「横隔膜(おうかくまく、diaphragm)」は呼吸をするための膜状の筋肉で、たしか肋骨の下にあります。手足の筋肉のように、その存在を意識することはありませんが、横隔膜が働くことで、深い呼吸をすることにつながり、リラックスしたり、神経の高ぶりを静めたりすることにつながります。目には見えないけども、大事な働きをしている「縁の下の力持ち」です。
横隔膜のように、気持ちに新しい風を吹き込み、よどみや緊張を取り去ってくれるのが、新しいチャレンジです。自分が普段慣れ親しんだ活動から外れた、いままで未知のことに取り組むときは、おずおずと、ぎこちなく進むことになります。ですがその「ぎこちなさ」に価値があり、普段は使わない身体や感覚や思考を、フルに活用しているのです。それが結果的に、日常の活動にも新鮮味を与え、時間を生き生きとさせるのです。
僕にとっての「自分の専門外だけど、取り組んでいること」の1つが、小中学校での授業です。「中学校で子どもたちへの精神科的な授業をしてほしい」という依頼を受けたのは、もう8年前の2015年にさかのぼります。あさぎり町のM保健師さん、そして相良村(さがらむら)のO保健師さんからのご依頼でした。
その意図は、次のようなことでした。あさぎり町は5つの町村が合併してできた町であり、小学校は5つあります。ですが中学校は1つにまとめられました。小規模な小学校から、進学すると急に大規模な中学校に通うことになり、環境の変化がストレスになって、学校で過ごしにくくなる子どもたちがいるので、そのサポートをお願いしたい、ということだったのです。M保健師さんはさまざまな分野で新たな取り組みを始めてきた方ですが、臨床的な観察力に優れておられ、「さすが、すばらしい提案をされる」と思いました。
そうして始まった中学校での授業なのですが、なにせ「ひな型」がありません。授業の内容も手作りです。たしか最初は、「精神的に行き詰まったときのSOSの出し方」から始まったと思います。その後、山江村(やまえむら)・人吉市・湯前町(ゆのまえまち)・五木村(いつきむら)などの小中学校で、先生方からの依頼に合わせて内容を変化させていき、中学生にはストレス対処と思春期によくみられる精神科的な不調、小学生にはゲーム依存、という内容が固まっていきました。年齢によって関心のある内容や理解力が違い、子どもたちの食い付きが違うのです。
さまざまな学校で授業をしましたが、継続的に授業の依頼があるのは、五木村や山江村です。そのニーズは次のようなことです。五木村は人口が1100人ほど、山江村も人口が3300人ほどの小さな村で、中学校は地元にあるものの、高校は離れたところにあります。自宅から通いで行く子もいれば、寮に入る子もいます。いままでは保育園からほぼ同じメンバーで、学年1クラスで「なじみの仲間たち」と過ごしてきており、また学校全体の子どもたちともほぼ知り合いで、さらには地域の人たちにも知り合いが多い環境です。そういった「なじみの環境」から急に離れて、知り合いのいない環境に出ていくときに、ストレスを感じやすいので、サポートがいる、というのです。
これとほぼ同じニーズでご依頼いただいたのが、産山村(うぶやまむら)です。産山村は地理的には僕の住んでいる人吉市からかなり遠く、同じ熊本県内ですが、140kmほどあり、車で2時間半ほどかかります。山間地であり、人口は1400人ほどです。産山学園はたしか県内初の小規模な小中一貫の公立校です。役場福祉課のTさんからご依頼いただいたときには驚いたのですが、熊本県内で学校で授業をする精神科医がいなかったそうです。僕は大変に光栄なことだと思い、2021年に喜んでいきました。
それからもう3年になります。途中新型コロナウイルスの流行で授業ができない年もありました。役場福祉課の担当者もKさんに変わりました。それでも続いています。今日の授業は2限取ってくださっているので、講義型の授業に加えてグループワークもできます。
毎年出かける度に感じることですが、授業をやるまでは、どう進むのかはわかりません。ですが授業が終わると、とても幸せな気持ちになります。子どもたちのこころに触れることができるからです。子どもから大人へと変わっていく不安や、いまから新しい世界に出ていくためらいなどと共に、若々しいはしゃぎっぷりや、成長していくエネルギーがあります。やはり子どもの勢いというものはすばらしく、人生で二度と得られないような輝きがあります。その輝きを生かして、得意なことや関心があることを、大いに伸ばしてほしいです。
教育活動は狭い意味では僕の専門外ですが、広い意味では精神科的な予防活動になります。ストレスや精神疾患の問題に関心を持ってもらえれば、いざ窮地に立ったときに、少しでも早く限界を自覚して、相談先を探せるかもしれません。また普段からリラックス法を探しておけば、苦しい状況を切り抜ける力になるかもしれません。これから苦闘していく子どもたちのことを、僕の立ち位置から、少しでも後押しできればと思います。それはより良い未来を作ってもらうことに、やがてはつながることなのです。
写真1 阿蘇の道の駅で、阿蘇高校の生徒のプロデュースした「あか牛のトーストサンド」を食べた。