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小林幹穂さんの勉強会に参加する 2018年4月28日(土)

  以前僕が鹿児島の病院でいっしょに働いていた小林幹穂さん(精神科医・文化人類学者)は、僕にいろいろな学びの機会を作ってくださった方です。自身の論文を見せてくださったり、本を貸してくださったり、催眠を体験させてくださったり、あるいは職場でのちょっとした会話のなかで示唆をくださったりしたのでした。その後小林さんは熊本の病院を活動の主体にされ、僕も人吉市の病院に勤務するようになりましたので、お会いする機会がなかなかなかったのでした。
  そんな小林さんが病院長になられたという話は以前から聞いていました。小林さんは放浪・辺境・(内的自己の)解離がキーワードになるような方ですので、院長といった堅い(?)立場は似合わないです。また経営についての関心やビジネスのセンスといったものにも縁遠い気がしていました。小林さんがどうされているのかをやや心配していました。
  そんなときに小林さんが勉強会をされるという案内が来ました。「リフレクティング」という治療技法についてのもので、現在精神科分野でトピックになっている「オープン・ダイアログ」という支援介入方法の基礎の1つなのだそうです。小林さんがここ数年特に地域への訪問支援活動を熱心にされているのは知っていました。地域支援というテーマは僕が追っているものと重なりますので、僕としても小林さんとの接点ができてうれしく思っていました。それで参加してみることにしたのです。
  小林さんが勤務されている「桜が丘病院」へは僕は行ったことはありませんでした。同僚に話を聞くと、熊本市の中心部を通っていくので渋滞する時間帯は避けた方がいいとのことです。初めてですので車のナヴィゲイションに従って行ったのですが、心配したとおりに混雑に引っかかってしまいました。熊本城や繁華街のそばを通って行きますので、すいているはずがないのです。思っていたよりもずっと便利のいい場所に病院があるのでした。
  講師は矢原隆行さん(社会学者)で、システム論的臨床社会学という分野を研究されています。なぜ精神科臨床と関連を持つのか不思議でしたが、もともとはソーシャルワークと社会学(ソシオロジー)は一体だったのだそうです。そこからより実践的な支援を志向するソーシャルワークと、より客観的な研究を志向する社会学が分かれていった。なので社会学のなかにはソーシャルワーカーの実践に近い境界領域があるとのことでした。なお矢原さんは学者としては辺境を志向するところがあるとのことで、そのあたりが小林さんと合うのではないかと思いました。
  さてリフレクティングですが、今回は第1回目ということで、リフレクティングという技法が生まれるに至った経緯の部分を矢原さんは詳しく話してくださりました。実はこのことが重要で、技法そのものをいきなり学ぶよりも、どんな悪戦苦闘のなかからどんなアイディアが湧きおこったのかをよく知ることが、技法をうまく応用するためには必要とのことでした。「精神科領域のどんな理論であっても、それを生み出した人がどんな人生を送り、どんな課題に取り組むなかからヒントを得たのかを知ることが大事」といったことを僕の師である神田橋條治さんはつねづねおっしゃっていましたが、それを思い出しました。ですので僕は1回目に参加できてほんとうに運がよかったと思います。
  矢原さんのお話は長いので、以下に僕が受け取った要点のみを抜粋して書いてみます。

 

