お休みどころ

こころの相談活動を作り続ける
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休息とリラックス法 2019年2月10日(日)

   病院で発達症を持つ子どもたちの診療をしていて最近よく感じるのが、「リラックスが苦手な子どもが多いのでは?」ということです。病院を受診するのは何かの問題(イライラ・対人トラブル・不登校・ゲーム依存など)があるからであり、病状が落ち着かないうちは過度に緊張していたりストレスを抱えていたりして当たり前です。ですが問題を解消しようと1つ1つ関わっていき、最後に現れてくるのが緊張の問題であることがよくあるのです。
   同じことは僕が処方する薬にも表れています。かんしゃくや衝動的な行動が問題になっている子どもが受診したとき、はじめはイライラ止めの薬を出します。それでかなり効果の出る場合も多いのですが、うまくいかないケースもあります。何がうまくいかないのかを調べていくと、結局のところ普段から過度に緊張していて、その蓄積のうえで感情の爆発が起こっていたということが多いのです。
   不安・緊張・ストレスといったものはうつや身体愁訴に関連しやすく、なかなか治りにくい大人のうつ病の方がおられたときには、背景にあるストレス(対人関係・家族背景・職場など)を掘り下げてみるのが一般的です。ですが子どもの場合にはイライラやかんしゃく・衝動行為などがおさまらない場合にも、背景にあるストレスを掘り下げてみる必要がありそうです。ゲーム依存についても似たようなことがあり、生活や学習においての不安や緊張のために、ゲームにひたってしまっていることがよくあります。
   そうすると、治療は必然的に不安や緊張をどう緩和させるかを含みます。ゲームやネット・動画などは依存しやすいですから、それ以外にもリラックス法を探してもらっています。ですがおもしろいのは、リラックス法は人それぞれであり、一律に決められないのです。音楽が好きな人もいれば、漫画がいい人もいます。折り紙、絵を描くこと、散歩、スポーツ、小物作り、おしゃべりなどさまざまです。その子に合ったやり方を、その子と家族と支援者が、いっしょにていねいに探していくしかないのです。
   自分に合ったリラックス法をなるべくたくさん見つけてもらうことが、大人になってからのストレス対処に役立ちます。発達症の子どもたちがかわいそうなのは、対人交流を苦手とする子が多いことです。一般的にはちょっとした家族や同僚・友人・近隣などとの交流で、ホッとしたり慰められたりすることが多いと思います。ですが対人交流が苦手な子どもの場合、人との関わりでくつろげることがほとんどないのです。特に引きこもりの子どもの場合、人との関わりの経験自体がきわめて少なくなってしまっています。
   ではどうしていけばいいのでしょうか?僕としては、現代がストレスの時代であることや、ストレス対処が生活上の重要な技術であることを、学校で子どもたちに伝えることが大切だと思います。現代はストレス対処を学習しないといけない社会状況にあると思うのです。
   インターネットを代表とする科学技術の進展で、人間が知識を頭に詰め込む必要性は軽減しています。機械の導入で肉体労働の負担も以前よりは減ってきているでしょう。ですがそのぶん対人サービスやマネジメント業務が増え、心理的ストレスにさらされる機会は増えていると思うのです。ピリピリしたりイライラしたり、精神的に追い詰められる機会は珍しくなく、それが精神科受診者の増加につながっているのではと推測されます。
   現代における富とは何かと考えると、リラックスできたり、無心になれたり、芯からくつろげる体験にあるのかもしれません。精神科の病院に求められる役割のなかでも、「ホッとできる場の提供」が大きくなってきている気がします。自分に合った「お休みどころ」を見つけたいというのが、おそらく現代人のニーズなのでしょう。出会った人にくつろいでもらえる技術を僕も探していきたいと思います。

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『自閉症 過去・現在・未来』を読んで 2019年2月23日(土)

