お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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過労の問題について 2017年7月16日(日)

   過労の問題については以前から関心を持ってきました。僕は役場や企業の産業医の仕事もしていますので、もしも長時間残業者(月に100時間以上など)が出た場合には面談をしないといけません(幸いなことに、まだしたことはありません)。また新聞にも過労死の問題がよく載っています。過労⇒うつ病⇒自殺、という流れは多いにありえることですので、精神科医として予防に動かないといけない分野なのです。
   とはいえ自分自身に関係することだとは思ってきませんでした。いまにして思えばもともと僕は仕事中毒になりやすい要素が満載なのですが、いままでは深刻な事態にならなかったので、考えてこなかったのだと思います。それが意外なきっかけから考えざるをえなくなりました。
   精神科医の仕事のなかで、書類作成が占める割合は、実はけっこう大きいです。僕の場合で言えば、典型的な勤務日には、朝から14〜15時までは外来診療、15時から1〜2時間ほどは家族面談やケース会議など、そのあと18〜19時までは病棟診療であり、以後20時くらいまでが書類作成の時間になります。書類といってもいろいろあり、認知症の方なら介護保険の意見書(半年に1回)や紹介元の病院への返書、訪問看護や訪問リハビリの指示書(月に1回)、施設とのやり取りなどです。成人の精神疾患の人なら自立支援医療の意見書(2年に1回)、障害年金の診断書(5年に1回)、返書、精神保健福祉手帳のための診断書、地域のサービスを受けるための医師意見書などです。子どもの場合なら学校などへの情報提供書、特別児童扶養手当の診断書、返書、休学や療養のための診断書などです。また民間の保険会社への診断書(入院期間など)を作ることもしょっちゅうです。
   僕はもともと書くのが好きですので、書類作成は比較的好きな業務です。また書きながら情報を整理する面も大きく、うっかり見過ごしていた面に気づけたり、診断名や行うべき検査を追加できたりすることもあるのです。カルテに添付されている過去の情報を振り返れたり、いまの状況を分析できたりするので、書いてまとめるメリットは大きいです。
  「書きながら考える、考えながら書く」というサイクルは、思考の基本なのではないかと思います。精神科の診療においてもっとも大切な情報はなにかと言えばいままでの経過ではないかと思いますので、カルテの「現病歴」欄には僕は力を入れていますし、書類を作成する際にも現病歴欄でそのまま活用できるような正確な内容になるように努力しています。
   ところが今年(2017年)の7月に入って書類量が急に激増したのです。理由は障害年金の診断書です。ここ数年僕の診療の主な対象は発達症の人たちです(子どもの診療も大半は発達症に関連しています)。ですので知的発達症の人たちの診断書を書く機会も多いのですが、なぜか知的発達症の人たちの障害年金の診断書の作成時期が7月に統一されているのだそうです(精神疾患の診断書は患者さんの誕生月ですので、一度には書類は来ません)。僕の「宿題コーナー」(作成すべき書類の置き場)に急にカルテが積みあがっていったのでびっくりし、また書いても書いても追いつきませんでした。当直の日など22時まで休みなく集中して取り組んだのですが、それでも終わらなかったのです。
   僕自身はやるべきことをためるのを好みませんので、その週の書類は基本的には週末までに終えるというルールにしてきました。さっさとしないと、よけいに苦しくなるからです。ですがとうとうこのルールを守れなくなりました。それでイライラしてしまったのです。
   知的発達症の障害年金の書類が7月に一気に来るというのは現場の実情を考えていないおかしな仕組みです。ただ「システムが不合理だ」と考えることよりも、自分の苦しさが過労の問題ではないかと考えてみることの方が、より大事な視点ではと僕には思えます。仕事が際限なく増えていっているので、どこかで一線を引かないといけない時期にさしかかっているのではと思うのです。
   書類が多くなる最大の理由は、外来の診療患者数が増えていっていることです。僕は週に4〜6人の新規の受診者を受けることが多いのですが、精神科の治療を終了する患者さんは週に1人あるかないかです。精神疾患の大半は慢性疾患ですので、診療を終了する方がいない週の方が多いのです。いまの僕は子どもの診療が中心で、子どもの場合は1回受診してもらって学校に情報提供書を書いて終了というケースもよくありますが、それでも少なくとも週に3人ぐらいは継続診療の方が増えていくことになります。これがずっと続いていっているのです。
   診療患者数が増えれば、それだけ1人当たりの診療に割ける時間が減り、患者さんの待ち時間が長くなります。ですので際限なく増えていくのはよくないことなのです。僕にできる対策としては、できるだけ改善した人の診療を終了したり、安定している方には処方を長期間(2〜3か月分)出すことなどがあります。ですが状態が安定していない方の場合、それもできません。どうしても2週間ごとなど間隔を短くして診療していかないとうまくいかないのです。
   より大きな視点で眺めると、結局は精神科の受診者数が増加していて、施設数が追い付いていないということが背景にあります。現在は日本中の精神科スタッフが過労に陥りやすい状況なのです。精神科の受診者の増加は世界的なレヴェルでの現象と聞いています。ですので当面は進行していくと予想されます。病院のなかで働いているだけでも過労になりやすいのです。
   さらに僕の場合は休日に地域での支援活動をしています。当初はお休みどころで相談を受けることを活動の中心にしようとしていたのですが、だんだんと公的な相談活動に移行し、そちらが中心になってきました。主に非常勤の仕事という形でしているのですが、いつのまにか数が増え、とうとう20件以上にもなってしまいました。内わけは以下のとおりです。
   市町村の「こころの相談」3ヶ所、教育支援委員会5か所(就学予定児童などに特別支援学級の利用が必要かを議論)、認知症初期集中支援チーム2か所、産業医5か所、役場のこころの相談1か所、児童相談所や児童施設の嘱託医3ヶ所、支援学校の学校医、障害者施策推進委員会1か所、フリースクールの顧問1か所、療育ネットワーク会議1か所。
   それぞれの仕事は年に数回でも、積み重なるとだんだん予定が詰まるようになります。さらに不定期の講演依頼も多くなりました。いまは7月なのにもう10月の休日の予定が埋まりつつある状況です。これらもどこかかで整理していかないと、いずれは僕がパンクするでしょう。また休日なのに家にほとんどいないということで、家族の不評を買ってもいるのです。
   そういうわけで現在の僕にとってもっとも手ごわい課題は、実は過労の問題だったのでした。気づいてみれば当たり前のようなことなのですが、いまのいままではっきりと意識したことはなかったでした。過労の問題は奥が深く、以下のような問題とも関連しています。「人間には体力にも精神力にも限界があること」。「仕事と家庭生活のバランスを取ること」。「自分が万能ではないので、活動の範囲をある程度しぼる必要があること」。「自分が取り組んでいる活動のなかで、何がいちばん大事なのか?」。「どのようにすれば休息できるのか?」。「自分の生きがいとは?」。結局のところ、過労を防ぐには、人生のさまざまな課題に優先順位を付けて対応していかないといけないのです。
   僕自身はどちらかといえば課題の発見や指摘は得意ですが、整理は苦手なところがあります。スパッと線を引いたり、頼まれたことを断ったり、何かを切り捨てるのが好きではないのです。とはいえずっと食べ過ぎていればいずれ健康問題が出てくるように、ずっと仕事を取り込んでいればやはり問題が起きてきます。自分のたどってきた道を少し振り返って、どうしても必要なことこそを優先して取り組んでいく必要がありそうです。偶然かもしれませんが、肉体的にも太りすぎによる問題が起こっており、自分の食べすぎも少し改善できないかとチャレンジしているところです。1年ぐらいすれば、成果が出るでしょうか? 乞うご期待です。

