お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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2017年12月日録2

12/5(火) 湯前町での地域活動に1日出かけた。午前は町の障がい者計画を策定する委員会に出席した。これは精神障がい・知的障がい・身体障がいに当たる町民の置かれた状況を分析し、改善するための計画を作る集まりで、3年に1回ある。多彩な課題が出たが、印象に残ったのは以下のものだ。〔雲鍵儖は高齢者対策の勉強をすることが多く、成人精神と児童の支援にはなかなか手が回っていない。∧欸鮖佞眄人精神には苦手意識があり、病院などによるバックアップの仕組みが必要。D拘入院者の退院のためには地域のグループホームが必要だが、なかなかできていない。だ鎖西祿下圓僚∀促進のために、湯前町にも事業所を作りたい。ヅ鯀按でも社会福祉士を雇用し、コミュニティ・ソーシャルワーカーとして活用することが望ましい。
  午後は「こころの相談」を受けた。高次脳機能障害のケースは「制度のはざま」にあり、課題が大きいのに適切な支援につながらないことが多い。その結果家族は疲弊してしまう。県の大学病院には高次脳機能障害の支援センターがあると聞くが、地方ではつながりにくい。精神科は支援の入り口になれるので、検査や手帳申請などで関われればと思う。
12/6(水) 水曜日は地域産業保健センターの産業医として事業所を訪問した。健診結果の説明や、メンタルヘルス不調者の面談などが求められる支援だ。地域産業保健センターは中小企業の経営者と労働者の双方からの相談に乗れるので、非常にいい仕組みだ。でも地域の事業所にはおそらく十分に知られていないので、もっと活用していただきたいと思う。また衛生推進者を置いていない事業所が多いので、まずは職員の健康問題の担当者を決めることを勧めることが多い。職場のなかに職員の健康を守る立場の人がいて、継続的に見守りや受診の促しなどをしていくことが大切なのだと思う。
12/9(土) 人吉市で「スクールコンプライアンス学会」のワークショップがあった。スクールコンプライアンス学会は学校関係の訴訟事例の分析や、学校のリスク管理の向上などを議論している場だ。教員である友人の村上さんが参加しておられ、勧めてもらって僕も加入した。ニュースレターを読み解く力は僕にはないが、学校現場でどんなことが問題になっているのかの一部を見ることができ、役に立っている。
  まずは学会の会長である坂田仰さんの講演があった。膨大な内容があるが、僕の聞き取れた要点は以下の通りだ。ヾ躓ヾ浜は頑張っている先生が足をすくわれないようにするためにこそ必要だ。日頃から研修に参加するなどして危機対応を学んでいる先生のもとでは大きな危機は起こらない。7亳核富であるがゆえに新しい手法を取り入れられない先生もいて、そこに経験主義の落とし穴がある。ざ軌の仕事は、どこまでが業務でどこからが任意のヴォランティア活動なのかの線引きを、はっきりすることが難しい。例えば部活動やPTA活動への参加がそうである。ソ祥莇軌蕕蓮岼Δ半霰の世界」と考えられ、法的な側面はあまり注目されてこなかった。λゝを暗記することが大切なわけではない。「自分のやっていることが、法的な視点から見て、逸脱していないか?」をチェックできる感性が重要。Ш枷修砲蓮嵎杆郢里説得合戦をして、そのなかでもっとも説得力があった意見を裁判官が採用する」といった側面もある。そして教育実践の土台となる枠組みは判例の積み重ねのなかからできていく。┐覆里如峅奮愿な根拠にもとづいて、合理的に説明できる教育活動」を意識していくことが大切である。公立学校においてもいままで以上に「教員個人の責任」が問われるようになっている。民事訴訟の損害賠償についても、従来は学校設置者である市町村などが払っていたが、教員個人にも負担させることが増えつつある。「共生教育」という理想を実現するためには、人・物・金の投入が必要である。理想だけを現場に押し付けても教員の負担が増えるばかりである。救急救命については、常に最新の方法やガイドラインを知っておく必要がある。また救急車を何分後に要請したかも評価のポイントになる。わいせつ行為に「時効はない」と考えるべき。安全マニュアルの整備が必要である。
  講義に加えてグループワークがあった。多彩な教育職の方々が参加しておられ、たとえば僕のテーブルには小学校の教諭・高校教諭・教育研修センターの職員がおられた。部活動中の熱中症の架空事例について検討した。僕は教育者ではないので皆さんの意見を聞くことが多かったが、同じケースを題材にしていても、テーブルごとに議論の論点が違うのが興味深かった。教育は手法選択の幅が広く、「これが絶対に正しい」と決めにくい面が大きいのだとわかった。医療以上に「正解のない」分野だ。また医療以上に「理想的なあり方」を求められ、際限なく仕事が増えていく分野だとも思う。
  もともと学校は「善意の公的活動」であるがゆえに、民間企業と比べてリスク管理の姿勢が薄く、危機対応がうまくいっていないケースもあるそうだ。でもリスクばかりを気にして萎縮することではなく、リスク軽減を常に考えながらも大事なことはチャレンジしていくことを講師の方々が提言されていた。危機管理は目的ではなく、理想の教育を行ううえでの手段なのだ。同じことは病院にも当てはまる。以前病院に弁護士の方を招いて勉強会をした時にも、「難しい仕事だから訴訟を起こされる可能性がある、それは大事な仕事である証だ」といったことを聞いた。訴訟沙汰をできれば避けたいというのが教師でも医師でも変わらない気持ちだと思うが、守りはしっかりしたうえで大事なことには挑戦する姿勢を持ち続けることが大事なのだろう。

 

写真10〜11は息子の響とすぐ近所の公園を散歩した時の写真です。


写真10 徒歩3分ほどで着ける。自動車が来る心配がないので安心して散歩できる。

 

写真11 枝を手に取って地面をつついて遊ぶ響。

 

写真12 「スクールコンプライアンス学会」のワークショップの様子。架空の事例についてのグループワークをして、議論の要点を紙に書きだした。

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