あなたに会いに行った日
Mさんに
その日は雪が降っていた
電車もバスもダイヤが乱れ
ふだんは1時間の移動に
2時間かかった
あなたの仕事場は町の外れにあって
寮も併設されていた
いままで1度しか会ったことのない
あなたに今日は会いに行く
電話では日常的に
やり取りして知っている人
でも実際に会ってこの友情が
崩れないかと不安もあった
冷たい駅の改札を出て
パン屋のそばに立っていると
あなたからの携帯が鳴り
次にあなたが現れた
勝手に作っていたイメージより
ややふっくらしていてほっとしたが
両の目の下の疲れから
あなたが送ってきた日々が類推された
この半年あなたは苦しんできた
気力と思考力と行動力が
冷えきって後ろ向きになり
自分がこの世にいなければいいと考える
電話口で僕は幾度もあなたに
論理的には反駁できないと感じた
それでもなぜか2人で話すと
どこか明るい気持ちになった
この冬一番の大雪の日に
あなたにはるばる会いに来た
遠い国に行こうとしている
あなたと最後に会いに
まるで僧院のようなコンクリ作りの
無機質な仕事場の一角
この小さな空間で仕事に没頭し
あなたは疲れきってしまったのだろう
寮の部屋には大きな窓があって
光がたくさん射し込むのは意外だった
簡素な暮らしとたくさんの本
それから少しの食品とゴミ袋
仕事一筋のあなたの存在を
象徴するような内装
よれよれで乾かない洗濯物を
あなたは室内のハンガーに干す
行き詰まり進まない仕事のことを
あなたは幾万回考えてきただろう
やっぱり会話はそこに戻り
いかに自分が間違ったかをあなたは語る
何度聞いても同じ結論
自分の仕事には価値も意義もない
だけどどうしてもそうは思えない
僕にはそうは思えないのだ
どれほどあなたが自分を否定しても
無能さや人間関係のまずさを語っても
僕にはそうは思えない
利害損得を超越した友だから
あなたとの友情には理由がない
目標もなく 努力もない
ただふしぎと形成されたつながり
その関係の強さが僕らを引き付ける
どこでどうして友になったのだろう
互いについてよくは知らないのに
まるで生まれるずっと以前から
知り合っていたような親しさ
話題はあちこち移り
会話は淡々と流れていく
それでも互いの心はある一定の
変わらない位置にいる
きっともともと互いの心の一部が
何かでつながっているのだろう
それを生きて出会って行動して
実際に確認できる幸せ
あなたはおそろしく暗く
自己否定的な論理を説くけれど
それでも会話は進んでいき
やがてある安心感が醸し出される
その力がどこから出てくるのか
僕にもよくはわからない
あなたにもわからないと思う
けれどたしかに実在する
ボタボタと雪の降り積もるなか
あなたと町を歩いた
手袋をしても冷えきる手先
衣類は雪でまっ白だ
それでも僕らにはよかった
ただいっしょにいることが目的だから
風でも雪でも寒さでも
心のなかまでは凍らすことはできない
ギャラリー風なレストランで
あなたの個人史を聞いても
やっぱりあなたは間違っていない
可能性も意義も価値もある人間
たとえあなたが失職して
たとえあなたが破産して
精神的に溺れそうになっても
それでも僕らは友だちでいるだろう
別れる駅で手を振りながら
今日一日ずっと同じ雰囲気だったと気づいた
原因のない愛情
それが2人を動かしている