1 お休みどころって何?
「お休みどころ」は来られた方にほっとしていただくための場所です。自然のなかでのんびりくつろいでいただけることを目指したボランティア活動です。精神科的な健康増進・予防のための場所でもあります。自然や景観を楽しみたい人、もっと活き活きと生きたい人、あるいは悩みのある人、その他いろんな人たちが来られたとき、お茶や湧き水を飲みながら語り合えればと思っています。
僕は精神科医ですので、必要に応じてカウンセリング的な対話も行っています。当初は精神的に苦しむ人や病気の人を想定して始めた活動でしたが、実際に来られたのは元気な人たちやちょっと悩みがある人たちが大半でした。つまり主として健康な人がより生き生きできるようにお手伝いするための場所です。予防医学よりもさらに前段階の保養活動と言えます。なお、宗教活動や政治活動ではなく、あくまでも1つのボランティア活動です。
2 場所と建物
お休みどころの位置ですが、九州南部の山地の一角です。熊本県球磨郡(くまぐん)水上村(みずかみむら)にある江代山(えじろやま)という山の裾野の、標高は500メートル台のところです。もちろんまわりは一面森と山ばかり。敷地のなかに泉があり、湧きでる地下水を飲料水としています。
建物としては築100年以上の母屋と、納屋を改装した離れがあります(借家)。母屋の明るい一室を人とお話する場所に使っています。
3 設立と場所の整備
2003年5月1日に3人で設立しました。他の2人は上島聖好さん(うえじましょうこう、文筆家、ネットワーク組織者)とグレッグさん(歴史家)です(上島さんとグレッグさんはお休みどころのメンバーですが、以下「さん」付けで統一します)。当初は上島聖好さんが思想面でも行動面でもリーダーでした。
「水がおいしく森が豊かなところで、疲れた人が心身の休養をできる」という理念で設立のための場所を探しました。いろんな方の協力のもとに見つかったのがいまの古民家です。眺めがよく、湧き水があり、空気や森の緑を味わうには最適の場所です。
ただなんといっても山中ですので、実際に住み続けて場所の整備をするのは楽ではありませんでした。戸惑うことばかりでした。
まずは梅雨のすさまじい雨量(平地よりずっと雨が多く激しいです)、次に雑草の伸びる勢い、ダニなどの害虫、台風(九州南部です!)、秋はあっという間に過ぎて日照時間の短い冬、そして古民家ならではのすきま風の冷え込み(体力を奪います!)。さらには年に2、3度雪まで積もったりして、イメージしていた南国の「癒しの里」とは全然違ったのでした。
それに加えて何年も空き家となっていた家を再生するのには大変な労力が要ります。多量のゴミ、雨漏り、白蟻でボロボロの柱、枚数の合わない障子、などなど問題だらけでした。
また地縁血縁の全然ない地ですから、人脈作りも大変です。地元での定職があるわけでもなく、なんだかわかりにくい活動をしている人たちだと地域の方たちも思われたでしょう。地域の草刈りに参加したり、知人が増えたりして触れ合ううちに、次第に理解の輪が広がってきました。
今年(2011年)でお休みどころの活動も9年目を迎えました。2007年に上島さんは亡くなり、グレッグさんはアメリカに帰りました。いまでは僕が1人で運営しています。
4 現在の活動
次にお休みどころの活動ですが、来られた人とお話しながらくつろいでいただくことが中心です。お話といっても診察室での対話のような硬いスタイルではなくて、いっしょに食事をしながら話したり、散歩をしながら話したり、相手に応じて遊びを持ちながら自由に進めています。濃厚な自然のなかで緩やかな時間の流れに身を置くと、普段なら考えないようなことを考えたり、日常生活からちょっと距離を置いて自分を眺め直したりしやすいようです。
お話の内容に決まりはありませんが、来られた方の人生の歴史やいまの暮らしぶり、興味関心のある物事、人間関係、悩みや心配、そしてこれからやろうとしていることなどをお聞きすることが多いように思います。人には適性があり、本来やりたいことをしていけば生き生きとする、ということを、僕は精神医学の師である神田橋条治さんから学びました。相手の方がどんなことを喜びとするのか、できればその手がかりをつかめるようにお話を聞いています。
あとこれは僕の仮説なのですが、人生の転機の前後には、ちょっと普段行かない場所に行っていろいろ話して、自分を振り返ることか有用なようです。人生の苦しい節目を前にした人たちや渦中の人たちに利用していただきたいと思ってきましたし、実際そういう方が多いように思います。
5 この本の構成
お休みどころでどんなことをしているのかを示すには対話の様子を記録すればいいのですが、相談業務の場合プライバシーに触れることが多く、記録はできません。ですのでこの本にはあまり相談や対話の場面は出てきません。
この本の主な素材は設立以来毎月書き続けてきた通信「お休みどころ」です。遠方に住んでいて直接来れない友人たちに、お休みどころの様子を伝えたくて書き始めたものです(2006年からはお休みどころのブログに掲載しています)。ですので話題は新しい友人との出会いやおもしろい出来事が中心となっています。
具体的には、第1章「これまでの道のり 」は主にお休みどころの歴史についての記述です。第2章「いまの活動と友人たち」は現在のお休みどころと仲間たちについて。第3章「イギリスへの旅」は話題を転じて僕のイギリス旅行の記録。そして第4章「これからの展望」は将来に向けての方向性、という構成になっています。
各文章は可能な限り独立して読めるものにしました。一方1冊全体の流れを通じて「お休みどころ」という実験的な活動のこれまでの成果と失敗、そして今後の課題を提示しようとしました。風変わりな活動の記録ですが、そこから皆様が現代および未来を生き抜いていく上での何らかのヒントを汲み取っていただけたら幸いです。