お休みどころ

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映画の楽しみ 2016年5月22日(日)

   先月に一家でノロウィルスに感染して以来、家族全員の体調がいまいちすぐれません。娘のやすみは保育園に行き始めてから病気ばかりしていますし、それにつられてか息子の響もよく熱を出します。そして僕も鼻水・咳・痰がらみがなかなか終わらず、ダラダラと風邪気味な状態を繰り返しています。美紗さんがひとりで踏ん張っています。
   風邪を引いていると、あまり遠出ができなくなります。そして家で過ごすことが多くなります。家で手軽に楽しめるのが映画DVDです。というわけで映画を観る機会が増えました。またお休みどころのすぐ近くに「Books Misumi 人吉店」(〒8680021熊本県人吉市鬼木町640-3、電話0966227890)があるものだから、よけいに借りてしまうのです。
   娘のやすみはもともと映画好きです。さらに先月僕が「Books Misumi 人吉店」で買った名画紹介の冊子『CINEMA Handbook 2016』(諸根陽介編集、TSUTAYA発行、2015年)をいたく気に入ったようで、「パパ、これを勉強しなさい」と言って何度も僕に渡してきます。僕はすでに熟読してあらかた覚えてしまったくらいなのですが、やすみといっしょにもう一度読みます。そうするとまた映画を観たい気持ちが高まるのです。
   ただやすみといっしょに観れる映画ですので、あまり大人向きなものは観れません。「単なる遊びの映画鑑賞だ」というくらいにしか期待していなかったのですが、実際に観てみると意外なことに深いのです。僕の至った結論は、「子ども向けだろうと、大人向けだろうと、名作は名作だ」です。また娯楽映画と真剣な映画の区別にもあまり意味はありません。映像を通して不可思議な空間を作り出せている作品は、分野を問わず存在感があります。そして時代を越えて観られていくものなのでしょう。
   最初に観たのは、ジャッキー・チェンの初期のカンフー映画群です。なかでも『スネーキーモンキー  蛇拳』(ユエン・ウーピン監督、1978年、香港)はカンフーアクションに笑いと成長物語が豊かに織り込まれていて、傑作だと思いました。やすみが観たがるのにつられて、3回くらい観ました。
   次に観たのは、美紗さんが大好きで自宅に持っている『アダムスファミリー2』(バリー・ソネンフェルド監督、1993年、アメリカ)です。お化けの変人ばかりがそろった一家に次々とハプニングが降りかかるのですが、二転三転しながらも結局は家族愛の力が打ち勝つのです。家族想いの美紗さんにピッタリな映画ですが、表面上は子どもには観せられない残酷映画です。でも実際にはやすみはお化けの赤ちゃんピューバートを気に入ったり、フェスターというお化けのおじさんの名前を覚えたりして、楽しんでいるようでした。
   もうひとつ美紗さんが大好きな映画が『ビートルジュース』(ティム・バートン監督、1988年、アメリカ)です。これは僕も以前に2回ぐらいは観ているんですが、やはり決定的な傑作だと思います。これもお化けの世界と現実を行ったり来たりしながら進展する話なのですが、既製のお化け映画とは空想と創造性の次元が違います。それでいておバカ映画でもあるというかわいらしさもあるのです。ジャンル分けの意味のなさをよく感じさせてくれる作品です。
   『ガタカ』(アンドリュー・ニコル監督、1997年、アメリカ)は名作コーナーに置いてありました。どんな名作もそうですが、「これはありえんだろ」という状況が、芸術の力で真実性を帯びるのです。ガタカは未来の超管理社会が舞台ですが、そのなかでロボットのようにではなくて夢や人間味を持って生きようとする人物を描きます。夢を持つ人がいると、回りに吸い寄せられるように支える人たちが集まってきて、自己犠牲を払ってまで助けようとするのです。自分にはとうていできないような大きい目標を持つ人が、いつの時代にも世界に波紋を起こして変化を作るのでしょう。
   バットマンのシリーズの1作である『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン監督、2008年、アメリカ)も冊子で高く評価されていた映画です。バットマンの宿敵であるジョーカーの写真をやすみが気に入って、何度も何度も観たがるのです。ただ内容は子どもにはとうてい理解できない狂気に満ちています。人間社会を大混乱に陥れるだけでなく、善と悪というイメージまでジョーカーは揺るがそうとします。非常に恐ろしい反面、古代インド神話のシヴァ神のように、全てを破壊し尽くす存在が世界には必要なんだと言わんばかりです。そのジョーカーに立ち向かうバットマンも、もはや単純な善ではいられなくなります。自分が寄りかかっている既製の概念を揺すぶる映画です。
   『ティンカー・ベルとネバーランドの海賊船』(ペギー・ホルムズ監督、2014年、アメリカ)はやすみが借りたディズニー映画ですが、非常に優れています。妖精たちのファンタジックな世界に、科学者風の探求心を持った存在が現れるとどうなるか。異質な存在のぶつかり合いにハラハラします。
   『ビッグ・フィッシュ』(ティム・バートン監督、2003年、アメリカ)も冊子で評価されていた作品です。これはスッキリと観れる映画ではありませんが、心に余韻を残します。空想と現実はどう関わるのか?父と息子はどう関わるのか?2つの問いが重ね合わせて問われています。真実と事実の関係は?有限な人生の意味は?観終わったあとにいろいろ考えさせられる作品です。 
   映画の良さとは何なのでしょう?答えはさまざまにありえますが、完全に見入って没頭する体験をできることにあるんじゃないでしょうか。ストーリーを追うことや、俳優の演技を楽しむことも大事ですが、ほんとうに映画がおもしろいときには無心になっていると思います。それが僕たちの心の余白を大きくして、生きることをちょっとゆとりを持って眺められるようにしてくれる。そんな気がしています。
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