   先月自宅に1冊の本が届きました。『自閉症 過去・現在・未来』(編集・発行:日本自閉症協会、2019年)です。大変興味あるテーマですが、なんで僕の家に届いたのか不思議でした。読みながら思い出しました。僕は2018年10月に熊本市で開かれた講演会(「自閉症を正しく理解すること 〜自閉症の支援でもっとも大切なこと〜」、演者:ゲイリー・メジボフ)に参加しました。感銘を受けましたので、主催団体の1つである「熊本県自閉症協会」の会員になりました。日本の各県に自閉症協会があり、その全国組織が「日本自閉症協会」なのです。熊本の協会員なので本を送ってくださったのだとわかりました。
   本は協会の創立50年誌です。「○○年誌」というと一般的には資料集的な感じで、あまりおもしろくない本が多いです。僕も正直言って期待せずに読み始めたのですが、内容が非常によく、しかも広範にわたっているので、読むのをやめられませんでした。そのうちに「これは最後まで読み通さないといけないぞ」と思うようになりました。いい本には読み手をつかまえて離さない魅力があります。
   もっともためになったのは、僕が当たり前と考えている自閉スペクトラム症(自閉症の現代的な診断名)の支援が、1つ1つ先人の努力によって勝ち取られたものだとわかったことです。例えば僕の住んでいる人吉球磨地域にも、自閉スペクトラム症の人や知的発達症の人が入所できる施設が3つあります。ですが50年前には入所施設が全然なく、家族や当事者が声を上げ続けて、自分たちの手で施設を1つ1つ作っていったのです。また学校にも居場所がなく、入学を拒否されてしまうこともしばしばだったそうです。特別支援学級や特別支援学校が普通にある現在からは想像できないことです。
   創設当時の保護者の方たちの記録を読むと、とにかく「いっしょに悩んで語れる仲間がほしい」という思いに突き動かされていたことがよくわかります。自分の子どもに与えられた社会的な居場所がない、また治療や支援もほとんどない。そんななかから団体を作り上げていかれたのだからすごいです。そして政治的な陳情なども続けた結果、強度行動障害の支援充実から発達障害者支援法の成立に至るまで社会制度が改良され、さまざまな医療・教育・福祉サービスが増えていったのでした。
   いま現在は50年前の保護者の方たちの目指したものはある程度形になっています。そしてより軽度の方へのよりきめ細かい支援が目指されています。この本から浮き出てくる問いは、「今後はどんな支援を目指すべきか?」です。その答えは多分野による統合的な支援だと思います。そしてそのことが本の編集のなかに表れています。
   本の内容を順番に要約すると以下のようになります。50年間における医療面の変化。∋碧〔未諒儔宗6軌虧未諒儔宗た討硫颪料論澆砲弔い董ナ〇礇機璽咼垢諒儔宗α蠱婿業について。保険事業について。╋┣颪亮損椹業について。当事者からはどう見えるか。各県の協会より。資料・年表。このように自閉スペクトラム症の人たちの支援には多様な側面があり、1つの分野だけには収まりきらないものがあります。ですので医療・保健・教育・福祉・司法・行政などの専門職と、当事者や家族が協力して、支援ネットワークを作りながら動いていくことがもっとも大切なのです。
   ではこのように努力することは、社会全体にとってどんな意味があるのでしょうか?この答えも本の中にヒントが出てきます。僕なりにまとめると以下のようになります。仝朕邑朕佑梁人佑弊犬方が尊重される(型にはめ過ぎない)。病気や障がいがあっても身近な地域でより安心して暮らせる(多方面からのていねいなアセスメントと支援)。I袖い箴磴いがあっても自信や誇りを持ちながら自分が目指すものを追求できる(当事者のエンパワメント)。ど袖い箴磴いを持つ経験をとおして得た知恵が、社会に伝わる(当事者発信の新たな文化)。ジ渋紊鮴犬るうえでの人間的な豊かさとは何か?という問いが深まる(幸せの探求)。
   「社会的弱者」の支援というのは深みを持ちます。それは「弱者」といえど強みがあり、「強者」といえど弱みがあるという発見に行きつきます。人間はもろく不確実で、いつもリスクにさらされています。どんなに個人で生きていけるように見える社会であっても、中核には助け合いの精神がなければ成り立たないはずです。いまどんな人たちが困っていて、どんな支援が必要で、そのためにはどんな社会的なサービスが必要なのか?いつも課題を発見していく精神が大切なのだと思います。

 