 

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2017年7月日録1

7/1(土)   前日の夜に子ども支援についての研修会に参加した。ところが内容は子どもだけでなく成人の支援にも役に立つものだった。講師は心理学者の平川忠敏さんで、鹿児島で「いのちの電話」を立ち上げたり、自閉症の当事者や家族を支援するヴォランティア団体を立ち上げたりと、実践家の側面が強い方だ。新しいことを始める人に会うとよく感じることだが、平川さんも「保守的で型破り」だ。またユーモアを好まれ、会場は笑いに包まれていた。心理学者というよりも起業家としての才能を感じさせる方だった。
7/2(日)   梅雨の合間で雨になりそうだったが、たまたま晴れたので、芦北町の「鶴ヶ浜海水浴場」(〒8695454熊本県葦北郡芦北町鶴木山、電話0966822511)に行ってみることにした。僕の住んでいる球磨地方から最寄りの海水浴場だと聞いていた。あまり期待しないで「下見がてら」という気持ちで出かけたのだが、実際にはすばらしい場所だった。
   海水の透明度が高く、足元に小魚が見える。有明海は内海なので波も高すぎずに泳ぎやすい。周辺にはリアス式海岸のひだひだに小さな漁村が連なっていて、開発され過ぎていないのも良かった。この日は遊べなかったが、遊具のたくさんある施設も併設されている。日帰りできる場所に海水浴場が見つかって幸いだった。
7/4(火)  産業医として地域の工場を訪問した。セラミックや金属の加工をされているが、安全面・環境面・人間関係のいずれにもよく配慮されていた。また外国人実習生の受け入れにも尽力されていてすばらしい。産業医の仕事をしていて矛盾を感じるのは、産業医を呼んでくださる企業は熱心なところが多く、呼んでもらえない企業にこそ産業医が必要なのではと感じることだ。とはいえ少しずつでも訪問しながら、地域の労働環境の向上に貢献できればと思う。
7/5(水)   人吉市にある児童発達支援センター「スイスイなかま」を同僚2人と訪問した。球磨地方の療育施設のなかでいちばん歴史があり、ていねいな保護者支援で名高い。午前は就学前の子どもたちと保護者が来られていた。スケジュールも取り組む活動も徹底的に視覚化されていて、視覚優位な発達症の子どもたちにも参加しやすくできている。
   療育と医療の違いがどのあたりにあるのか、いままで納得がいかずに来たが、排泄・衣類の着脱・入浴・食事・睡眠といった日常生活動作の自立を目指しているところが決定的に違うと思った。医療は疾患の部分に注目してアプローチするが、療育は子育てや生活に焦点を当てるのだと思う。

 

写真1〜4は熊本県芦北町の「鶴ヶ浜海水浴場」に出かけた際の写真です。


写真1 出発の準備をしているとき、美紗さんがしずくを浮き輪に乗せていた。

 

写真2 鶴ヶ浜海水浴場。ものすごく海水がきれいで驚いた。

 

写真3 子どもたちも大はしゃぎで海に入った。

 