リフレクティングを生み出した中心人物はトム・アンデルセンで、ノルウェーのトロムソという北極圏に近い地域で精神科医として活動した。
地域のプライマリ・ケアと連携して地域支援を行った。結果的に入院率が下がった。しかし大学側と同僚医師に評価されず、彼は挫折感を味わった。
その後彼は患者さんが家族とのつながりを回復できるように家族療法に取り組んだ。当時の家族療法(ミラノ派)では、面接者が本人と家族と話すのを、別の専門家がワンウェイ・ミラーの向こう側から見ていて、途中で面接者が部屋を出た際にアドヴァイスするというやり方だった。
アンデルセンは専門家同士のやりとりを本人と家族に全く見せないやり方に違和感を持った。時間をかけて準備し、あるときに家族と本人の承諾を得たうえで、逆に専門家同士のやりとりを家族と本人がワンウェイ・ミラーの向こう側から見れるようにしてみた。すると本人と家族のコミュニケーションが改善した。
A:本人と家族と面接者が話すのを、専門家チームがワンウェイ・ミラーの向こう側から見る。B:専門家チームが話すのを面接者と本人と家族がワンウェイ・ミラーの向こう側から見る。このAとBをセッション(50〜90分程度)のなかで何回か繰り返すやり方をリフレクティングと呼ぶ。
リフレクティングは精神科臨床だけでなく、刑務所での再犯予防・紛争の解決・多職種連携の促進などいろいろな現場で応用されている。
リフレクティングをしっかり学んだ人なら、3者間の会話にも応用できる。
リフレクティングでは会話を仕切る人とか、導き出すべき答えなどは特には決まっていない。研修を受けた人ならだれでも(資格を問わず)行うことができるものである。

 

  僕自身がこの研修会に参加した問題意識は以下のようなものでした。僕自身は精神科病院で働いているが、もともとこころの相談ヴォランティアが原点であり、そこから派生して休日に行う地域での支援がとても多くなっている。「医療システム外にある医療者の支援を要する領域」がとても多いことに驚いている。地域支援の活動がどんどん増えるなかで、「どんな方向を目指していけばいいのだろう?」と思うことがある。目標にできる地域の在り方や理念などがないか。


  この質問を矢原さんにしてみました。非常に丁寧に答えてくださいました。僕が受け取ったことを以下に抜粋してみます。

人は他者とのつながりのなかで存在しているので、人を支援する際には、そのつながりの全体に働きかけることが不可欠である。
まずは本人と、本人につながる人たちで話してもらうことが必要である。これをプライヴェイトなネットワーク・ミーティングと呼ぶ。
一方で本人の支援に関わる専門家のネットワークも存在する。この人たちが話すことも必要である。これを専門職のネットワーク・ミーティングと呼ぶ。
プライヴェイトと専門職のミーティングを合わせて行うことが、的確な支援を行うためには重要である。
ネットワーク・ミーティングを繰り返し行っていくと、どんな社会になっていくのか?「誰かに問題があるときには、関係者でミーティングを開けばいい」と人々が知っている社会。1人で自分のなかに問題を抱え込まなくていい社会ではないか?
先駆的な試みは小さな地域で始まり、点から点へと広がっていく。小さくても丁寧に場を育んでいくのが大切。「他ではできないことがここでは実現している」という「魔法のような場」はありうる。

  このお話を聞きながら、目指すべきは「危機に強い社会」なのではないかと漠然と思いました。ここで小林さんもアドヴァイスをくださいました。

現代の精神科医療の先駆的な試みは、人口が10万人以下ぐらいの小さな都市から発信されている。ローカルなところからでないと、未来的なシステムは生まれてこないんじゃないか?興野さんも自分の足元から新しい試みを見つけていけばいいんじゃないか?

 

  小林さんからのあたたかな言葉に涙が出そうになりました。それと同時に自分が何をしようとしてきたのかが少しわかったような気がしました。どんなによくできたシステムでも、必ずすき間があり、「手の届かないところ」があります。ですのでそうした社会制度の裂け目に気付いて、システムを柔軟に作り替えていくための発信が必要です。僕は心の問題に関して、そうしたすき間を見つけたり、少しでも支援の手が届くようにしようとしてきたのでした。
  もちろん医療システムは国家レヴェルでの議論をもとにできているので、簡単に変えることなどできません。僕はシステムを変えることではなく、1つ1つのケースに関して、より的確で人間的な支援の在り方を探してきたに過ぎません。ですがそうした積み重ねが、落ち葉が積もって腐葉土になるように、いつか新しい視点やアイディアに発酵するかもしれません。自分が何を実現しようとしているのかはわからないままですが、この方向を信じて進んでいこうと思いました。
  恩師というのはありがたいものです。小林さんに心のなかで感謝しました。そしていつか僕の地域にお話に来ていただきたいなと思いました。

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