写真1 『自閉症 過去・現在・未来』(編集・発行:日本自閉症協会、2019年)。協会の活動史にとどまらず、さらに深くて広い内容がある。

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2019年2月日録1

2/3(日) 子どもたちを連れて、映画『メリー・ポピンズ リターンズ』(ロブ・マーシャル監督、2018年、アメリカ)を観に行った。前作である『メリー・ポピンズ』はかなり古い映画だが、古さを感じさせない想像力の噴出がある。リターンズは映像技術の点では比較にならないほど前作よりもすばらしいが、想像力という点では前作に及ばないと感じた。現代は特殊な画像の加工などで見せる映画が多いが、やはりストーリーが大事という意味では白黒映画の時代と変わらないのではないかと思った。
   精神科と司法と両方が関わるケースについて、友人の相談を受けた。司法領域というのは精神科の仕事に含まれているのだが、実際にはつながりが薄い面がある。基本的には保健所を中心に警察や精神科病院が関わるのだが、どの程度連携しているかは地域によって大きな差がある。司法領域の問題について関係者がいっしょに勉強できる場があればというのが僕の念願だった。人吉球磨地域では最近進展があるので、うれしく思っている。
2/5(火) 産業医として衛生委員会に参加したり、地域の事業所を訪問した。産業医の仕事には病気になった職員さんへの対応も含まれるが、ほとんどは予防的な活動だ。快適な職場環境作りや、人間関係の面へのアプローチなど、「いかに病気になる前に支援できるか?」と考えながらの仕事が多い。従業員が50人以上の職場なら衛生委員会に参加して活性化することがもっとも大事になる。50人以下の小規模の事業所にも地域産業保健センターの産業医として無料で訪問や支援ができるのだが、ほとんど知られていない。すごくいい仕組みだと思うので、地域の事業所にもっと活用していただきたいと思う。
2/6(水) 学校現場の支援職向けの研修会で、発達症の困難事例の支援についてお話した。グループワークではさまざまな意見が出るが、どの論点からでも掘り下げていけるのが困難事例のよいところだ。それほど多問題でないケースの場合、支援策もパターン的に決まってしまうが、問題が多岐にわたるケースほど自由に支援を進めていける。多角的に議論できるような雰囲気作りや、支援職どおしが励まし合える信頼関係などが、成功と失敗を分ける。難しいケースほど、専門的な知識だけではなく、ネットワーク形成能力が問われるのがおもしろいところだ。

 

 

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2109年2月日録2

2/9(土) やすみと響が通っている保育園の保育参観があり、美紗さんが出かけた。地域の子ども支援の体制作りをされている椎葉浩太郎さん(療育相談員)のお話もあった。僕は資料を見ただけだが、「療育とは何なのか?」という僕の疑問に光を与えてくれる内容だ。浩太郎さんは療育の実践に必要なこととして、以下の3つを挙げている。,修了劼里海箸鮹里襦瞥解)こと。定型発達を知ること。4悗錣訖佑燭舛その子の共通理解をはかること。これらは当たり前のように思えるが、実際には難しいことであり、より専門的な支援の土台となるものである。
   また「療育から学ぶ子育てで大切にしたい三つのこと」として、以下のことを挙げている。\気靴っ亮院幣霾鵝砲鯑世襦∋劼匹發里海箸鮹里襦子どものことが話せる(相談)相手を持つ。これらも実際に子育てをしながら実行するのはとても難しい。浩太郎さんはメッセージの伝え方の工夫も具体例を交えて説明してくださっている。例えば、「ちょっと待っててね」→「10数える間、待っててね」。「ジッとしときなさい」→「机に座って待ちなさい」。「走らない!」→「歩きます」。普段実行できていないので僕も反省した。おそらく僕が怒って伝えたことは、響にはあまり伝わっていなかったのではないか。
2/11(月) 美紗さんの姉の令紗さんのところに家族で遊びに行った。令紗さんに相手をしてもらえるので、子どもたちは大はしゃぎだ。令紗さんの案内で出かけた先でも子どもたちは楽しむことができた。
   最初に行ったのが、「鹿児島市観光農業公園グリーンファーム」だ。公共の施設であり、非常に安くで楽しめる。ピザ作り体験などは予約でいっぱいだったが、収穫体験だけはすることができた。ホウレンソウ、小松菜、ニンジン、大根をそれぞれ3〜6本収穫できる。ニンジンや大根を土のなかから抜くことができたときには、子どもたちはうれしくて叫んでいた。農業のなかで収穫はほんの一部なのだが、子どもたちが農業に興味を持ってくれたらうれしい。
   次に行ったのが、「古民家で昼ごはん梅里(ばいり)」だ。日本庭園と海が見える古民家では、時間が止まっているように感じる。セカセカと食事をする毎日なので、異質な時間だった。また土鍋で炊いたご飯が土鍋ごと出てくる。ごはんがおいしいと普段感じることがほとんどないので、これも異質だった。でもいちばん不思議だったのは、非常に地味で古風なお店が、行列のできる人気店に鳴っていることだ。現代では食事のおいしさだけでなく、ゆったりと過ごせる工夫の方が求められるのかもしれない。
2/12(火) ハローワーク主催の「精神障害者雇用促進セミナー」で発達症の人の就労支援について話した。参加する人たちが医療福祉関係者ではなくて地域の一般の事業所の人たちなので、どのくらい関心を持っていただけるかが心配だった。でもグループワークでは熱心で積極的な意見が次々と出て、安心した。むしろ医療福祉関係のような対人職よりも、製造業などの物に向かう仕事の方が、対人緊張の強い発達症の人たちは働きやすそうだ。現代は製造業よりも対人サービスの方が多くなっているので、それも発達症の人たちが働きにくい要因の1つかもしれない。
2/13(水) 子ども支援の多分野の集まる会議があった。僕が企画から参加して、困難事例の支援をテーマにしたグループワークをした。初めてのことなのでどのくらい意見が出るかが不安だったが、時間の短さにも関わらずかなり活発な議論ができた。グループワークでは他の班の意見を聞けることで、参加者の視野が広がる。支援職どうしの連携をはかるには、いちばんいい方法だと思う。