写真4 美紗さんと子どもたちは遠くまで行ってしまった。 

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2017年7月日録2

7/9(日)   美紗さんの姉の令紗(なりさ)さんの結婚式に家族で参加した。令紗さんは美紗さんとは対照的な人柄で、美紗さんが控えめで配慮深いが肝が太いのに対して、令紗さんは華やかで活発な反面、案外芯が細かったりする。ケンカしたりしながらも仲のいい姉妹で、自由にぶつかり合えるところが僕はうらやましくなる。
   どんな結婚式になるのか楽しみにしていたが、令紗さんと夫の秀樹さんの人間味のよく伝わる披露宴でおもしろかった。令紗さんの特色として感じたのは以下の2点だ。〕Э佑鉾言してもらったり、つながりを紹介することに力点がある。⇔畆咾気鵑亙絃藁呂あり、気持ちを手紙で伝える場面で、「目に浮かぶような描写」が活きていた。結婚式は「型どおり」になりやすい。個性的な集まりを作り上げた令紗さんたちはすごいと思った。
7/11(火)   子ども支援のケース会議に参加して、学校や教育委員会、福祉課の皆さんと話し合うことが増えた。養育困難や虐待の事案は背景が複雑なことが多く、貧困・家族不和・発達症を含む精神疾患・金銭管理の問題・かたくなな支援拒否・社会的孤立などが絡んでいることがよくある。状況が極端にひどければ児童相談所が動くのだが、「そこまでではない」ということが多く、問題が長期化してしまいやすい。難しいケースほど、地道な信頼関係作りを粘り強く続けていかないと支援が成功しないことが多い。焦ってもうまくいかないのだが、腰を据えて動くには覚悟がいる。年単位で関わっていかれるスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、福祉課の相談員の皆さんには脱帽する。
7/12(水)   認知症支援や子ども支援の会議に参加した。会議において何よりも大切なのは自由に発言できる雰囲気で、それがあってこそ思わぬ発見につながっていく。より困難な事例の支援になるほど、「決まりきったこと」だけを言っていても進展しない。一見関係なさそうな小さな気づきが、事態を変えたりする。一部の人だけでなくその場にいる全員で答えを探していくのが、独創的な議論を作り出すのには必須だと思う。
7/15(土)   やすみが通う「さざなみ保育園」の夏祭りがあった。美紗さんは役員なので、事前の話し合いに参加したり、買い出しに行ったり、当日も14時から準備をしたりと忙しかった。祭りの間は美紗さんはかき氷の販売や焼きそば作りの手伝いをしていたが、お客さんが多すぎてさばききれないほどだった。翌朝の片付けには僕が代理で参加したが、保護者会の役員の人たちが10人以上参加して、テキパキと片付けが進んだ。みんな当たり前のこととしてこなしているが、ヴォランティア精神が強くないとできないことで、すごいと思った。

 

写真5〜8は美紗さんの姉の令紗さんの結婚式に参加したときの写真です。


写真5 令紗さんと秀樹さんは花びらのシャワーを浴びる。

 

写真6 生後2ヶ月のしずくも花飾りを付けて参加した。

 

写真7 披露宴では美紗さんのスピーチもあった。

 

写真8 お母さんと退場する令紗さん。華やかだ。

 

写真9〜11はやすみの保育園の夏祭りで撮った写真です。


写真9 輪になって踊りを踊る。

 

写真10 美紗さんは役員なので、かき氷の販売に大忙し。

 

写真11 金魚すくいなどの遊びコーナーでやすみは喜んだ。

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2017年7月日録3

7/17(月)  家族で阿蘇に出かけた。子どもたちを遊ばせるのが目的だが、震災や大雨で被害を受けたと聞いていたので、どんな状況なのかを見てみたかったのもある。主要道が被災して迂回路になっているので、予想通り渋滞していた。僕たちの行った先でもお客さんが以前よりは少なかったので、観光業へのダメージはかなり大きいのではと思う。
   動物園「阿蘇カドリー・ドミニオン」(〒8692225熊本県阿蘇市黒川2163、電話0967342020)は触れ合いを重視した施設で、動物たちを遠くから見るだけではなく、エサやりやタッチングを楽しむことができる。美紗さんと新婚時代に来た思い出の地だが、今回は子どもたちがいっしょだ。施設内でもやすみや響の「行きたいまま」に動いた。全然見ずに通りすぎたり、同じところに長時間いたりして、まんべんなく見ることはできなかったが、子どもたちがはしゃいだので良かった。動物たちを「見せ物」にし過ぎているという批判もあるだろうが、楽しいしかつ子どもの感情教育にもいい場所だと思う。
    泊まったのは「阿蘇ファームランド」(〒8691404熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽5579−3、電話0967672600)。宿泊施設であるだけでなくてテーマパークになっており、なかで一日遊べる。釣り堀、おもしろ水族館、遊具がいっぱいの「はったつの森」、動物触れ合いコーナー、装飾品の手作りコーナーなどがある。大人向けの買い物コーナーや温泉施設、スパ、エステ、健康増進施設などもある。
   半年前に来たときには震災の傷跡がひどかったが、だいぶ改装が進んでいた。シンボル的なバイキング形式のレストランがあと1週間ほどでリニューアルオープンだというから、ほぼ復活したと言えると思う。お客さんはアジアからの人たちが大半で、夕食の席でも日本語はあまり聞こえなかった。日本人の人たちよりも海外の人たち(台湾?)の方がずっと子どもたちに親切で、大雨に降られたときに傘を貸してもらったり、アメをいただいたりした。僕たち養育する親にも優しかった。「子どもは社会全体で育てるもの」という考えが行動の背景にあるように感じた。
7/23(日) 宮崎県小林市にある子どもの遊び場「のじりこぴあ」(〒8860212宮崎県小林市野尻町東麓5160、電話0984443000)に出かけた。遊園地と公園を「足して二で割った」ような無料の施設で、物産館や地元料理のレストラン、バラ園なども併設されている。手作りの遊具が多いのが特徴で、結果的に体を動かして遊ぶことが多くなる。倒れるような暑さで僕と美紗さんはグッタリきてしまったが、やすみはかんかん照りのもとで走って遊んでいた。子どもの方が環境への適応が早いんだと思った。
7/25(火)   鹿児島県日置市(ひおきし)にあるフリースクール「学びの杜学園」(連絡先〒8992201鹿児島県日置市東市来町湯田4477-2 皆田地区公民館2階、携帯09034146065)に久しぶりに行った。不登校になった中学生や高校生を受け入れている学校だ。教員を目指す大学生の施設見学に立ち会ったり、顧問の会に参加したり、親の会「親育ち学び合いの会」の幹事たちと話したりできた。
    不登校になってフリースクールに通っていた子どもたちは、紆余曲折がありながらもそれぞれの進路を進んでいるそうだ。例えば、〆濱卉羈悗防帰して、高校に進学できた。∈濱卉羈悗砲鷲帰できなかったが、新たに高校に進学できた。D務悗犬燭い難しいので、通信制学校に切り替えた。ず濱匚盥擦鯊感箸靴涜膤悗篝賁膤惺擦某奮悗靴拭ズ濱匚盥擦鯊感箸靴涜膤愎奮慷縦蠅任△襦Ε侫蝓璽好ールに通いながら通信制の高校を卒業し、進学を検討している。といったケースがある。こうしてみると、進路指導そのものは通常の学校と変わらないが、よりきめ細かく丁寧にその子にあった進路を見つけるための情報提供や支援をしてあげるのが、フリースクールの役割であることがわかる。
   人員的にも、経営的にも安定してきているそうで、うれしい限りだ。ただ代表の江口直美さんは満足してはおられず、さらなるステップに向けての動きを模索されている。今後の課題には以下のような点がある。〇楡潴未僚室臓⇔世竜模や受け入れ人数の検討。6軌の確保。せ務面のスタッフ確保。ナ篏金などの活用。Υ慙機関への周知。Г茲蠧颪靴ぅ院璽垢紡弍するために、社会福祉士にも支援に加わってもらう。 江口さんのあくなきチャレンジ精神には、ハラハラさせられる面もあるが(笑)、いつも感嘆させられる。困っている子どもたちと保護者がいる限り、江口さんは成長していかれるのだろう。 
7/26(水)   子どもたちを「江口浜海浜公園」に海水浴に連れていった。僕と美紗さんと響が風邪気味だったこともあり、比較的短い時間、美紗さんが子どもたちを海に入れただけだった。海水浴は水着や浮き輪などの準備が大変で、しかも暑かったりベトついたりするし、さらに疲弊する。親にとっては苦しいばかりだが、やはり子どもたちが喜ぶのを見ると、来て良かったと感じる。親になると、「気力体力の限界を試されること」が多いなと感じた。

