お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
<< June 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 2018年5月日録1 | main | 種子島への旅 2018年5月2日(水) >>

Kくんとのやり取り2 2018年5月6日(日)

  昔出会った友人のKくんが21年ぶりに連絡をくれ、やり取りが始まりました。Kくんはフランスの詩人による芸術批評を専門的に学んできた人ですので、僕へも深い問いかけを与えてくれました。以下は僕の応答の続きです。Kくんとやり取りしていると、複雑な物事の核心を射抜くのが批評なのだとわかります。

  K君、すばらしいメールをありがとうございました。一生かかって返事をしないといけない問いかけですが、とりあえずいま浮かんできたことを書いてみますね。
  すっかり忘れていたのですが、僕もずっと自分の中心を探していたことを思い出しました。「原点」「自分のなかにある太古的な記憶」「余分なものを切り落とす」「野性的な直観」といったことをいつも考えていたと思います。別の言葉で言えば、自分の生きていく方向性を見つけようとしていました。外的な手さぐりよりも、自分の内部に沈潜し、大事なものを探すことを優先していたように思います。
  ただ難しいのは、自分の内部というのはあってないようなものなので、はっきりとは見えないということです。内的探求には客観的な指標がないため、方向性を見失ったり、実生活とのつながりが切れてしまったり、感情に流され過ぎたりします。実際に内的探求が神秘主義的になりすぎたり、快楽主義的になってしまったり、暴力的になってしまった例もたくさんあるのではないでしょうか?
  僕自身もいろいろありましたが、手応えのある答えはなかなか得られませんでした。ですが転機がありました。イギリスのハワースに行ったのです。これも強く望んだわけではなく、他に計画していたことが全部ダメになって、仕方なく行ったような感じでした。期待も、自分の支えとなるような概念もないまま出かけたのです。
  ところが行った先では非常に豊かな体験が待っていました。この旅で得られた自分の中心は以下の3つです。
(婉の荒れ野に立つ。
⊃佑暴于颪ぢ海韻襦
自然や人がもたらしてくれたものを言葉で記録する。
  振り返ってみれば、この旅以前も 銑をしていたし、いまもしています。その都度出会う自然や人は移り変わっていくのですが、していることはあまり変わっていないです。ある意味では進歩がないですね(苦笑)。
  K君も僕のもとに、先生として現れてくれました。これだけ深い語りかけをしてくれる人は長らくなかったです。ありがとう。K君は人を育てる才能がありますよ。

『お休みどころ』通信 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

この記事に対するコメント

コメントする









この記事のトラックバックURL
http://oyasumidokoro.rongakusha.com/trackback/1424937
この記事に対するトラックバック