 

写真1 ボルダリングをする響。ずいぶん運動が上手になった。

 

写真2 人吉市の村山公園で遊ぶ子どもたち。

 

写真3〜5は鹿児島県鹿児島市にある「鹿児島市観光農業公園グリーンファーム」で撮った写真です。


写真3 収穫体験ができる。

 

写真4 ホウレンソウ、小松菜、ニンジン、大根の収穫ができた。

 

写真5 大根を抜けて喜ぶしずく。

 

写真6〜7は鹿児島県指宿市にある「古民家で昼ごはん梅里(ばいり)」で撮った写真です。


写真6 お店がありそうに見えないが、ここがお店だった。

 

写真7 土鍋で出てくるごはんがおいしかった。

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2019年2月日録3

2/14(木) 吉田病院の子ども支援チームの月例会で発達症の就労支援の話をした。参加者は純粋に勉強したい人だけで、みんな仕事の合間をぬって自発的に集まってくる。少数の熱心な人を相手に話すのはこの上なく楽しく、話しながら僕自身が高揚した。僕は自分のいる場所で「小さな天国」を折々に作れたらと願っている。短時間で一回切りではあっても、この日は願いがかなったと感じた。
2/16(土) 久しぶりに湯前町にある「ゆのまえ温泉 湯楽里(ゆらり)」に出かけた。だいぶ以前に友人の職員さんから「ゲストハウスができましたよ。ぜひ泊まりにいらしてください」と勧めていただいた。やっと実現してうれしかった。ゲストハウスは木造の堅固な構造の家で、杉の香りがしてくつろげた。子どもたちはハシゴでロフトに登るのをいたく気に入り、結局ロフトでみんなで寝た。天井が非常に高いが、暖かみがあり、古民家と現代建築のいいとこ取りになっている。
2/17(日) 湯前町にあるレジャー施設「ゆのまえグリーンパレス」で遊んだ。子どもたちは身が軽く、急斜面を何度も登ってソリで草スキーをした。ゴーカートやディーバイク、竹馬や縄跳びなど新旧さまざまな遊びがあり、子どもたちは朝から夕方まで過ごした。昔の遊びは特に発達促進的な作用があると感じた。遊びというのは心身ともに鍛えることに他ならず、子どもが遊び好きというのは、それだけ成長への意志があることなのだ。
2/19(火) 娘のしずくの1歳8ヶ月健診に出かけた。普段はしずくだけを見ているので、しずくは成長が早いと感じているが、健診の場で見ると、どの子も同じような感じで成長しているのだとわかる。しずくは言葉の成長が早く理解力もあるので、健診も安心して受けられた。乳幼児健診の意義は疾患の早期発見にとどまらず、親を励ましたり、困ったときには保健センターに相談できると伝えることにもあると思う。親がわが子の成長を保健師さんに見てもらい、ほめられるのを楽しみにするくらいが、理想的な健診ではないだろうか。
2/22(金) 子どもたちが中耳炎になり、耳鼻科に通っている。耳鼻科は僕には無縁の科だと思っていたが、自分が慢性副鼻腔炎になった。風邪を引くたびに濃い鼻水がのどの方にダラダラ出たり、鈍い痛みがほっぺたにあったりして、イライラさせられる。ベースには長年放置してきたアレルギー性鼻炎があるそうだ。僕は病院嫌いだが、そのしっぺ返しをいまになって受けている。体のケアをこまめにすることも大事な生活術なのだと思う。

 

写真8 人吉球磨は冬の朝霧が連日すごいが、この日は特に濃かった。

 

写真9〜11は湯前町にある「ゆのまえ温泉湯楽里(ゆらり)」で撮った写真です。


写真9 新しくできたゲストハウス。見た目は現代的だが、中身はガッシリとした木造建築だった。

 

写真10 吊り橋がかかっている。ゆらゆら揺れてスリルがある。

 

写真11 ただの水路でも、子どもたちには遊び場になる。特別な遊具はいらない。

 

写真12 「ゆのまえグリーンパレス」で子どもたちは草スキーをした。

 

写真13 湯前駅前では、ひな祭り期間の展示をしていた。どれも手造りの作品だ。

 

写真14 湯前駅前の「ユノカフェ」では、ランチやスイーツを楽しめる。

 

写真15 鹿児島県霧島市にある「高千穂牧場」にて。高原は寒いが、晴れた空は澄んでいる。

 