 

写真12〜15は熊本県阿蘇市にある動物園「カドリー・ドミニオン」で撮った写真です。


写真12 熊のエサやりができる。写真は鶏肉をあげているところ。他にもパンやトマトをあげることもできる。野生の熊は意外なことに木の実など植物性のものを主に食べているそうだ。

 

写真13 熊との背比べができる。

 

写真14 アルパカのそばによる響。響はうれしかったようでなかなか離れなかった。

 

写真15 ブタにエサをあげるやすみ。

 

写真16〜22は宿泊施設・テーマパーク「阿蘇ファームランド」で撮った写真です。


写真16 釣り体験コーナー。魚がかかったときの「グッと引く手ごたえ」にやすみは興奮した。

 

写真17 「おもしろ水族館」。サメやエイを直接触ることができる。

 

写真18 エサやりコーナーにて。エサを持つ響はすぐにマーラに取り囲まれてしまった。

 

写真19 だんだん慣れて、カピバラにすぐそばからエサをあげられるようになった。

 

写真20 ミミズクを手に乗せる体験もさせてもらえた。

 

写真21 夜に大雨になった。宿舎への移動に困っていたときに助けてくれたのは、海外の人たちだった。

 

写真22 小物作りのコーナー。美紗さんとやすみはオルゴールの飾りつけをしている。

 

写真23〜25は宮崎県小林市の公園「のじりこぴあ」で撮った写真です。 


写真23 地元料理のランチバイキング。野菜が中心でヘルシーだ。しかも非常に満腹感がある。

 

写真24 ケンケンパーをして遊ぶやすみ。すごい暑さだった。

 

写真25 トンネルをくぐる響。

 

写真26 鹿児島県東市来町にあるカフェ「風の丘」(〒8992431鹿児島県日置市 東市来町美山2591)。冷房のない屋外のカフェだったので、真夏日に赤ちゃんを連れていくには不向きだった。でも野趣ある雰囲気に、水上村時代のお休みどころを思い出した。やすみと響はハンモックに大喜びだった。

 

写真27 フリースクール「学びの杜学園」。廃校の一角を借りて運営されている。

 

写真28 江口浜海浜公園。熱射がすごくて汗だくになった。でもサービスがすばらしく、浮き輪の無料貸し出しがあったり、足に付いた砂を洗えるコーナーがあったりして、使いやすい。

 

写真29〜31は鹿児島県日置市にある「花水木・せせらぎの湯」で撮った写真です。


写真29 温泉施設。家族風呂もある。

 

写真30 そうめん流し食堂が併設されている。

 

写真31 コイのエサやりもできた。

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ギャンブル障害について話す 2017年6月10日(日)

