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久しぶりに触れた数学 2018年6月3日(日)

  本との出会いには偶然がつきものです。自分が思いもしない形ですばらしい本と出会うことがあります。僕にとっての『いかにして問題をとくか』(G・ポリア著、柿内賢信訳、丸善出版、1954年)との出会いもそうでした。
  きっかけはふいに訪れました。退職する同僚が、最後に蔵書の一部を分けてくれたのです。『いかに問題をとくか』は本が古いこともあり、いただいた何冊もの本のなかでは目立ちませんでした。同僚もこの本をそれほど重視していない様子でした。ですので特に期待はしていなかったのです。
  ところがある日手に取ってみて、たちまち内容に惹き付けられました。僕がいままでの読書のなかで感じているのは、「すばらしい本は、どの一部分をとってみてもすばらしい」です。古典と呼ばれるようになる名著を読むと、ほとんどのページに含蓄があり、僕が感銘を受けた印である赤線と付箋だらけになります。反対に内容が薄くて飾りの多い本では、赤線や付箋はほとんどつきません。なぜなのかはわかりませんが、はっきりと分かれるように感じています。
  『いかにして問題をとくか』にはほとんど無駄なページがありません。数学を題材にした本なのに、数学にとどまらない深みがあるのです。どちらかと言うと、芸術家が自分の創作の過程を精密に書き記した本に近いと思います。それでいて、いろんな分野に応用が効く普遍性があるのです。
  『いかにして問題をとくか』は数学者のポリア(1887〜1985)が、タイトルのとおりに、「われわれがどのようにして問題を探求していけばいいのか?」について述べた本です。数学者としての知識と経験をもとに書いてありますが、数学そのものが著述の目的ではなく、「探求の方法についての学問」が目指されています。創造プロセスの解明を目指しているとも言えるでしょう。
  この本のおもしろいところは、結論が非常に圧縮されていて、裏表紙にまとめて書かれていることです。「第1に、問題を理解しなければならない。第2に、データと未知のものとの関連を見つけなければならない。関連がすぐにわからなければ補助問題を考えなければならない。そうして解答の計画をたてなければならない。第3に、計画を実行せよ。第4に、えられた答えを検討せよ」といった具合です。そして第1から第4がもう少し細かく書かれています。
  これだけなら無味乾燥でおもしろくもなんともないのですが、これをもとに掘り下げたり具体例を出したりしながら、本は展開していきます。まるでいい音楽が、簡単なメロディを基本旋律としているのに、そこから変化しながら豊かに広がっていくのと似ています。そして読み終わってから裏表紙を見てみると、そこには練り上げられた「手探りと客観化の経験」があるのがわかるのです。
  本の途中にも数学の問題例がありますし、最後には20問の問題があります。これらはあくまでも「問題を解決する戦略」の説明のために用意されているのですが、数学の問題としてもとてもおもしろいです。取り組んでみてわかったのは、僕は試行錯誤やアィディア発見は得意だけど、解答を練り上げたり、正しいかどうかを吟味したり、問題をさらに広げて考えてみたりするのは苦手だということです。今も昔もせっかちで、手続きを1つ1つ重ねる忍耐力が不十分ということなのでしょう。
  本を読みながらショックも受けました。僕は中学生や高校生の頃には数学少年でしたので、数学とはずっと一生付き合っていくものだと思ってきました。ところが医学の方向に進んでからは、実はほとんど数学を使うことがなく、忘れてしまっていたのでした。二次方程式の解の公式や、微分積分の基礎、三角関数の公式など、その当時には当たり前だと思っていたことを、ことごとく忘れてしまっていたのです。本を読みながら少しずつ思い出していったのですが、「大事なことでも、日々使わないと忘れてしまう」ということを痛感しました。
  またさらにショックだったのは、数学を深く学んだつもりでいたけれど、実は実生活にほとんどつながらない「机上の論」を学んだに過ぎなかったことです。この本を読むと、数学的な発見法がいかに世界のさまざまなことにつながるかがよくわかります。著者のポリアは数学以外の分野にまで応用が効く問題解決法を見つけていたのです。僕は結局は公式を暗記していただけだったのでした。
  ポリアがどれほど優れた数学者だったかは、本文の問題の解答の仕方を見てもわかります。数学は解答の美を競う面がありますが、ポリアの本はまさにそうです。自然に、シンプルに、肩の力の入らない感じで、さらっと解いてあるのです。しかもより広い範囲に応用が効くような視点から解いてあります。1つの問題を解いておしまいでは、全然ダメなのだとわかりました。
  この本を読みながらいちばん感じたのは、「もう一度初歩から数学を学んでみたいな」ということです。いまの視点で学び直せば、得られるものも大きいだろうなぁと思うのです。ただ読む本は僕の仕事机に山積みですし、読書の時間もほとんどないので、実際にすることはできないです。人生で学べることって、実は限られているんですね。
   でも数学に限定せずに「問題解決法を学ぶ」という視点で見ると、学ぶチャンスは僕の生活のなかに無数にあります。精神科医療に関わる困難事例に日々取り組んでいますから、そこに応用したいと思います。実践で使えそうな教えには例えば以下のものがあります(これは厳密な引用ではなく、僕が本から受け取ったものです)。

より一般化した問題の方が解きやすいことがよくある。特殊なケースだけで考えるよりも、いろんなケース全般に当てはまる法則の方が見つかりやすい。
反例を示すには、特殊な状況のものを探すといい。1つ示せれば、数学的には否定できる。
難しい問題に取り組む場合には、過去に似たような問題を解かなかったかを探してみる。関連がありそうな問題でもいい。その解き方を応用できないか?
問題を解くための前段階として、補助的な問題を作ってみる。いい補助問題が見つかれば、問題への取り組み方の見通しが立つ。
問題の条件を数式で表すことは、言葉を異国語に翻訳するのに似ている。数式はひとつの言語である。
問題に取り組む際には、直感に基づく予想も積極的に活用する。最初から細部を気にしすぎるとうまくいかない。ただし直感は正しいとは限らないので、疑うことは必要である。
解答を仕上げる際には、直感に基づく予想は消えていき、論理的な展開だけが残る。予想は作業を進めるのに必要だが、最終的な結果には残らない。
どんな風に問題を解いたかを振り返り、より簡潔でわかりやすい解答がないかを探してみることは、成長のために大変役立つ。似たような別の問題を作ってみるのも理解に役立つ。
ときには問題を無理に解こうとせず、寝かしておくのがいいこともある。あまりに懸命に取り組みすぎて、迂回路が見つけられないことがある。真剣だけれどもゆったりとした姿勢が大事である。
創造的な解決のためには、「無意識のプロセス」が必要だが、これは簡単には起きない。問題に全身全霊で取り組まないといけない。そうすると不意に問題の核心がわかることがある。
現実の問題では、数学の問題に比べて条件があいまいで複雑なことが多い。解答も厳密な解答ではなく、近似的なものになる。とはいえ数学的な探求法や論証法は、思考の基盤として役に立つ。

  数学のことを語っているのに、人生の奥義書のような趣きがあります。どんな分野でも深く学べば、普遍性に通じるのでしょう。僕も自分の活動を深めて、他の分野にも通じる世界を持てたらと願いました。ポリアは数学者だけを育てたかったわけではなく、創造的な人間を育てたかったのでしょう。この本を通して励ましを受けとる人は多いと思います。

 

写真1 『いかにして問題をとくか』(G・ポリア著、柿内賢信訳、丸善出版、1954年)の表紙。

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