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2019年2月日録4

2019年2月日録4
2/25(月) 『産業保健ハンドブック  改訂 写真で見る職場巡視のポイント』(編:森晃爾、発行:労働調査会、2016年)を読んだ。だいぶ以前に地域産業保健センターの方から、産業医活動のための資料としていただいたものだ。写真が中心の薄い本なので、すぐに読めると思った。ところが読むのに非常に時間がかかった。短い解説文のなかに、書き手の方たちの産業医活動のエッセンスが凝縮されているからだ。
   職場巡視とは、言葉の通りに産業医が職場を見て回ることだ。だが働く人たちの健康増進のために、危険なところを見つけたり、改善できるところを指摘しないといけない。ぼんやり見て回るだけでは意味がなく、起こりやすい事故や病気を頭に入れたうえで、「適切な予防策が打たれているか?」という視点でチェックしていくのが大切になる。
   本の目的は、読み手が自分で職場巡視をするときに、チェックすべき点を自分で考えられることにある。あらゆる職場のチェックに必要なことを網羅的に示すのではなくて、どのように巡視を行うのかのサンプルが23個集められており、読んでいくと自分なりにアセスメントする力が自然とつく仕組みになっている。オフィス、監視作業、屋外プラント、製造ライン、営業職、医療施設、窓口業務、粉じん作業、旅館のバックヤードなどが集められているが、このサンプルの選び方自体がすばらしい。職業のタイプによって、ある程度起こりやすい事故や病気に共通性があることがわかる。
   そして病気について知ること以上に、働く人たちの作業をありありと理解することの大切さが強調されている。作業負担が事故や病気に結び付くので、現場ではどんな大変さがあるのかをつかむことに産業医の腕がある。負担をつかめれば、対策を提案しやすい。産業医は世の中にあるさまざまな職種についてよく知ることが求められる。僕が全然できていないことだ。だからこそ学んでいかないといけない。
   精神科専門医の資格更新のために医療倫理や医療安全を学ばないといけないので、eラーニングを視聴した。しぶしぶ見たのだが、予想に反しておもしろかった。特に勉強になったのが医療安全だ。製造業において品質管理が必要なように、医療においても事故や有害事象を最小限にするアプローチが必要だ。
   医療は資格を持った専門職が集まってする仕事だ。ところが医療安全のためには、むしろ「専門性以前の組織人としてのあり方」の方が重視されている。「治療チームをいかに機能させるか?」が仕事の質やミスの予防に深く関わるようだ。専門的な学びとあわせて、医療以外の分野に通じる学びが大事になる。たしかに職場で見ていても、医療以外の分野で働いたことのある人の方が、誰にでも通じる言葉で話しているように感じる。異分野に学ぶことをもっとしていきたい。
2/26(火) 水俣で養護教諭の先生たちとの研修会があったので、家族で出かけた。水俣は何度行っても「日差しの暖かいのんびりした場所」だと感じる。埋め立て地には「エコパーク水俣」があり、道の駅や巨大な公園、子どもの遊び場などがある。自然も施設も豊かだが、町には人が減りつつある雰囲気がある。人口減少に伴って、地域社会の組み直しが今後起こるかもしれない。
2/27(水) 子どもたちを遊ばせるために、長崎県佐世保市にあるテーマパーク「ハウステンボス」に行った。ハウステンボスはロボットとの共生をテーマの1つにしており、コンピューター化された無人のお店や、ロボットの展示館などがある。泊まった「変なホテル」でも、受付はロボットだった。不気味な感じに聞こえるが、子どもたちは意外なことに非常に喜んでいた。将来はロボットとの共生が進むことは間違いないだろう。

 

写真16 『産業保健ハンドブック  改訂 写真で見る職場巡視のポイント』(編:森晃爾、発行:労働調査会、2016年)。一見薄い本だが、膨大な実践経験が凝縮されている。

 

写真17 水俣市にある「湯の児スペイン村  福田農場」。高い山の上にあり、海が広々と見える。

 

写真18 水俣市にある公園「エコパーク水俣」。かなり広大で、迷子になりそうだ。子どもの遊具も充実している。

 

写真19 ハウステンボスそばにある「変なホテル」。受付はロボットで、館内で従業員を目にすることがない。奇妙だが、子どもたちは非常に喜んでいた。

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発達症の人の就労支援 2019年1月13日(日)

