お休みどころ

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犬のチビについて 2017年4月23日(日)

  犬のチビについてはこのブログ記事のなかでも何度も触れてきました。水上村にお休みどころを開設した2003年の秋ごろに迷い込んできて以来、お休みどころに居ついてしまった犬なのです。その後にも犬のソラとテンが迷い込んできましたが、テンはある時期にいなくなり、ソラは去年2016年の3月に亡くなってしまいました。いまではお休みどころの犬はチビだけになりました。
  そのチビもかなり高齢です。2003年に迷い込んできたころに生後半年ぐらいだったとすると、もう14歳です。ネット上の記事によると、これは人間の88歳に相当するそうです。体が弱って当たり前なのですが、なんとか持ちこたえていました。去年の夏も弱っていましたが、乗り越えました。
  ですがしだいにチビの体が痩せてきました。エサを食べさせても、どんどん痩せていくのです。「体のどこかにガンがあって、栄養分を奪っていっているんじゃないか?」と思うほどでした。
  さらに最近は足が弱ってきて、散歩をしたがらなくなりました。以前は息子の響といっしょにチビの散歩に行っていたのですが、今年の3月ぐらいからはそれができなくなりました。ヨロヨロしたり、坂道を登れなかったりするようになったのです。
  とうとう犬小屋のなかからも出てこれなくなってしまいました。エサを犬小屋のなかにもっていきました。昨日4月22日には小屋のなかでフンをしているのを美紗さんが見つけ、小屋から出れなくなっていることがわかりました。いよいよ立てなくなったのです。
  今日4月23日には、犬小屋からなんとか這い出してきたようで、小屋の前に寝ていました。水もバケツから飲めないでしょうから、エサといっしょに水も低い器であげました。その後夜になっても小屋に帰れないので、美紗さんが毛布をかけてあげました。
  食欲がまだあるのが幸いですが、もうあまり生きれないでしょう。チビとは長い付き合いで、十分生きてくれたと思います。それでもお休みどころの歴史をいっしょに背負ってきてくれた仲間がいなくなってしまうのは寂しいことです。
  チビはもともと気が強い犬でした。気位が高くて、主人である僕の言うことは聞くのですが、他の人の言うことは聞きませんでした。散歩も聖好さんやグレッグさんが連れて行こうとしても、足を止めて動かなかったことを思い出します。
  ほかの犬たちに対してもそうで、ソラとテンに対しても「上から目線(?)」のような様子がありました。犬は上下関係が厳格と聞きますが、リーダーとしてふるまっていたのだと思います。
  ただ人は好きで、お休みどころのお客さんに対してもとても愛想が良かったでした。チビを覚えて懐かしんでくださる方も大勢おられたのを思い出します。犬が苦手な子がチビを触れるようになったり、アニマルセラピー的な活動をしてもいました。
  友人の阿部さんがドッグランを作ってくれましたが、チビは頭が良くて、何回も脱走していました。こちらの考えを読んでしまうようなところがありました。
  そんなチビも年とともに体力の衰えが出てきました。走りがやや遅くなったあるころ、ドッグランのなかでチビとソラが大ゲンカをしました。もうソラの方が圧倒的に動きが早くなっていたので、すぐにチビは押さえ込まれて、耳などを噛みつかれました。それでもチビはケンカをやめませんでした。ソラもやめません。僕が何度叱っても、ケンカが続き、「チビが死ぬんじゃないか」と心配になりました。このときを境に地位が逆転し、チビはめっきりおとなしくなりました。
  そんなソラが先に死に、チビはひとりになってしまいました。犬は集団の動物ですので、2匹と1匹では全然違います。ですがお休みどころを人吉に移して毎日チビの様子をみれるようになったこともあり、エサもよく食べて元気にしていました。子どもたちもチビが好きで、裏庭のチビのところで遊ぶことがよくありました。
  しだいに弱っていくのは生き物の本質であり、どうしようもできないことなのでしょう。家族や仲間が弱っていくのを見ることはつらいことです。チビのこともかわいそうに思います。
  これからあと何日チビが生きられるのかわかりません。ですが最後まで生きて静かに亡くなっていくのでしょう。人間と違って思い悩んだりせずに、生命力の尽きるまでただ生きるのだと思います。
  僕がお休みどころを始める前や始めてからお世話になった方々も、ずいぶんがあの世に逝かれてしまいました。みんなどこかに生きておられるような気がしますが、会えなくなってしまったのも現実です。時間が過ぎるごとに、僕自身も少しずつあの世に近づいていっているのでしょう。
  生きていることははかないです。その限られた時間のなかで、いっしょに思い出を分かち合える家族や友人がいることは幸せなことです。お休みどころの活動も、そこから派生する形で、ずいぶんと社会的な支援システムとして動けるようになってきました。この流れを押し進めて、僕が死ぬ頃には、他の人たちも使えるような支援システムやネットワークの模型ができていればと思います。


追記
  4月25日の早朝、夜にクンクンなくので玄関に移す。昼間、ウンチにまみれてしまったので、体を洗う。
  4月27日、エサを食べなくなる。
  4月28日の朝、息を引き取っていた。最後は体が動かずに歯がゆかったと思うが、よく生きてくれたと感謝した。
  でも僕は知らなかったが、遺体を葬儀場に連れていった美紗さんによれば、すでにウジ虫がわき始めていたそうだ。寂しがる暇もなく、自然現象は進んでいく。
  チビ、ずっとコンビを組めて楽しかったです。ありがとう。またいつかいっしょに散歩に行きましょう。

 

写真1 2月の散歩の際の写真。かなり痩せてはいるが、このころは散歩に出かけられていた。

 

写真2 4月12日。足がよろけて散歩に行けなくなってしまった。

 

写真3 裏庭に寝転んで動けなくなってしまった。響も心配している。

 


写真4 4月16日。散歩はできないが、犬小屋の外でエサは食べれていた。

 

写真5 4月19日。犬小屋から出てこれなくなり、なかでエサをあげた。

 


写真6 4月23日。小屋の外には出てきたが、立ち上がれない。

 

写真7 4月25日、小屋に入れないので、夜は玄関のそばに寝かせることにした。

 

写真8 立ち上がれないので、ウンチが体についてしまう。体を洗った。

 

写真9 4月27日、最後にやすみと響といっしょに。

 

写真10 4月28日、朝、息を引き取っていた。

 

写真11 チビの骨つぼを持つ響。

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