お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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2019年3月日録3

3/14(木) 息子の響はなかなかオムツが取れない状態が続いている。オシッコはトイレでできるが、ウンチが難しい。この朝、自分から「ウンチをしたい」と言って、トイレでウンチをできた。美紗さんや僕はもちろんほめたのだが、響は非常にうれしそうな顔をした。いままで人に頼らないといけなかったことを自分でできるようになる。それは子どもにとってすごく自信になることなのだ。
3/16(土) 美紗さんの同級生2人が家族連れで1泊で遊びに来てくれた。3家族で子どもが合計8人になるので、特別な遊びがなくてもお祭り騒ぎになる。僕は初日の夜から参加したのだが、他の2人が子煩悩なパパたちなことが印象的だった。2日間ずっと子どもたちを楽しませるために行動されていた。僕なら少しぐらいは大人のためのスケジュールも取りたいと思うが、結局最後まで公園などで子どもたちを遊ばせることに終始した。それだけ大人が精神的に満たされているのだろう。
3/18(月) 「精神科スタッフの第一の仕事は、患者さんを偏見から守ることだ」。この教えは精神科で働きだしたときから胸にあった。しかし現代は精神科への理解が進んできている時代であり、この15年であまり偏見と直接にぶつかるようなことはなかった。
   ところが強い偏見に基づく排除行動をした教育機関があり、僕も抗議の電話をしてやり合うことがあった。とてもモヤモヤした嫌な気持ちが残ったが、わかったことが1つある。それは「偏見のもとには、よくわからない物事への過剰な恐怖心や拒否感がある」ということだ。あまりにも恐れるために、独断に基づく極端な排除に走ってしまうことになる。
  逆に言えば、精神疾患の特徴や対応法を人々に知ってもらえば、偏見は減ることになる。特に知識だけでなくて具体的な精神科スタッフの人柄を知ってもらうことが効果的だ。結局のところ、人々が困ったときにどの程度精神科スタッフに相談してくださるかが鍵を握っている。専門家に相談しながら対応する文化があれば、大きな偏見の発生する余地がない。僕自身は地域での啓発活動にもよく参加しているが、その大事さを改めて感じた。
3/19(火)相良村の「こころの相談」で発達症の相談を2件受けた。若い成人と高齢者のケースだった。子どもの場合と違って、成人の場合は就労・金銭管理・結婚や育児・近隣との関係・家族関係などが問題になる。うまく乗りきっていくためには、ー分の得意・不得意をよく知る、∈い辰燭箸に人にSOSを出せる、といったことが大切だ。早めに生活全体を見て支援に入る人がいれば、こうはならなかったのにと思うことが多い。
   相良村の中学1年生に授業をした。もう5年目になり、僕の話は内容が固まってきている。一方でグループワークはまだ2年目なこともあり、内容は保健師さんや学校の先生とやり取りしながら決まったものだ。うまくいくのかはわからない面があった。休日の時間をさいて参加してくださった病院スタッフが各グループに入り、生徒さんたちが議論するのをうまく促進してくれた。ストレス対処や苦しんでいる子への接し方がテーマだったが、深く掘り下げて考えてくれていた。「思いやりをもって人に接するためには、相手がどうしてほしいのかを見抜く必要がある。それはとても難しい」ということが、グループごとの発表をとおして明らかになった。中学生たちの考えが深くて、感銘を受けた。

 

写真4〜6は美紗さんの同級生2人が家族連れで遊びに来てくれたときの写真です。


写真4 ゆのまえグリーンパレス。子どもたちは草スキーをした。

 

写真5 水上村にある市房ダム湖。噴水の舞い上がった水が霧雨のようになって降り注ぐ。このあと風向きが変わって、子どもたちに水がかかった。

 

写真6 人吉市の石野公園。クモの巣を登るような遊具で、ユラユラ揺れるので子どもたちがこわがっていた。

 

写真7 春になり庭に咲く花が増えてきた。

 

写真8 響が自分なりに勉強するようになった。

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