   僕は発達症の子どもから成人・高齢者までの診療をしています。医療機関の役割としては、診断や治療が大切なのですが、発達症の人の治療は投薬だけではうまくいかないことが多いです。実際には社会生活上の相談に乗ること(家族関係・日常生活動作・教育・進路・就労・金銭管理・恋愛・育児など)、生活しやすいように環境を整える手助けをすること、必要に応じて外部機関(教育・福祉・保健・司法・入所施設・就労関係など)と連携すること、福祉サービスや障害年金など社会資源を導入すること、などが大切です。その意味では、発達症の診療はソーシャルワークに近いものがあり、社会的な支援体制について学ぶことが大切です。ですので以前から発達症の人への就労支援には関心を持ってきました。
   また僕自身がライフワークの1つとして取り組んでいることに、地域の職場のメンタルヘルス支援体制を向上させることがあります。事業所や役場などのこころの相談活動や産業医活動をしていますが、職場でのメンタルヘルス問題の背景に発達症が関与していることがよくあります。ですので働く人たちの精神面の安定という観点からも、発達症の人たちの就労問題に関心を持ってきたのです。
   昨年この就労支援の問題について学んだり考えたりするきっかけがいくつかありました。まず1つ目は、熊本県の子ども支援の中核病院である希望ヶ丘病院の見学に行ったことです。重症なケースについての豊富な治療経験があられ、施設面でも提供するサービスの面でもすばらしかったのですが、いちばん印象的だったのは病院長のお話でした。今後取り組みたいことは何ですかとお尋ねした時に、「就労支援です」とおっしゃったのです。診療している子どもたちが成長して社会人となると、やはり就労や生活の自立が問題になります。その支援を充実させていきたいとのお考えでした。
   2つ目は、ハローワークとの連携が進んだことです。人吉市にあるハローワークには大変熱心な職員さんがおられ、以前から病院に勉強に来られたり、協力して就労支援に当たったりしてきていました。その活動が実り、吉田病院とハローワークとで正式に協定を結び、連携して就労支援に当たれるようになったのです。これはとてもうれしいことです。そして就労支援がなかなか進みにくいケースというのは発達症が関与していることが多いですので、人吉球磨地域での発達症の人たちへの就労支援にとっては大きな前進なのです。
   3つ目は、梅永雄二さんの講演を聞いたことです。ジョブコーチとしてかなり重度の発達症の人たちの就労支援に当たってこられた方で、実践経験の厚みがありました。感銘を受けたので、著書である『発達障害の人の就労支援ハンドブック』(梅永雄二著、金剛出版、2010年)を読んでみました。この本にも発達症の人たちが安定して就労できるようになるまで支援に当たられた9人の支援者(ジョブコーチ)のケースレポートがあり、支援の実際の様子がよくわかります。ジョブコーチの仕事の流れのポイントは、)椰佑瞭整嬋堝整佞鬚茲知る、⊃場の特徴をよく知る、K椰佑反場との適切な組み合わせを考える、ず能蕕麓分が中心になって支援をする、イ世鵑世鷽場の人たちが支援をできるように持っていく、の5点です。ジョブコーチという仕事の奥の深さがわかりました。
   このように発達症の人たちの就労支援について学ぶ機会がいくつもあったのですが、さらにありがたいことに2019年2月に地域の事業所の方たちに向けて講演をできることになりました。医療や福祉、保健、教育などに関わる方への講演の機会は比較的ありますが、地域の事業所の方たちに直接お話しできる機会はなかなかありません。せっかくですので講演だけでなく、グループワークなども取り入れて、実践的な学びの場を作れればと思っています。
   発達症に限らず、精神科医療を深めていくと、地域づくりにつながることを実感しています。支援の連携を広げていくなかで、人々がより安心して生き生きと生きていけるような地域作りのお手伝いができればうれしいです。たとえ小さな地域であってもそこを良くしていくことは、もっと大きな世界にはたらきかけることにつながるのではと思います。ちょっと目標が大きすぎるかもしれませんが(笑)、気持ちだけでも大きな志を持って、日々の小さな活動を続けていきましょう。

 