  精神科の現場にいると、ギャンブルの問題を抱えた人にときどき出会います。僕は依存症を専門的に診療しているわけではないのですが、発達症や他の精神疾患に付随する形でパチンコなどへの依存症がみられることがあるのです。病名としては「ギャンブル障害」になります。重要な問題ではあるのですが、僕がみているケースはそう多くないこともあり、あまり関心を持たずにいままできていました。
  それが急に調べないといけなくなりました。ギャンブル障害の支援についての講演を依頼されたのです。頼んでくださったのは笠肇さんで、「人吉球磨難病友の会」の代表をされています。難病支援の文脈でお会いした方なのですが、とても活動的でかつ親切であり、難病支援の様子を友人に詳しく教えてくださったりしました。なので僕は恩義を感じていたのです。
  意外なことに、今回の依頼は難病とは全く別の文脈からでした。笠さんは球磨郡の錦町に住まれていますが、その地域にボートレースの場外売り券場が開設される案が出ているそうです。笠さんはそれには反対で、そこからギャンブル障害について調べ始めたそうです。行動的な笠さんらしいですね。
  ただ僕は依存症の専門医ではありませんので、最初はお断りして依存症の専門医をお勧めしました。ですが入門編で大丈夫とのことで頼まれ、引き受けてしまいました。まずは見取り図になる専門書を読もうと、さっそく『依存症・衝動制御障害の治療』(責任編集:福居顯二、中山書店、2011年)を注文してみました。
  ギャンブル障害は、アルコールや薬物などの「物質依存」の周辺にある疾患です。「衝動制御障害」という疾患グループの1つとしてとらえられています。ただ患者さんの多さから言っても歴史から言ってもアルコール使用障害が群を抜いて重要であり、この本でも多くのページが割かれています。症状、脳内メカニズム、支援法のいずれを取っても、ギャンブル障害とアルコール使用障害には共通点が多いです。なので僕の講演も、物質依存 ⇒ 衝動制御障害 ⇒ ギャンブル障害、と話を進めていくことにしました。また参加者の多くが一般の方であり、依存症といってもイメージが湧きにくいことが予想されますので、なるべく架空の事例を多く取り入れて、病状や支援の実際がつかみやすいようにしました。
  「顕著な二大症状は借金と虚言である」(上掲書183ページ)と書かれているように、支援者が苦労するのがお金の問題とウソの問題です。ですのでゞ眩管理と∪議召粉愀犬鼎りが治療のポイントになるのですが、これがどちらもひとすじなわではいきません。
  ,龍眩管理のためには病状に応じたさまざまな公的な金銭管理システムが用意されていないといけません。ですが現時点では社会福祉協議会による金銭管理(権利擁護事業)と法定後見制度ぐらいであり、両方とも本人が拒否した場合に導入が困難になります。なのでどの市町村にも浪費者の問題があり、行政などの支援者が悩んでいるのです。
  また△寮議召粉愀犬鼎りのためには、病院受診をするだけではなく、当事者どうしが批判しあわずに話す自助グループへ参加することが大切になります。経験した者どうしでないと、語れない深みがあるのです。球磨地方でも以前吉田病院のソーシャルワーカーが自助グループを立ち上げたことがあったのですが、参加人数の問題やメンバー間のトラブルなどでうまくいかなかったそうです。現時点では八代市の自助グループ「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」に通わざるをえませんが、残念ながら遠距離のために続かない方もおられます。
  日本におけるギャンブル障害のほとんどはパチンコ・スロットによるものとのことです(上掲書182ページ)。パチンコをまずはギャンブルであって規制が必要な対象であると位置づけることが必要です。不思議なことになぜかギャンブルとして扱われないまま今に至っているそうです。海外では登録制カードを作って、依存症の人がカジノに入れなくするなどの公的な支援システムも作られているそうですから、日本でも取り組みが必要だと思います。また予防的な意味合いからは、子どもたちへの教育にギャンブルの問題を取り入れることも必要ですね。
  家族が本人の借金の尻拭いなどに疲れはてて、うつ病になるケースも多いそうです。家族支援も必要です。家族どうしの自助グループには「ギャマノン」がありますが、これも球磨地方には残念なことにありません。いまから作っていくことが必要です。
  僕自身の勉強のためにも、今回講演を依頼していただいてよかったでした。資料作りにとても時間がかかりましたが、今日やっと作り終えました。当日がどうなるか楽しみです。

[追記]  6月21日の当日、75人が集まってくださり、皆さん熱心に聞いてくださいました。僕が会ったことのない方がたくさん来てくださってうれしかったでした。球磨地方ではギャンブル障害の自助グループ(当事者どうしの支えあいの集まり)が以前はありましたが、いまはありません。今後立ち上がっていけばと思います。なおボートレースの場外売り券場の開設は中止になりました。ですが「場外舟券売り場を考える会」は活動を続けるそうです。ギャンブル問題の支援体制が広がっていけばいいですね。

 

写真1  当日の様子。

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2017年6月日録1

6/2(金) 精神科医療に期待される範囲は広がってきていて、地域ではさまざまな新しい相談がある。病院のなかにいると地域ほどには変化を感じないが、最近では「いままでに経験したことがないケースの相談」というのがやはり病院でも増えている。身体科病院からの依頼であったり、低年齢の子どもについての相談だったり、職場のメンタルヘルス問題など、複雑な背景を持つケースだ。対応は手探りになるが、「うちでは関われません」と断って何もしないよりはずっといい。病院スタッフも「できるだけ断らずに、自分たちにできる関わり方を探す」という考え方に頭を切り換えていく必要があるのだろう。 
6/6(火) 鹿児島市の美紗さんの実家に行くたびに、やすみは「かごしま水族館」に行きたがる。大人からすれば「またか…」という感じだが、何度行ってもおもしろいらしい。また館内の展示を覚えている僕にとっても、たしかに新鮮だ。特に鹿児島の海に多い生き物の展示がおもしろい。深海生物だったり、クラゲだったり、高温のなかで生きられる生物だったりする。現代ではただ漠然と世界の魚たちを紹介するだけではお客さんを満足させることはできず、水族館にも個性が求められる。かごしま水族館のスタッフがしている海の調査や地域の生物保護の活動などの紹介が、僕には特におもしろく思えるし、そこがやすみを惹きつける理由ではないかと思う。
6/11(日) お休みどころでの相談があった。病院での診療と違い、精神疾患の側面からだけではうまくアプローチできない問題が多い。家族関係だったり、経済的な問題だったり、就学や就労についての問題だったりする。いずれも僕は専門にしているとは言えないので、大まかな整理をすることまでしかできない。なのでお休みどころでの相談活動に求められるのは、問題のアセスメント力なのだと思う。精神疾患だけでなく、いろんな問題に関わるなかで、見立ての力を磨いていきたい。
  教員をしている友人が「TOSS(トス)」という教育技術のスキルアップ団体に所属している。「教え方セミナー」という公開の研修会があり、「今回は絵の描き方についてなので、やすみちゃんといっしょにどうぞ」と誘ってもらった。なので家族みんなで出かけてみた。
「酒井式描画法」という指導法にそって絵を描いていくのだが、印象的だったのは講師の方の「教え好き」なところだった。やすみは集中できる時間も限られているし、取り組んだり取り組まなかったりするのだが、講師の方は諦めることもなく丁寧に関わってくださる。やすみは以前から絵をかくのが好きで、色使いのセンスがあるように見える。この日も絵筆を持つのは初めてなのに、上手に使って熱心に塗っていた。それを講師の方がほめてくださるので、やすみはますますやる気が出てくる。子どもの意欲を引き出す関わり方に、教育の真髄があるのではないかと思った。「こんなふうに教えてもらったら、自分もやる気が出ていただろうなぁ」と美紗さんも言っていた。

