お休みどころ

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精神科臨床の現場での決断について 2019年4月6日(土)

   精神科の仕事をしていると、決断に迷うことがあります。難しい状況ではスタッフの意見も割れがちです。結果的に偏った判断をして、他のスタッフからおこられることもあります。関わる誰もが納得のいく判断をするのはなかなかできないです。
   判断に迷う状況として、例えば入院が必要かどうかを決めないといけない場面があります。内科などでは検査データの裏付けがあったうえで、病状が重症な時などに外来治療から入院治療に移行します。ところが精神科では活用できる数値データが少なく、症状の把握にも観察する人(本人・家族・支援者・医療者など)の主観が入りやすいですから、判断が難しいのです。
   発達症+ゲーム障害の子どもの入院についても、簡単な基準はありません。ゲームに依存している度合いだけでなく、昼夜逆転・引きこもり・ゲームを制限されるとカッとなること・生活動作の乱れ(食事をしない、入浴しない)など、総合的に問題点を考えます。また家族がいままでどのように関わってきたのか・どの程度疲弊しているのかなども考慮します。あわせてどのぐらい支援者が関わっているのかや、経済面の状況なども考えます。そのうえで本人・家族・支援者・病院スタッフの意見を参考にして、決断するのです。
   精神科の疾患については、本人の病状に社会的な背景(家族関係・その他の人間関係・学習状況・就労状況・経済面)が大きく関係します。それだけに社会的な背景に目配りすることなく、医療的な観点だけで治療を進めると、失敗することがあります。精神科臨床における決断のためには、ヾ悗錣襪い蹐い蹐平佑琉娶を聞き取れる、⊆匆馘な背景についても考慮できる、それらを総合して落としどころを見つけることができる、の3点が重要だと思います。
   判断に迷う状況の他の例としては、高齢者の入院があります。認知症+問題行動での入院は比較的判断しやすいです。ですが、_搬欧いなかったり、家族関係が悪く、キーパーソンが不在、経済面の課題が大きい、支援の導入に拒否的である、っ楼茲埜瀕している、ト達症などがベースにあり病状が複雑である、などで困難事例化しているケースでは、入院治療を行うことが適切かどうかの判断が難しいです。なぜなら上に挙げたような要因のために、入院後に治療に支障が生じることがよくあるからです。また入院にしてしまうことで、体が弱ってしまう面があったり、地域生活をできる力が弱まってしまう面もあり、むやみに入院にしてしまってはいけないのです。
   僕自身は地域での相談を受け続けてきた結果、なかなか医療につながらない困難事例の支援に多く関わってきました。いまでは診療のなかで次の点をよく意識しています。^緡電な困りごとだけでなく、生活全般にわたる困りごとが何かを聞き取る。△任る限り本人・家族・支援者・病院スタッフでのケース会議を開き、関係者の支援方針を一致させる。今は隠れている重大な問題がないかを常に探し続ける。いい蹐鵑平種の意見を聞き、ひとつの考えだけで進めない。
   それらは経験上大事だと感じてきたことです。ただ一方で困難事例の支援というのはあくまでも医療の応用であって、基本ではありません。僕の気持ちは困難事例の対応に傾き過ぎている面があります。その結果以下のような問題が起きることがあります。^緡典ヾ悗蚤弍できる問題以上の問題を掘り起こしてしまい、診療が混乱する。△気泙兇泙粉愀玄圓琉娶に振り回され過ぎて、診療の一貫性が失われる。困難事例は診療上のエネルギーや時間を取るため、他の患者さんたちに割くべきエネルギーが奪われてしまう。た芭展率が悪く、病院の経営面からみてもプラスにならない。
   そこでもう一度精神科診療の基本に帰ることが必要であると感じています。基本とは以下のような流れを指します。ヾ擬圓気鵑範辰靴覆ら、丹念に精神症状を聴取・観察する。必要に応じて検査を行い、病状を整理する。8住点で推定される疾患を診断する。た巴任亡陲鼎い萄禿挂簑蠅陵彭世鮹蟒个掘医療的に改善できる部分についてのアプローチを患者さんに提案する。ゴ擬圓気鵑箸旅膂佞亡陲鼎い銅N鼎鮨覆瓩襦治療がうまく進まないときには、再度 銑い鮃圓Α
   精神科的な診療の枠内で改善できる問題は、この世界の問題のごくごく一部に過ぎません。ですが僕自身は何にでも関わってしまうところがあります。それは傲慢であり無茶であるのですが、目の前に悩んでいる人がいたら何かしてあげたいと思ってしまいます。しかし自分にできる以上に支援をしようとしてもかえって逆効果です。
   いまの僕に必要なのは「あえてしない」という決断なのだと思います。なにかをしてあげるよりも、何かをあえてしない方がよほど難しい。ぼくはせっかちですので、「動かずに介入のタイミングを待つ」ということがいちばんできないです。精神科臨床における決断のためにもっとも大事なのは、じっと待つことなのかもしれません。急ぎ過ぎない忍耐力を付けることが課題なのでしょう。

 

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