写真1   『発達障害の人の就労支援ハンドブック』(梅永雄二著、金剛出版、2010年)。ジョブコーチの支援の様子が具体例を通して非常によくわかる。

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2019年1月日録1

1/2(水)   大阪府枚方市に遊園地「ひらかたパーク」がある。100年以上の歴史があるそうで、僕が子どもの頃にもポスターを見たことがあった。そのひらかたパークがいまもあって、しかも人気が出てきているそうだ。ちょうど僕の両親宅に帰省していたので、美紗さんと子どもたちを連れて出かけてみた。
   インターネット上の情報には「お正月はすいている」とあったのだが、着いてみると入場券売り場から行列している。たしかに人気があるのだとわかった。なかに入ってみると、コンパクトながら遊具が豊富で、しかも現代的なコンピューターを駆使した遊び場もいろいろあった。またただ単に遊具が並んでいるのではなくて、庭園のようにきれいに見える工夫がされていた。巨大さを誇る遊園地ではなく、一体感を重視した遊園地であると思う。
   友人の詩美ちゃん一家も遊びに来てくれた。互いの子どもたちがいろいろな遊具に乗っただけなのだが、場面場面が不思議なくらい強く記憶に残っている。そしてその記憶にはひらかたパークの景色が含まれている。おそらくひらかたパークには「芸術的な場の力=デザイン性」があり、それが人と人とをつなぐのだろう。
1/3(木)   僕たちが伊丹空港から飛行機で帰る前に、近くにある「カップヌードルミュージアム  大阪池田」に両親が連れていってくれた。カップヌードルを開発した方の記念館なのだが、海外からのお客さんも多く大人気だ。資料を見る以外に、自分なりのオリジナルカップヌードルを作る体験コーナーがあり、ここが大行列になっている。やることは単純で、カップに絵を描いたり、自分でスープや具材を選んだりして、自分なりのカップヌードルを作っていくのだが、この単純なことに魅力がある。それはまるで小さい子どもが初めてペンを持って絵を描けたときのような達成感で、「自分なりに何かを作り出せた」という喜びだ。人間には「世界に1つだけの何かを作りたい」とか「世界に1つだけの存在でありたい」という願望があり、だからこそカップヌードル作りにおもしろさを感じるのではないか。
1/6(日)   友人の渡邉典子さん宅を久しぶりに訪ねた。典子さんは自分なりに仲間を作り、子ども食堂など多彩な活動をされている。お会いしても特に何かを話すわけでもないのだが、非常にくつろげた。子どもたちも遊んでもらって喜んでいた。典子さんは個性が強く、典子さんのお宅も生活の場というよりは芸術性を強く感じさせる。まるで時間が止まっているような感じだ。流れていく時間のなかで、「流されずに独自の時間を持つ」ところに芸術の本質があるのではないか?
1/8(火)   お休みどころで相談を受けた。多問題家族のケースであり、表面的な支援だけでは解決できなかった。前進するには問題の要を見立てることが必要で、そこにアプローチしないといけない。こみいったケースほど要を見抜くのが難しく、あれこれやってみながら考える支援になる。またいまの日本の社会制度は、単一の重い課題には公的支援が入りやすいが、比較的軽度の問題が複合している場合には入りにくい面がある。複合事案に取り組めるような社会的な仕組みが必要だ。

 

写真1〜2は大阪府枚方市にある遊園地「ひらかたパーク」で撮った写真です。


写真1   車がぐるぐる複雑に回転する遊具。デザイン性が高い。

 

写真2   人気のある遊びでは行列ができていた。

 

写真3   大阪府池田市にある「カップヌードルミュージアム 大阪池田」にて。ハンドルをぐるぐる回すと、乾燥した麺の上にカップがかぶさる。

 

写真4   友人の渡邉典子さん。ハンモックで子どもたちを遊ばせてくださっている。

 

写真5   多良木町にある公園「ファミリーパーク宇宙ランド」にて。響は歓声をあげて滑り台を滑っていた。

 

写真6   湯前町にある総合レジャー施設「ゆのまえグリーンパレス」にて。子どもたちはソリを借りて草スキーをした。

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2019年1月日録2

1/12(土)   外来や入院でてんかんを持つ人を診療することが増えてきているので、『てんかん診療スキルアップ』(吉野相英編集、医学書院、2014年)の一部を読み直した。名著であり、何度読んでも発見がある。この本ではてんかんを合併しやすい疾患も取り上げられているが、知的発達症・自閉スペクトラム症・ADHDといった発達症もてんかんを合併しやすいそうだ。僕は発達症を中心に診療しているので、結果的にてんかんと遭遇する率が高まることになる。典型的な発作症状であれば、てんかんはすぐに疑われるのだが、側頭葉てんかんの発作(吐き気がする・不安や恐怖を感じる・デジャブを感じる・ボーッとする・口をモグモグする・手をまさぐる、など)や部分発作のなかの精神発作では、てんかんだと気づかれにくい。てんか
んについては僕は体系的な勉強をしてきていないので自信がないが、経験しながら学んでいきたい。 
   発達症の子どもたちの発達を促進したり、社会性を高めたりするリハビリテーションを、日本語で「療育」と言っている。療育に関しての体系的な本を読んだことがなかったので、いい本がないか探していた。インターネット上で見つけたのが、冊子『発達支援の指針(CDS-Japan 2016改訂版)』(発行:全国児童発達支援協議会、2016年)だ。とてもコンパクトだが、療育についての教科書と言えるような内容だ。
   発達を効果的に支援するには、以下の能力が必要になる。〃鮃・人間関係・遊び・感覚・運動・言葉・表現・生活習慣などの発達の程度についてのきめ細かい評価、発達を促進するための手だての知識と実践経験、使える社会資源についての知識、っ楼茲了抉腑優奪肇錙璽を高めるための行動、イ海譴蕕粒萋阿力帆箸澆鯆蠅瓩詼[Г篝度に関しての知識。
   この冊子は具体的な技法集ではなく、支援活動の概略と枠組みを提示してくれるものだ。そして適切な見立てをする上では、個別の技法よりも、広く見渡せる視点の方が、より大切になる。僕自身も療育の経験がないので限界があるが、療育という分野はどういう分野なのかは、なんとなくつかめてきた気がする。今後は療育の専門家と連携して支援をしながら、療育の方法や強みについて学んでいきたい。 
1/14(月)   美紗さんの姉の令紗さんといっしょに、子どもたちを遊園地に連れていった。遊園地はもともとは子どもの遊びのための場所で、楽しい遊びの寄せ集めのはずだ。僕が小さい頃にも、遊園地に意味を感じたことはなかった。ただ遊べる場所というだけだった。
   ところが大人になったいまの視点で見ると、いい遊園地には何らかの思想や哲学が背景にあるような気がしてくる。祭りにも共通しているのかも知れないが、ただ騒がしければいいわけではない。ほんとうにおもしろさを感じさせる場というのには、何かより大きな目的のための「捧げ物」という面があるのではないか?
   遊園地には、子どもが日常とかけ離れた空間に投げ込まれて、初めてのことに挑戦する「冒険」の要素がある。遊びには創造的な生き方の原点が含まれる。いい遊園地は子どもを刺激したり、発達を促進したりする場所なのだろう。「遊び」ということを掘り下げて考えてみる必要があると思った。
   ただ最後に1つ疑問が残る。それは「この刺激感や探索感を、日常の平凡な日々のなかで持つことはできないか?」ということだ。遊園地の哲学が目標として示すものは、普段から遊びの精神を持って生きることだろう。どんなにささやかな挑戦でもいいので、日々のなかに冒険を見つけていきたい。