 

写真1 やすみはしずくのお世話をしたがる。

 

写真2〜3は人吉東小学校の校区の運動会で撮った写真です。

写真2 子どもたちはお菓子をもらえる競争に参加した。

 

写真3 美紗さんもパン食い競争に参加した。

 

写真4〜5は八代市にある公園「くま川ワイワイパーク」で撮った写真です。

写真4 斜面を利用した長い滑り台がある。でも斜面を歩いて登らないと滑れないので大変だ。

 

写真5 とうとう滑り始めた。

 

写真6 「かごしま水族館」にて。鹿児島の海のサンゴやクラゲや深海生物などをたくさん見ることができる。水族館は地域の海の生き物を守る存在でもあることがわかる。

 

写真7 携帯電話で動画を見ている響といとこの加藤颯馬くん。子どもたちは大人の目からは不思議に思えるほど動画が好きだ。

 

写真8 ショッピングモールの風船遊びではしゃぐ響。

 

写真9〜10は「TOSS教え方セミナー」の際に撮った写真です。図工の教え方の研修会で、絵を描く体験をしました。

写真9 セミナーの様子。

 

写真10 やすみは絵筆を持つのは初めてなのに、熱心に塗っていた。

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2017年6月日録2

6/12(月) 人吉市の保育園の保護者対向ビーチバレー大会がある。美紗さんが保育園の役員をしていることもあり、僕も出場することにした。3回目の最後の練習だったが、皆さん力が入っている。試合形式の練習だが、バレーが好きな人が集まっているので、勝っても負けても楽しそうだ。僕自身も普段運動を全くしないので、気持ちが良かった。これからも月に1回だけでもいいから、体を動かす機会を作らないといけないと思う。
6/13(火) 「上球磨認知症初期集中支援チーム」の例会に参加した。参加メンバーが優秀な方たちなので、個別のケースへの支援法だけでなく、高齢者支援の新しい仕組みに話が及ぶ。「いまある枠組みでうまく支援ができないなら、違った枠組みを模索してアプローチをしよう」という気持ちが参加者に行き渡っているので、議論が尽きない。本人の病状や拒否が強かったり、家族機能が低下していたり、難しいケースは次々と出てくるが、アイディアも次々と出てくるので、希望が持てる。いい支援者ほど、「自分たちの手で未来を変えていける」という積極的な気持ちを持っているのではないか。
6/14(水) 響としずくを連れて、人吉市にある「中川原(なかがわはら)公園」(熊本県人吉市麓町)に出かけた。球磨川の中洲がそのまま公園になっている。川辺に立つと普段よりも視点が低くなるので、見慣れたはずの街並みが全く別のものに見える。川の動きにはとらわれがないので、見ているとこちらも自然体になれる。いまは遊具が少ないが、もっと増やせば子どもたちがさらに来やすくなるだろう。
6/15(木)   僕の友人でありよく子ども支援の仕事をいっしょにする椎葉浩太郎さん(人吉球磨圏域の地域療育センター)が吉田病院のスタッフ有志に対して講演をしてくださった。発達症の子どもたちの生活支援がテーマだったが、子どもを支援するうえでの土台となる深い内容だった。要点は以下の通りだ。〇劼匹發旅堝阿砲詫由がある。「なぜそうなったのか?」を見立てたうえで、アドヴァイスするのが大切。△修了劼好きなことや得意なことは何なのかをつかむ。8斥佞世韻任里笋蠎茲蠅世函△Δ泙伝わりにくい。発達症の子どもたちは違う文脈で受け取ってしまったり、「字義通り」に受け取ってしまったり(「足がない」「手を焼く」など)、省略を誤解してしまったりする(12時10分前を「12時10分の前」と受けとるなど)。また言葉の表出も苦手なことがよくある。できるだけ見える物も使いながらやり取りする方が誤解が生じにくい。ぁ屬い渕蠅鮴っていい?」など許可を求められるようになることも、社会生活に大切な技術である。ゼ分ができないことを相談できるようになることも大切。Δ△い気弔覆匹亮匆饑験茱好ルを、経験だけで身に付け、意味理解がなされておらず応用が効きにくい子もいるので注意が必要。状況把握が苦手なので不適切な行動をしてしまったり、混乱してしまうことがある。Г曚瓩蕕譴討癲屬覆鵑任曚瓩蕕譴燭里?」がわかっていないので、定着しないケースもある。┐いに子どもの代弁者となれるか。その子の特性をつかんだうえで支援に当たることが大切である。

 

写真11 しずく。産まれてから1ヶ月と10日が経った。

 

写真12〜13は人吉市にある「中川原公園」で撮った写真です。


写真12 球磨川の中洲がそのまま公園になっている。

 

写真13 普段の生活よりも低い視点になるので、同じ街でも別の街に見える。

 

写真14〜15はあさぎり町にある美容室「レッドヘア」で撮った写真です。


写真14 店主の林田直樹さんの母の咲子さんは、子どもをあやしてくださる。

 

写真15 響は髪を洗ってもらうのは初めてだったが、落ち着いていた。

 

