷事件」のあとに議論が深まっています。保健所を中心に多職種で会議をしながら支援していく流れになっています。
   このように犯罪やかなり大きな問題行動に至った人たちの支援は手厚くなりつつあるのですが、いちばん大切なのは「そこまでではないが、精神状態や社会生活に問題がある」というケースの支援だと思います。どの地域にも「精神科的な問題があり、明らかに支援も必要だが、支援機関につながっていないケース」というものがあり、保健師さんたちが困っていることが多いです。こういったケースに対して、精神科スタッフは「まずは病院受診をしてもらわないとどうしようもない」というスタンスで対応することが多いのですが、地域で面談したり訪問したり、何らかのアプローチをはかることが大切です。多少でも関わっておけば、状態が悪化した際にも支援が入りやすくなると思うのです。今後はもっと地域での早期支援の枠組みが模索されていくでしょう。
   京都アニメーションに話を戻すと、僕の関西の実家に帰るときに行ってみたいと美紗さんが言いました。行けるチャンスがあるかどうかはわからなかったのですが、友人と京都府の宇治市で夕食会をすることになり、そのあとに急きょ訪問することにしました。最初は間違って本社に行ってしまいました。建物が住宅街のなかにあるのでスタジオという感じがしないです。21時頃でしたが明かりがついていました。寄付だけしてきました。
   そのあと火災にあった第一スタジオに行ってみました。こちらも住宅街のなかの建物です。警察の方が捜査中で近くには行けなかったのですが、燃えてしまった建物が少し見えました。献花の場所が道路沿いにあり、祈っている人たちが見えました。
   関係があるかはわからないのですが、このあと道を間違えてしまい、細くてわかりにくい路地に入り込んでしまいました。さらに道は細くなり、山越えで滋賀県の実家に帰ることになってしまいました。離合が難しい山奥の道が延々と続き、「ほんとうに無事に帰れるのかな」と娘のやすみも不安がっていました。ですがなんとか実家に帰れました。
   数日後、母と話していて、「京都アニメーションのアニメの聖地に行ってみよう」という話になりました。「豊郷(とよさと)小学校旧校舎群」の建物が『けいおん』というアニメの舞台のモデルになったと考えられているそうです。母も含めて家族で出かけたのですが、豊郷町は琵琶湖の北部の田園地帯にあり、かなりのどかです。ここにアニメ好きの人が集まるというのは不思議な気がしました。
   着いてみると、すごく美しい建物です。学校の校舎というと「無機的な箱」のイメージなのですが、別荘や地域のコミュニティ・センターを連想させるような清潔感のあるたたずまいです。あとでわかったのですが、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964、建築家・社会活動家・宣教師)の設計による建物でした。友人のグレッグさんが研究していた人物ですので、僕も知っていました。滋賀県の近江八幡の地に理想郷を作ろうと奮闘した人で、いまでも多数の建築物や病院・高齢者施設などが残されています。グレッグさんもお休みどころを理想郷にしようと応援してくれましたが、ヴォーリズの活動をイメージしていたのでしょう。「ヴォーリズ自身は自分は(理想郷の建設の)失敗者だと思っていた」とグレッグさんは言っていました。ヴォーリズの理想は実現しなかったのかもしれませんが、人々のためになるものというのは理想が崩れた残骸のなかにあるのかもしれません。
   豊郷小学校は老朽化で閉校になり、いまは地域の公的な建物として使われています。例えば老人会やシルバー人材センターや子育て支援センターなどが入っています。母の話では建物を取り壊すかどうかで地域住民が二分して争ったそうです。そのような苦闘があって、いま残されているわけですが、そこにアニメ好きの人たちがたくさん訪問しています。喫茶店やグッズ販売店まででき、町の主要な観光地になっています。いまにして思えば「なんでこんなに大事なものを壊そうとしたのだろう?」という感じですが、試練があったのですね。
   豊郷小学校の一角の喫茶スペースでお昼を食べました。地域の人の手作りのお寿司やタコライス、バーガーなどがあり、とてもおいしかったです。京都アニメーションの方角に向けて、たくさんの献花が並んでいました。僕たちの滞在中にも、若い女性の方が花束を捧げていかれました。
    僕自身はアニメーションを見て育ってきましたが、これほど深くアニメーションを愛する人たちがいて、「自分がアニメに支えられた」と感じていることに驚きました。京都アニメーションの作品は多くの人にとって心の奥の大事なものになり、地域おこしの方法にまでなっています。これこそ芸術の力だと思いました。科学技術文明が進めば進むほど、人は自分に固有の人生の物語を求めます。アニメーションはその物語を提供できる方法の1つであり、場合によっては「生きる意味」さえも提供できるのでしょう。アニメーションの力がいかに大きいかを人々に知らせたのが、今回の事件にもし意味があるとするなら、そのほんとうの意味なのかもしれません。京都アニメーションのスタッフの皆さんのすばらしい仕事に心から敬意を抱きました。

 

写真1〜8は滋賀県の豊郷町にある豊郷小学校で撮った写真です。

 


写真1   アニメ『けいおん』に関連するグッズが展示されている。

 

写真2   たくさんの花束やメッセージが京都アニメーションの方角に捧げられていた。

 

写真3   豊郷小学校の校舎。

 

写真4   廊下や階段も広々していて美しい。

 

写真5   講堂。教会を思わせる造りだ。

 

写真6   昔の電話を子どもたちはおもしろがっていた。

 

写真7   池にはコイが泳いでいる。

 

写真8   喫茶スペースでお昼を食べた。手作りのお寿司やタコライス、バーガーがあった。

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