 

写真7   『てんかん診療スキルアップ』(吉野相英編集、医学書院、2014年)。基礎的・学問的な知識から、実務に直結する応用的な知識まで、コンパクトにまとめられている。とても使いやすく、かつ勉強になる本だ。

 

写真8   冊子『発達支援の指針(CDS-Japan 2016改訂版)』(発行:全国児童発達支援協議会、2016年)。療育についての総論がまとめられている。

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2019年1月日録3

1/17(木)   映画DVD『ブリグズビー・ベア』(デイブ・マッカリー監督、2017年、アメリカ)を観た。子どもたちも観れるかわいい熊の話かと思ったら、1人の芸術家の成長の物語だった。芸術的なセンスのある人は特異性を持つので、それに合った生き方を見つけるのが難しい。自分自身の人生の道や居場所を探し求めるプロセスはどうしても困難になる。そんな内容なのに、娘のやすみはなぜか観ていた。いい映画には内容に関わらず子どもが観れるところがあると思う。
1/20(日)精神科専門医を目指す「専攻医」の指導に当たる「精神科専門医制度指導医」という立場がある。僕もこの指導医なのだが、資格更新のために受講が求められる「指導医講習会」があったので、東京に出かけた。日帰りの強行スケジュールだったので、時間が間に合うか心配だったが、大丈夫だったのでホッとした。家族も僕の移動に合わせて動いてくれたのでありがたかった。
   専攻医の指導法が主なテーマかと思ったが、専門医制度がどう変わりつつあるかという話が多かった。僕は制度的な面にはあまり関心がないが、大学病院に所属しないと専門医になれない仕組みではなく、地域の病院やクリニックで仕事をしながら専門医になれるような仕組みにしてほしい。僕自身もそうだったから。できればへき地医療に携わりながら専門医が取れるようであってほしいと思う。
   講義のなかには、「精神療法の基本について」(白波瀬丈一郎)という講義もあった。この講義のなかでいちばん鍵になる言葉が「negative capability」だった。これは詩人であるジョン・キーツ(1795〜1821、イギリス)の言葉で、「不確定な、はっきりしない、モヤモヤした状態のまま、問題を手放さずに抱えておく耐久能力」といったような意味になる。日本語訳はまだ確定していないそうだ(インターネット上の論文、「Keats: “Negative Capability” の 「訳語」をめぐる概念の検証」による)。
   僕は精神科を目指した初期に読んだ土居健郎さんの本『方法としての面接』でこの言葉に出会って、いままでずっと心の中に大切に保ってきたので、とてもうれしかった。土居さんによれば、精神科面接の進展の鍵は、「わからない」とか「腑に落ちない」と感じられる部分に隠れており、話を聞いたり質問したりしながらこのはっきりしない部分にアプローチすることが、見立てにつながる。僕自身は困難事例のケース会議で、納得のいかない点を参加者が自由に出し合うなかで、支援方針が見つかるのを何度も経験してきた。おそらく精神科の臨床に限らず、あらゆる創造的な活動には、このnegative capabilityが働いているのではないか。

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