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2107年6月日録3

6/18(日) 人吉市の保育園保護者のビーチバレー大会に出場した。本番での各チームのレヴェルは異様に高く、僕のチームはボロ負けで2連敗して、あっけなく試合は終わってしまった。各保育園の間の「親睦を深める」ことが目的ではなく、「対抗心が養成」されている気はしたが(笑)、真剣に対決している人たちの姿にはある美しさがあると感じた。またチームの仲間の人たちと交流できたことはよかった。いっしょに参加してこそ胸を割って話せる面がある。試合では病院の同僚のいつもとは違った姿も見れた。普段はおとなしくて硬い印象の人が、激しくプレーしていた。人間には「普段見えない側面」があるんだなと思った。
  娘のしずくの機嫌が悪く、ウーウーうなって泣くことがよくある。「おなかが痛そうに見える」と美紗さんが言うので、インターネットで調べてみたところ、赤ちゃんの便秘に関する記事が多数出てきて驚いた。赤ちゃんが便秘をするとは全く思いもよらなかった。でも考えてみれば、排便時にすごく苦しそうにいきんでいる姿は日常的に目にする。赤ちゃんは腹筋の力が弱いので、排便も大変なことなのだろう。高齢者もそうだ。
  ネットの記事に従って、オリーブオイルに浸した綿棒で、肛門のなかを刺激してみた。お腹がパンパンに張っていて、綿棒がなかなか入っていかないことに驚いた。その翌日か翌々日に多量の排便があってホッとした。でもその後も固めの便が続き、苦しそうに泣くことが続いている。薬を飲ませるわけにもいかないので、お腹をさすったりしながら心配している。美紗さんは自分のおっぱいの質が悪いのではと気にしている。はやく元気になってほしい。
6/20(火) 4月から「地域産業保健センター」の産業医として登録されたが、初めて事業所の訪問に出かけた。往診に出かけるような感じで、地域で仕事をできるのは緊張するが楽しい。現場に出向かないとわからない働く人たちの苦労がある。短時間の訪問では把握できることも限られてはいるが、地域の労働環境が少しでも良くなればと思う。
6/28(水)   娘のしずくのお宮参りのために美紗さんの両親と僕の両親が集まってくれた。僕の両親は1泊してくれたので、翌日に熊本県の御船町に出かけた。御船町や隣の益城町は熊本地震の被害がいちばんひどかったところだ。被害を受けた家屋のあとがさら地になっていたり、電柱が斜めになっていて、1年経ったいまでも被害の跡がハッキリと見える。
  そのあとに「御船町恐竜博物館」に出かけた。展示が立体的ですばらしいのはもちろんだが、研究室の様子が見れたりして化石研究の現場を体感できるようになっている。考古学にも関心の深い父が喜んでくれてうれしかった。子どもから専門的な人まで楽しめる場所だ。

 

写真16 人吉市の保育園保護者のビーチバレー大会の様子。激しすぎる熱戦が繰り広げられ、レヴェルの高さに驚かされた。

 

写真17 さざなみ保育園地域子育て支援センター「さざなみ☆うぉ〜むはあと」の様子。響は普段同年代の子どもたちと遊ぶ機会がなかなかないので、貴重な場だ。美紗さんと響がヤドカリを引っ張って歩くゲームをしている。

 

写真18〜19は娘のしずくのお宮参りで撮った写真です。


写真18 お宮参りのあとに、青井阿蘇神社の蓮池でコイのエサやりをする。

 

写真19 写真屋さんでしずくは泣かずに静かにしていた。

 

写真20〜21は熊本県御船町にある「御船町恐竜博物館」で撮った写真です。


写真20 骨格の標本に動きがあり、生きているようだ。

 

写真21 図書室には塗り絵コーナーもある。

 

写真22 恐竜博物館の隣にある「観光交流センター」。休憩できるし、お店の特色なども教えてもらえる。

 

写真23〜25は御船町にある公園「ふれあい広場」で撮った写真です。


写真23 遊具にも恐竜のイメージが使われている。

 

写真24 響は高いところに上がりたがる。でもこのあとに落ちてしまった。

 

写真25 公園のなかや隣に震災被災者の仮説住宅があった。まだたくさんの人が住んでいるようだった。

 

写真26 御船町恐竜博物館で買った「化石の発掘体験セット」に取り組むやすみ。釘のような道具で石を削っていくと、なかにある化石が見えてくる。

 

写真27 美紗さんと僕も手伝って、化石を削り出せた。

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しずくの誕生1 2017年5月2日(火)

   子どもが生まれるのも3人目となると、親の側の緊迫感も減ってきます。娘のしずくを美紗さんが妊娠してから、特に大きな問題もなく時間が経ちました。「子どもが2人のいまでさえ、家がおもちゃだらけになっているのに、3人になったらどうなるのだろう?」という点だけが心配でした。
   まだ先のことだと思っていたしずくの誕生が、急に現実感を帯びてきたのが、4月26日です。かかりつけの「河野産婦人科医院」を受診したときに、しずくがすでに3300〜3500gぐらい体重があることがわかったのです。出産予定日は5月10日でしたが、前倒しして5月2日に産む予定になりました。ちょうど5月の連休で僕も2日と3日を休めることになっていましたので、都合が良かったでした。
   それからも出産に向けての準備というよりも他のことで忙しかったでした。犬のチビを看取ったり、子どもたちを遊ばせたり、庭の草刈りや整理をしてもらったりで時間が過ぎました。
   前日の5月1日にはやすみと響を保育園に預けて、美紗さんは準備をしました。夕方から入院です。僕は仕事を後回しにして子どもたちを19時に迎えにいきました。それからは夕食を食べさせたり、お風呂に入れたりです。僕だけで子どもたちの世話を長時間することは普段はないので、やはり緊張します。下着などちょっとした物の場所がわからないのです。
   翌日の5月2日はいよいよ当日です。といっても朝から子どもたちの出かける準備でした。ごはんと歯みがきと着替えをしたら、あっという間に8時です。子どもたちが2人で走り回るので、何をするにも時間がかかるのです。
   やすみを保育園に送って、美紗さんの必要物品を取ってから、病院に行きました。さいわい出産はまだでした。子宮の張りを表す数字も100のうちまだ50程度で、美紗さんも普通に話す余裕があります。レンタルしたDVDのことなど、他愛のない話をしました。響も1日ぶりにママに会えて、ひっついています。
   陣痛促進剤(オキシトシン)の点滴の量が徐々に増えていき、13時半ごろから痛みが強くなってきました。14時半には3分おきぐらいになり、いよいよ分娩室に行くのかなと思いました。ところが河野医師の診察では、まだまだ胎児の位置が高くて、子宮口が十分に開いていない、とのことでした。夕方まで陣痛促進剤の投与は続いたのですが、結局陣痛は進みませんでした。
   後で調べてみてわかったのですが、陣痛促進剤を使っても、なかなか陣痛が強まらないというケースもけっこうあるんですね。今日出産という前提で計画していたので、想定外の状況です。僕は美紗さんに付き添って泊まることにし、やすみと響は美紗さんのご両親に家で面倒をみていただくことにしました。お産というのは、こんなに医学が発展したいまになっても、なかなか人間の思わく通りに進まないものなのですね。

