お休みどころ

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倉元涼子さんとの出会い 2016年5月15日(日)

   人との出会いにはタイミングがあります。長く知っていてもなかなか出会えなかった人と、急に会えたりすることもあります。倉元涼子さんともまさに機が熟して出会わせていただいた感じです。
   そもそもは、5、6年前に鹿児島の病院の同僚から話を聞いたのが最初でした。同僚のおばに当たるのが倉元さんで、「聖母マリアみたいに優しい人」とのことでした。おばさんの姿を見たのがきっかけで同僚は精神科医になったそうです。また倉元さんは「いのちのふるさと診療所」を開いておられ、代替医療を取り入れておられるとのことでした。その話を聞いて、いつか訪ねてみたいと手帳に「いのちのふるさと診療所」とメモをしました。ですが行かないままに年月が過ぎてしまいました。
   倉元さんとの次のつながりは、全く別の角度から現れました。東京にお住まいの斉藤庸子さんは僕の20年来の友人で、ずっと母のように見守ってきてくださった方です。なにげない話からわかったことなのですが、その庸子さんの同級生がなんと倉元さんだったのです。すごく不思議でした。こういう「確率的にはあり得なさそうなつながり」がときどき見つかるので、うれしい気持ちになります。
   事はさらに進んで、斉藤庸子さんと倉元さんが同窓会のためにいっしょに鹿児島に来られる際に、お会いできることになったのです。人のために黒子役をかって出るのが庸子さんの人柄です。今回もまた庸子さんのはからいでした。ランチをしながらお話することになりました。
   当日倉元さんにお会いしてみると、初対面なのに僕の娘のやすみや息子の響の名前を覚えていて、声をかけてくださいました。美紗さんも僕もビックリしてしまいました。前もってこのブログを読んだりして、僕のことも把握したうえで臨んでくださったんですね。
   それから僕の個人的な印象ですが、優しさよりもむしろ求道者的な鋭さを感じました。自分が関心を持ったことを深く追求していかれる、「掘り下げる力」を持った方だと思ったのです。代替医療への関心も「ちょこっと興味を持つ」といった域ではなく、生涯をかけて本質を探り続けておられる感じです。
   ランチをしながらの時間はあっという間に過ぎました。もっとも印象に残ったのは次の言葉です。「興野さん、人のためだからといって、自分の体を犠牲にしてまで働くのは間違ってます。私はいまになってそれがわかった」。倉元さんご自身がかなりな過労を慢性的に続けておられたそうです。そして結果的に体調を崩されてしまったそうです。
   倉元さんはオーソドックスな精神科の研究と臨床に従事されたのちに、「いのちのふるさと診療所」を開設され、精神科医療と自然療法、瞑想などを組み合わせた治療のあり方を模作されていました。ですが体調を崩されたために続けていけなくなってしまったそうです。そのことをもっとも悲しんでおられるように見えました。
   もうひとつおっしゃっていたのが、こだわり過ぎないということです。「食養生はこだわり過ぎてはダメ。どんな物であってもありがたいと思っていただくのが大事。さんざんやりこんだあとに、そう思うのよ」とおっしゃっていました。深みのある言葉ですね。
   どんな治療技法でも「人の回復に役立つ」という目的は同じです。そして技法は違っても「熱心に治療にあたってきた人の雰囲気」には共通性があるのではないかと思っています。浮かれていない明るさ、オープンな感じ、じっくりと話を聞く懐の深さ、多角的に物事を検討できる柔軟性、などです。「人間的な魅力」とも付け加えたいところですが、これは必ずしも精神科医に求められる資質ではないでしょう。「言葉の巧みさ」もそうですね。いい治療者はスター選手のような感じではなく、地味でパッとしないけれど粘り強く伴走してくれるような、コーチに近いものなのではないでしょうか。
   治療者がどんな人生を生きてきたかは、診療の後ろ姿に表れると思うのです。だから僕は倉元さんに診察の見学をお願いしました。倉元さんは快諾してくださったのですが、諸般の事情で見学できなくなってしまいました。診察の見学をできる機会はめったにないので、とても残念です。
   人が回復していくのを支援するために必要なものは、結局何なのでしょうか?その分野についての生きた知識と経験、自分自身の体調の安定、そしてめげない楽天性なのではないかと思います。倉元さんがおっしゃってくださったように、僕はもっと本気で体調の安定を考える必要があります。そして尊敬する先輩たちから教えをいただくことも必要です。楽天性については、これはもともと僕に備わったもので、どうしようもないものです。倉元さんのような先輩と出会いながら、より機能的で役立つ精神科医療者になっていければと思います。

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写真1 お話のあとで。左側が倉元涼子さん。

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写真2 「いのちのふるさと診療所」のチラシ。閉じられたことが残念だ。
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この記事に対するコメント

熊本大学時代に倉元(旧姓 山口)さんと友人になり、教育と医学、道は違っても、私に大きな影響を与えた人になりました。地震以降、診療所に電話するもつながらない状況で心配しておりました。閉じられたとのこと、これもようやく、このサイトに接続できて知ることができました。もしも彼女が接触を了解してくれれば、私の近況もお伝えしたいと思い、メールした次第です。彼女の意思を尊重しますので、申し訳ありませんが、お伝えいただけますでしょうか?
澤(旧姓 古谷) 月子 | 2016/09/17 7:03 PM
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