 


写真1 一晩ぶりに美紗さんに会った響は美紗さんにまとわりついた。

 

写真2 痛みに耐える美紗さん。でも結局陣痛は弱まってしまった。

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しずくの誕生2 2017年5月3日(水)

   一晩明けました。夜の間には子宮の張りはおさまり、しずくもよく動いていました。お産が近づいている感じはなく、むしろ遠ざかっている気がしました。「もう長期戦だ」「明日もお産が進まなくて退院になるかも知れない」「微弱陣痛で帝王切開になるかも」といったことを美紗さんと話していました。
   ネット上に情報はいろいろありますが、お産は複雑でよくわかりません。調べたところで、結局は河野医師の判断に任せるほかはありません。ただ全てが科学化されたような現代にあって、お産は人間が完全にコントロールはできないものなのだとよくわかりました。お産だけでなく実はたくさんの現象が、人間には管理できないのでしょう。
   陣痛促進剤と子宮口を柔らかくする薬の投与が始まりました。当初はあきらめモードでした。実際に昨日と同じように陣痛が強まる気配は全然ありませんでした。 今日もダメで退院になるかもと美紗さんと話しました。
   ところが10時頃から痛みが強くなってきました。お腹や腰のあたりが痛くて、美紗さんが顔をしかめるようになりました。さらに10時50分には突然に破水したのです。今日出産できるかもという希望が湧いてきました。
   それから分娩室に移りました。僕も最初から付き添えました。ところが分娩室に入ってからすぐに出産かと思いきや、分娩室に入ってからが長いのです。3分おきくらいでグーッと波のような痛みが襲ってきます。美紗さんがウーッと唇をかみしめて耐えることの繰り返しです。不思議なことにはまさに海の波のように、痛みがスーッと引くのです。陣痛の合間には美紗さんも普通に会話できるのでした。お昼ごはんもおにぎりだけですが食べることができました。
   次第次第に痛みが強くなって、陣痛の合間にも美紗さんが苦しそうにするようになりました。酸素マスクをつけても苦しそうです。意識ももうろうとしてきているように見えました。
   毎回立ち会う度に感じることですが、「なんでここまで強度の痛みに耐えながら産まないといけないんだろう?」と思います。看護師さんたちはどなたも「痛みが来ないとお産は進まない」とおっしゃいます。つまり苦しくないと出産できないということです。傍らで見ていると、まるで運命からボコボコに打ちのめされているように見えました。「どうしてここまで?」「これは理不尽だ」と思ってしまいます。しかも僕にできることと言えば、「フッ、フッ、フッ、フッ、フー」という呼吸法のリズムをいっしょにするぐらいしかないのです。そばにいても悲しいぐらいに役に立ちません。
   出産直前の最後には、とうとう美紗さんが苦しさのあまりに声を出してしまいました。「痛い・・・」と泣き出す感じでした。つぶやき程度で叫んだわけではないのですが、それだけに余計に苦しさを感じました。ほんとうに我慢の限界を越えた痛みだというのがわかりました。
   とうとう12時57分、娘のしずくが生まれました。体が白い粉まみれでなくて、肌が赤かったです。生まれてすぐに「オギャア、オギャア」と大きく泣きました。体重は3538gでした。一般的には大きいのですが、4000g近くあるかと思っていたので、意外と小さかったでした。 
   美紗さんは後産(あとざん)の処置のために2時間分娩室にいて、そのあと車いすで部屋に帰ってきました。美紗さんのご両親とやすみと響と僕で迎えました。英雄という言葉がふさわしいのかどうかわかりませんが、まさに大冒険から生還した英雄でした。自分の限界を超える試練に耐え抜いたのです。美紗さんの目にも静かな自信が輝いていました。
   そしていま、夜になりました。お産のあとの出血はありますが、美紗さんの体調はだいぶ改善してきています。やすみとお話したり、しずくの顔を見に行ったりできています。
   そして僕はこの記録を書いています。出産当日の今日でさえ、お産の苦しみを目撃した経験がもう過去のことになりつつあります。それほどに記憶の風化は早く、激烈な体験も日常生活のなかに溶け込んでしまいます。「真実の啓示はほんのいっときのこと」といったことを読んだことがありますが、たしかにあとはいつもの代わりばえのしない生活になるのでしょう。
   いまからは3人の子育てという新たな挑戦が待っています。子育てもまたほとんどの時間はありふれたものであり、何かの変化や困難にぶつかったときにだけ、新しい人生の見方のヒントを得られるのかもしれません。小さな宝石のかけらを集めて装飾品を作ろうとするように、人生の経験のかけらを集めてつなぎあわせることで、未来を生きる人たちへのメッセージを作れればと思います。

 

写真1 だいぶ陣痛が強くなってきた。

 

写真2 やっと生まれた。しずくは最初から元気よく泣いた。

 

写真3 新生児室に入ったしずくを見ている響。

 

写真4 しずくは抱かれるのが好き。

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